第26話 エリトって奴
* * *
「おーっす。ロック。」
クエスト紹介所ハロルドワークのロビーで、今日もクエストの待ち合わせだ。いつもさわやかで元気の良いルビィがやってきた。
そう言えばルビィの装備はいつも綺麗に手入れされているよな。
「おはよう。」
僕はルビィに答えた。
「おっす。おチビちゃん。」
ルビィはゼロにも挨拶をした。無意識で気が回るヤツってのも羨ましい。
「おはよう、二人とも。相変わらず早いわね。」
背後からフォトラの声がした。
「おっす。フォトラ。」「おはよう。フォトラ。」
僕は振り向き、ルビィに続いてフォトラに声をかけた。
「朝練の後、此処に来たのさ。
ところでフォトラってさ、胸でかいよなぁ。」
ルビィがフォトラに直球を投げ込んだ。朝っぱらこれだ。
ルビィは本当に何も考えてない。恐れ知らずと言うか何というか。
「馬鹿ね、ルビィ。そんなことは大衆の面前で、女の子に言うもんじゃないわ。」
なるほど、これが大人の対応ってやつか。
「そっか。ごめんな。それじゃ、今度二人っきりになろうぜ。そしたら問題ないんだろ?」
そしてこっちが子供の対応っと。
「それは無理。」
即座に返答するフォトラ。これも大人の対応か?
「ははは。ロック、俺、一瞬で振られてしまったぜ。」
「相変わらずというか、何というか。おまえ、いつか痛い目を見るぞ。」
まぁ、ルビィの場合は痛い目に合っても、気づかないか、すぐに立ち直るのだろうけど。
本当は、こんなに明るいルビィは異常なのかもしれないと僕は思っている。昔のルビィの家庭環境は悪かった。いや、最悪だったのだ。仕事にも行かずただただ酒浸りの父親。それだけではなく家族に暴力も振るっていたらしい。母親も父親の言いなりで色々な手段で食い扶持を稼いでいたとか。それにも関わらず、出会った頃から暫くしてルビィは今の通り、明るく気さくだった。今考えると不思議な程に……。
いや、出会って暫く経ってから急に明るくなったんだったけ?
「やぁ、フォトラ。」
突然聞きなれない声がした。そこには見知らぬ男が立っていた。歳は二十代前半ぐらいか。顔だちも良く、細身の剣を帯びている。赤く染められているブーツが目立っている。いいや、どこかで見たことがあるぞ。
どこだっけ?
「誰?」
ルビィにこっそり聞いてみた。
「エリトって奴さ。『レッドブーツ』の団長。すごい戦闘用の能力を持っているらしいぜ。」
あ! 思い出した! 一番最初の年の警備隊入隊テストの際、初戦の戦闘能力テストで対戦した相手だ。そこで僕はエリトにコテンパンにやられたんだ。そして動けなくなった僕はその後の戦闘能力テストをすべて棄権した。当然、その入隊テストは落ちた。エリトは合格したはずだけど、どうしてここに居るんだ?
そんなエリトが僕らを無視してフォトラに近づく。
「で、どうなんだい? ジェイス団とかいうパッとしないところから、レッドブーツに入る話、決めてくれたかい?」
エリトは馴れ馴れしくフォトラの肩を抱いている。僕が抱いたエリトの第一印象は、あまり良くなかった。
「誘ってくれたのはありがたいけど、前にお断りした通りよ。」
フォトラはそっとエリトの腕を自分の肩から外しながら言った。大人っぽい対応だ。ネイならいきなり殴りかかっているか、怒涛の言葉攻めだ。
「どうして君みたいな綺麗で優秀な人がそんなところに居るんだい? レッドブーツに来るべきだよ。こちらには能力者も居るし、魔法使いも居るのにさ。」
こっちの方をちらちらを見ながらエリトが語る。その仕草は『お前らのところには、能力者も魔法使いも居ないんだろ?』と言っている様な気がした。明らかに上から目線な感じだ。ルビィが何かを言おうとしたので制した。また、余計なことを言って話をややこしくされるのは困る。
「やっぱり、私にはレッドブーツは勿体ないからお断りするわ。」
「君らも彼女に勧めてくれよ。ジェイス団よりレッドブーツが断然いいってさ。このままジェイス団に居たら、フォトラ、死んじゃうかもしれないだろ?」
とてつもなく失礼なことを僕らに言い放つエリト。
うん。僕はエリトが嫌いだ。
「おっと、ハロルドワークから呼び出しがかかってるんだった。指名クエストでもあるのかな? Aランク冒険団は忙しくて辛いよ。
僕はここで失礼するけど、フォトラ、僕がその気になっている間に入団をお勧めするよ。ではまた。」
エリトは踵を返して颯爽と去っていった。嫌な空気が三人と一匹を包んでいた。
「フォトラ?」
どう声を掛けるべきか分からなかったけど、僕はフォトラに話しかけようとした。
「エリトは能力は高いんだけどね。なんとなくヤバい気がするのよ。女の勘かしら。」
「男の俺も、あんな奴嫌いだぜ。」
めったに他人の悪口を言わないルビィが、珍しく他人を誹謗した。
「エリトは警備隊に入隊できたけど、途中で脱退したらしいぜ。自分の肌に合わないとかなんとか言ってさ。そして冒険者になってレッドブーツを立ち上げたんだ。」
やっぱり警備隊に居たんだ。僕が入りたくても入れなかった警備隊に。
「そうね。レッドブーツは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのルーキー冒険団よ。そこまでは良いんだけどね。エリトの性格がね……。エリトにはあまり近づかない方が精神的にも良さそうなんだけど……。」
「おーい! お前らぁ。」
そんなところに、遠くからジェイスのがなり声が聞こえた。
「ほら、精神的に安心できるヤツが来たわよ。」
フォトラが親指でジェイス達の方を指さした。
暫く後、コポルを伴ってジェイスが僕らのところにやってきた。僕ら三人はジェイスがたどり着くまでずっと見つめていた。
がさつではあるが、確かにエリトより精神的に安心できそうだ。
「ん? 俺の顔に何か付いてるか?」
三人の視線を感じたのか、顔を手で探りながらジェイスが言った。
「ジェイス、早くクエストの許可証を取ってらっしゃいな。」
「お。おぅ。」
そんな彼らのやり取りをぼうっと聞きながら、僕は考えていた。僕はやっぱりエリトの様に強くなりたい。エリトよりも強くなりたい。もしかしたらゼロとルビィとの訓練でもっと強くなれるかも知れない。そうしたら僕は……。




