第23話 女三人寄らば ~ネイ~
* * *
――ネイとロックがサルファ侯爵の屋敷に行った数日後のことである。
「ねぇあなた、ちょっとお金稼ぎする気は無い?」
ある日の夕暮れ時、私はロクシーを伴ってクエスト斡旋所ハロルドワークのロビーでシィを待ち伏せていた。ロビーには冒険者の姿はほとんどなく、ハロルドワークで働く人達が帰っている様子がちらほらと見かけられた。既にロックからシィのことを聞いていたし、そのままの風貌の女性を発見したので、私はシィと思わしきその女性に接近して話しかけたのだ。
見知らぬヤバい奴から声をかけられた、という顔をしている彼女。地味な服、大雑把に二つに三つ編みした髪、大きめの眼鏡、ややあか抜けない感じの雰囲気、間違いなくシィね。
「え~っとぉ?」
ほんわりとした話し方で様子をうかがっているシィ。
「初めまして、シィ。私はネイよ。そしてこちらがロクシー。」
「始めマシて。」
ロクシーも続いて挨拶をした。ひょいっと後方にジャンプして脚を交差しお辞儀するロクシー。まるで踊っているかの様だ。
「ルビィから聞いてないかしら? あるいはロックから。」
二人の名前が出てきたので、私達が何者かが理解できたのだろう。シィは私達から離れる様にやや後にそらせていた上半身をまっすぐに戻し、胸の前で両手をパンッと合わせた。
「あぁ、聞いてますよぉ。ロックの奥さんと愛人さん。
……では無いですよねぇ?」
言ってしまってからまずいことを言ったかもしれないという顔をするシィ。上目遣いでこちらの様子をうかがっている。
もう遅いわ。
自分の笑顔がちょっと引きつっているのが分かった。でも、まあ、そんな些細なことは今はどうでも良い。ルビィを懲らしめることを心に留めて私は言った。
「誰がそんなことを言っていたのかを問いただすのは後にするとして、興味は有るかしら?」
「お金稼ぎの話ですかぁ?」
しょっぱなの質問の『お金稼ぎ』のキーワードはちゃんと頭に残っていたみたいね。
「えぇ、そうよ。こんなところでは何だから、喫茶店にでも行きましょう。
もちろん私の支払いでいいわよ。」
「えぇ。」
「私も奢ってもらいマスね。」
ロクシーが笑顔でしれっと言った。
* * *
夕暮れ時の喫茶店、女三人がテーブルを囲んで話し込んでいる。私、ロクシーそしてシィだ。道路に面した壁がほとんど開口部になっており、外の明かりを多く取り入れるこの喫茶店は、特に女性に人気の店だった。ただ、この時間、酒を振る舞わないこの店は閑散としている。
「話というのはね、とある下級貴族の家令みたいなことをしてもらえないかってことなのよ。」
私は手にしたカップを、テーブルの受け皿に戻しながらシィに言う。
「その貴族の家は今、人手が欲しいらしいのね。この街で貿易を始めるための屋敷の管理と、経理のお仕事が出来る人を探しているって話なのよ。私はそんな適正を持っている人を紹介して、その貴族を助けてあげたいと思ってるの。でも、そんな人ってあなたしか知らないから。
で、シィはどう思う?」
「その貴族さんの経理管理の方とぉ、お話してみたいのですけどぉ。」
「そんな人は居ないわ。あなたがそれを始めるのよ。」
「あらぁ。
じゃぁ、屋敷はどんな感じなんですかぁ?」
「正直に言うわ。暫く誰も使ってなかったの。まだ見に行っていないけど荒れ放題かもね。」
「それってつまりぃ、そのお仕事はぁ、何も整っていない状態からぁ、仕組みを作っていく必要があるってことですかぁ?」
シィの目の輝きが、力強くなり始めた。
「そうね。」
「もしかしたらぁ、私の思いのままに出来るんですかねぇ?」
こちらに身を乗り出すシィ。
「え、えぇ、あなたがそうしたいと良いというなら、掛け合っても良いわよ。」
あらあら、もしかしたらシィは、自分のやり方で物事を進めるのが好きなタイプ?
