第25話 この子の名前はキャスティよ
* * *
――ネイがキャスティを拾ったその夜のことである。
「ただいま。」
僕は玄関の扉を開けたあと、家の中の様子を見て動けなくなってしまった。いつもの様にロクシーが椅子に腰かけていているのだが、もう一つの椅子に知らない女の子が腰かけてネイに髪を梳いてもらっている。十歳前後だろうか。一緒に帰ってきたゼロが、さっそくダイニングテーブルの上に駆けあがり陣取った。
「あら、おかえり。」「おかえりなサイ。」「にゃ」「ども。」
それぞれに僕を迎えてくれた。僕は気を取り直して、装備品を取り外す作業に取り掛かった。そこには見慣れない大きな荷物が置いてあり、大きなつばの三角帽子と薙刀が立てかけられていた。髪を梳いてもらっている子の物だろうか。
「今日も、討伐クエストは上手くいったよ。ところで、ネイ。その子は?」
「あら、私たちの子よ。」
しれっとそう答えるネイ。
「オー! ロックもヤルことはヤルるんデスね。」
だいぶ慣れてきたんだな。ロクシーは、容赦ない突っ込みを入れてきた。
「ロクシー、一体僕が何歳の時の子だよ。むしろ、僕とその子が兄妹で、ネイがお母――」
ネイの鋭い睨みが僕の心臓をえぐり、言葉を続けることが出来なかった。
「可愛そうな子なのよ。行く当てもなく。見て、何も食べてないからこんなに痩せちゃって。私が見込んだあんたなら何とかしてあげようとするでしょ? だから、連れてきちゃったの。駄目だったかしら?」
先ほどの睨みとは打って変わって、ネイは悪いことをした子供が親に謝る様な仕草をして、上目遣いでこちらに許可を得ようとしてきた。
そんな可愛い仕草をしなくても……。
「ま、まぁ、ネイが言うんだったら、僕は構わないけど。」
「ロックは、ちょろいデスね。」
ロクシーが真顔でネイに言った。
「ロックとは絶対に一緒に商売をしたく無いデス。ネイみたいにズルい人と組むのが良いデス。ズルいと言うよりアコギ? 抜け目ない? 業突く張り? 上手い表現が見つからないデスね。」
「何をしれっと人の悪口を言ってるのよ! でも私はそのチョロさに惚れ込んでるのよ。」
ネイはしれっと僕の悪口を言って、ロクシーにウィンクをした。
「ネイも変わり者デスね。」
「あら、そうかしら?」
「変わり者は、自分では気づかないものデス。」
「なるほどね。ロクシーが言うと、その言葉に真実味が増すわね。」
「うふふふふ。」「おほほほほ。」
笑みを浮かべながら報復するネイ。含みのある微笑みをネイにし返すロクシー。まったく、仲が良いのか悪いのか。僕を無視して会話を弾ませている二人の会話に割り込む形でネイに聞いた。
「どうでも良いけど、その子の名前は?」
その子の髪を梳きながらネイは答える。
「この子の名前はキャスティよ。」
「よろしくキャスティ、僕はロックだ。」
「うん。」
キャスティはそれだけ言って頷いた。
「ところでキャスティ、お父さんやお母さんの事を聞いても良いかい?」
「見たことない。」
僕の質問に応えるキャスティ。
物心ついた時から両親が居なかったと言うことか、可哀想に。
「親族や養ってくれた人は君のことを心配していないだろうか。」
「ずっと一人。」
三白眼の目でじっとこっちを見つめるキャスティ。
「そっか。」
とだけ、僕は答えた。
ネイはこれから扶養する気なのだろうか? だとしたら僕としても特に言う事は無い。無いのだが……。
「で? どうするのさネイ、こんな狭い家に四人も。ずっとこの状態ってのは流石に辛いと思うけど。」
僕はネイに言った。
「え?」
ネイが少し驚いた様子で聞いた。
あれ?
「……僕、なんか変なこと言ったかい? 普通に考えれば辛いだろ?」
「そう、普通ならそうするのね。流石ロックだわ。困ってる人に手を差し出さずにおけないのね。野宿は可哀想だから一晩だけでもと思ったのだけれど、ずっと居て良いんですってキャスティ。」
あれ、あれ?
「うん。」
ほんの僅かだが、キャスティの表情が嬉しそうに輝いた気がする。
ちょっと待てよ、キャスティを連れて来たのはネイだったのだから、ネイがキャスティを扶養する気で――。
「ちなみに、ロクシーは新しい住居が見つかったから、しばらくしたらこの家を出ていくわ。」
僕の思考がネイの発言で邪魔された。さらにそれは続く。
「ロクシーが出ていくまでは私とキャスティが一緒に寝るし、何とかなるんじゃない? ロクシーが居なくなったら空いたベッドにキャスティが移ればいいのだし。」
「つまり何となるってことは、僕が床で寝る期間が無期限延長されたってことだろ?」
「あら、何なら私と一緒に寝る?」
意地悪く、赤裸々に聞いてくるネイ。それは嬉しいお誘いなんだけど、キャスティも居るし、むしろ生殺しと言うか何と言うか……。
「オー、残念デ~ス!!!」
突然大きな声でロクシーが突っ込んできた。
「さっき、その交換条件をロックから出すべきだったのデス。キャスティをここに泊める代わりに、ネイと一緒に寝ることをデス。そしたら確実デシたよ? 取り引きってのを分かってないデスね~、ロックは。」
大袈裟に残念だったことを体全体で表現してみせるロクシー。意地悪い笑顔をこっちに向けてくる余裕もある様だ。――その時ドアをたたく音がした。
「おーい、ロック~。開けてくれ~。」
僕は玄関に向かい、その声の主、ルビィのために扉を開けた。
「言い忘れたんだけど、明日の――」
部屋の中を見たルビィはテーブル席にいるキャスティを見つけ、そしてしばらく動かなかった。ルビィが何かを言おうとする前に僕はルビィに言った。
「子供は守備範囲外だからな!!」
「そうか? 俺は構わないぞ。」
「よせよ!!」
そんな会話をする二人を、ロクシーが白い目で見ていた。
そして、誰が言い出したのかが明確にならないまま、僕らはキャスティとも一緒に住むことになってしまった。
ロック:「まだ眠らないのかい? キャスティ。」
キャスティ:「外見てる。」
ロック:「窓の外に何か居るのかい?」
キャスティ:「猫。」




