第21話 社交パーティ2
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ネイは主に五十歳を超えたぐらいの人々との取り留めのない会話をいくつもこなした。僕は終始無言でネイに付き添っていた。当然、勝手に食事に手を伸ばすこともできず、給仕が持ってきてくれる飲み物だけを口にすることができた。そして僕にとって退屈極まりないそれらの会話を幾つも経て、二人はバルコニーで人ごみから避難していた。
疲れた……。
ネイはバルコニーの手すりに両手をついて暗い庭園を眺めている。しばらくその横顔をぼうっと眺めていた。
周りに誰も居ないことを確認して、ネイを指で突いて呼んだ。
「なぁに?」
僕はネイの耳元でそっと囁いた。
「喋ってもいいかな?」
「ええ、婚約者同士がこそこそ喋ってるという設定でね。」
僕はネイだけに聞こえる声で言った。
「ネイって女男爵なんだね。」
サルファ侯爵とネイの関係など聞きたいことがいくつかあったが、口から出てきた言葉はそれだけだった。
ネイは顎の下に人差し指を当て、僕の方をじっと見た後に答えた。
「そうね。でも一代限りのお飾りの称号よ。
アル、いえ、アルバートの家庭教師をしてた時にアルバートのお父さん、つまり前サルファ侯爵から爵位を貰ったの。一銅貨の価値もないヤツを、よくぞここまで価値を上げてくれたってね。ここサルファなら、名声を上げた商人なら男爵位を上級貴族から高値で買うこともできるのだけれど、その時はタダでくれたのよ。まぁ、他にも理由は色々あったのだけれども。」
なるほど。サルファ侯爵との関係も何気に聞けたし、少しほっとした。
そして僕はほっとしたことは顔に出さない様にして言った。
「一代限りといっても、ハーフエルフだと長年爵位が持てちゃうだろ? それを知ってたのかな?」
「さぁ、どうかしら? 私もそんな爵位を持ってたことを忘れそうになってたし。」
何故かネイは、僕の額を人差し指でそっと突いて答えた。
「若かりし頃のサルファ侯爵の家庭教師だったって言っても、あちらは貴族だろ? なんでタメ口なんだい?」
「彼ね、根拠のない全能感を持ってて、それにどっぷり浸かってたのよ。そのままだと困った大人になりそうだったから、それを強引に矯正する必要があってね。その過程でタメ口になっちゃったのよ。」
最後にふっと悪戯っぽい笑顔を見せたネイだった。
強引に矯正って……、サルファ侯爵は当時でも王子だったんだろ?
「アルヴィト女男爵。」
ネイとの会話が途切れたのを見計らったかの様に、家令のセイラムが僕ら二人の所に歩み寄りネイに話しかけた。
「ネイでいいわよ、セイラム。久しぶりね。」
「相変わらずのご様子で何よりです。それではネイ様、諸手続きの準備が整いましたのでこちらへ。」
ネイと僕は家令長のセイラムに別室へと通された。
その部屋には書斎の様な部屋だった。大きな机と一脚の椅子が部屋の中央に鎮座しており、ネイはそこに座る様に促された。ネイが腰かけた机には、ペンとインク壺、そして幾つもの書類が並べられている。そして、卸売市場参加権や別宅の諸手続きを行うためだろう、何人かが代わるがわる入室してきて、ネイに書類への記入を促したり紙に手を当てて宣誓する様に促したりした。
僕はネイの護衛役よろしく、唯一の入り口であるドアの横に立ちそれを見守っていた。
それら手続きが終わると、最後に何枚かの紙がネイの手元に残っていた。
「手続きは以上でございます。私はこれにて失礼いたします。」
諸手続きを机の脇にずっと立って進めていたセイラムがそう言うと。この部屋から出て行った。そしてその部屋に、ネイと僕以外は誰もいなくなった。
「さてと、どうする? まだここに残ってパーティに戻りたい?」
ネイが腰かけた椅子から僕を見上げて聞いた。
「いや。もうお腹いっぱいだよ。精神的に。」
夕食を楽しむどころではなかったので、僕は何一つ食事に手を付けてなかった。
「じゃ、帰りましょうか。」
「アルヴィト女男爵の仰せのままに。」
僕は大げさにお辞儀をしてみせ、エスコートすべくネイの近くに寄った。ネイは僕の右腕に手を添えるかと思いきや、身体全体で右腕をしっかりと抱きかかえた。
「もう! 誰も見てないのに、馬鹿な事やってんじゃないわよ。」
上目遣いで、ふくれっ面をして見せるネイ。
「馬鹿じゃない事なら良いいのかい?」
「何よそれ。」
「真面目にってことさ。」
「あら、挑戦的な目をして訳の分からない事を言ってくれるじゃないの。あんたにそんなことが出来るのかしら?」
ネイは僕から離れ、唯一の扉を背にして右手でドアノブを掴んだ。
「今日は本当に大変だったよ。ネイのお陰でね。大勢の前で婚約者にされちゃったり、国のトップに会わされたり……。」
僕はネイに素早く近づき、左手でネイの手と共にドアノブを固定した。ドアを開けられない様に。そして、ネイの左耳の近くでドアに右手をついた。
「だ、だ、だから何よ。」
ネイは左手で僕を押し返そうとするが叶わない。ネイが焦っている。
ネイでもこんな表情を見せるんだな。ちょっとした意趣返しのつもりだったのだが、僕は少し申し訳ない気持ちになった。
「良い経験をさせてもらったし、ネイの意外な側面も見ることができたから、それだけで満足だよ。
じゃあ帰ろうか、我が家に。」
僕はそっとネイの手ごとノブをそっと回して扉を開いた。そして開いているドアの前でネイをエスコートすべくネイを促した。
「お手を。」
「……覚えておきなさいよ。」
ネイが呟きながら僕の腕を取った。
「いい思い出さ、忘れる訳ないよ。」
ネイの困ったときの表情を思い出すと、自然と笑みが漏れてしまった。
そして長い廊下を抜け、僕らは帰路に就いた。
ネイ:「あんた何ニヤついてるのよ!」
ロック:「痛い痛い、つねるなよ。」
ネイ:「まだ喋っちゃダメでしょ!」
ロック:「……。」