「このヒトを紹介して大丈夫デスか?
何だか、喋り方が頼り無さそうデス。」
カップを下ろしながら、ロクシーが割り込んできた。
「ロックによると、お金の管理はしっかりするそうよ。」
私はロクシーに答えた。
「シィは守銭奴デスか?」
左右の手の指を交互に交え、その上に顎を載せて上目遣いで短刀直入にえぐるロクシー。
「あらぁ。ロクシーさん、守銭奴なんて酷いですぅ。」
口調とは裏腹にずり落ちた眼鏡を直しつつ、ロクシーを睨みつけるシィ。
「あ、そうそう。ロクシーもこのお金稼ぎの件に関与しているわ。」
私はシィにそう付け加えた。
「そうなんですかぁ。
ということはぁ、ロクシーさんも守銭奴なんですねぇ?」
「オー! 今『も』って言いマシたね。それは自分が守銭奴だと認めたってことデス。
ワタシは守銭奴違いマスけど。」
右腕を伸ばしてシィを指さしつつ、意地悪い笑顔で勝ち誇った様に言い放つロクシー。女性に対しては強気だ。
端から見ている分には面白いことになってきたけれど、今回は楽しんでいる場合じゃ無いのよね。
「ちょっと待って二人とも。
お金が好きってことは別に悪いことでは無いと思うの。実は私もお金が大好きよ。なので私のことも守銭奴って言ってもらっても構わないわ。
そうね……、私は愛すべきお金を有益に『使ってあげること』に興味を覚えるのよ。だから守銭奴とはちょっと違うわね。
で? あなた達はどうなの? お金は好きでしょ? どんな風に接してあげたいの?」
お金を愛でる話題に変えたからなのか、ロクシーから視線を外してこっちを向くシィ。
「私はぁ、お金をちゃんとぉ、『管理してあげること』が大事だと思うのぉ。
額が大きければ大きいほどちゃんと面倒を見てあげる必要があると思うわぁ。一銅貨単位の隅々までぇ。きちんと管理できているお金はぁ、それを利用する人を、正しいお金の使い方に導けると思うからぁ。」
なるほどね。シィの伴侶になる人も大変そうだわ。ふふふ、ざまぁ見ろ。
お金を愛していることに関しては負けてないという様子でロクシーも語る。
「ワタシは、『増やしてあげること』が大事だと思いマス。
お金はさみしがり屋デス。仲間を増やしてあげたいのデス。集まったお金はさらにお金を呼び寄せマス。そうやってワタシに恩返ししてくれるのデス。」
なるほどなるほど。ロクシーの方も面白い考え方だわね。
自分の意見がまとめを示しているかの様にするために、私は一拍して言った。
「愛し方が違うけど、私たち全員がお金を愛している点は共通ってことじゃない。案外、お互いに良いお話し相手、いいえ、真っ当な議論相手になるんじゃないかしら?
ところで、まだ屋敷の管理の件が残っているのよね。完全に暗くなる前に屋敷の様子を見に行ってみましょうよ。シィがどうするかを決めるのはその後でも良いわ。」
私は二人を促して、その喫茶店を後にした。
そして屋敷に向かう道中、女三人で最近経理業界で聞かれる様になった複式簿記の仕組みの話に花が咲いた。
* * *
私とロクシーとシィの女三人がその屋敷の前で呆れていた。建物は補修が必要なほど荒れており、周辺の庭の雑草や植樹は生命を謳歌するかのごとく伸びたい放題だった。
かつてこの屋敷は、ヤンチャな若いサルファ侯爵、つまりアルフレッドを隔離するために使われていた。侯爵家の長男坊を住まわせる屋敷だったので、それなりに立派だ。私がこの屋敷に家庭教師として来ていたころは庭も手入れされ屋敷の外壁も綺麗だったのだが……。
「これはぁ、一筋縄では行かなそうですねぇ。」
呆れながらも、目が輝いているシィ。
「やる気が出てきたって事かしら?」
「えぇ、とってもぉ。」
胸を手の前に合わせて、嬉しそうにしているシィ。
この様子だとシィを私たちの活動に引き込めそうね。よしよし。
「それはよかったわ。ところで、ハロルドワークの仕事はシィが抜けても大丈夫?」
少し懸念となる現職のことも聞いておく。
「えぇ、向こうでの私はぁ、単なる事務労働ですから、いつでも抜けられますぅ。
ちなみにぃ、あっちの仕事は完成されすぎてぇ、手の加えようが無いのですぅ。下っ端の私にはぁ、手を入れる権限も無いですからぁ、こちらの仕事の方が魅力的ですぅ。」
何やら思慮している様子のシィ。そして話を続ける。
「転職後のお給金も魅力的なんですよねぇ? ちゃんとぉ、その貴族さんに取り持って下さいねぇ。ネイさん?」
ずり落ちた眼鏡越しにこちらを見据えて尋ねるシィ。
「ええ。もちろんよ。今の事務職の給料の倍ぐらいは軽く超えられるでしょうね。
さてさて、準備はすべて整った様だから二人ともよく聞いて頂戴。」
雰囲気を少し変えるため、少し間を開けて二人の注目を待った。
「まず、私はアルヴィト女男爵です。よろしく。」
私はスカートの両サイドを軽く持ち上げ、ちょっと優雅におじきをして見せた。二人は驚いている様子だったが話を続けた。
「とは言っても名前だけの称号だから、今まで通りに接して頂戴。」
そしてまず、私はロクシーの方を向いた。
「ロクシー、サルファでの商売の件、準備できたわ。
ここでの卸売許可をアルヴィト女男爵名義で入手したから、堂々とこの街で取引ができるわよ。あなたを私の代行人として登録してるから自由に商売して頂戴。直接貴族に売り込みたい特別な品は、私が取り持つこともできるわ。」
「オー! すばらシイ!」
ロクシーに喜びの笑みがあふれた。そしてクルリと一回転してから、腰をくねらせる異国の踊りで喜びを表現している。それから私は、シィの方を向いた。
「そしてシィ、ロクシーはアイーア国との強力な宝石の仕入ルートを持っている卸商よ。この商売の要でもあるわ。だから、まずはこの地に不慣れなロクシーをサポートしてもらえるかしら。あと、男性恐怖症だから交渉にも立ち会って貰った方が良いかもしれないわ。
そして、ここサルファでの商売の事務所を、まぁまだ廃墟だけど、この屋敷に構えるの。この屋敷の管理と、この商売の経理をシィにお任せするわ。まずは、屋敷の復旧を五百金貨ぐらいで何とかして頂戴。」
「分かりましたぁ。
ネイさんがぁ、私の雇用主の貴族なんですねぇ? だったら、ネイさんのその粗そうな金銭感覚も管理して、修正してあげましょうかぁ?」
ずり落ちた眼鏡を持ち上げながら提案してくるシィ。
「い、いえ、それは結構よ。」
そんな風に、アルヴィト商会の発足会は正式ではないが執り行われた。
その後しばらくロクシーは踊り続け、シィは「やさしく修正してあげますからぁ」と私に迫り続けてきた。
シィ:「さてクイズですぅ。彼氏が仕事で大ミス。何て言ってあげたら機嫌が良くなるでしょう?」
ネイ&ロクシー:「「……。」」
シィ:「じゃぁ次のクイズですぅ。毎月複利五パーセントで百金貨を借りたとしますぅ。一年後にぃ返済すべき金額――」
ロクシー:「百七十一金貨、三銀貨、三十九銅貨デスね。」
ネイ:「借りた当月に五パーセント利子が付くなら、百七十九金貨、五十八銀貨、五十六銅貨ね。」
シィ:「二人ともぉ、女子力が無いですぅ。」