第18話 ネイの魔法講座
* * *
――ロクシーがロックの家で居候を始めてから、数日が経った頃である。
「ねぇロック。あんたは能力者でもあるし、魔法装備の利用者だから魔法のことをちゃんと理解した方が良いと思うの。」
夕飯の片づけを終えたネイがダイニングテーブルの椅子に腰かけながら言った。
突然だな……。
しかし、ネイが提案してくれたゼロと意識を交換した深夜の訓練は効果が有ったのだ。やはりネイの言う事は聞いておくべきだろう。
僕はもう一つの椅子に座っており、ゼロは相変わらずテーブルの中央を陣取っていた。
ロクシーはつい先ほど小さな四輪荷車とそれを引かせているナンディの様子を見に外に出ていった。
「冒険者の中にも魔法使いがいるんでしょ?」
「あぁ。貴重な存在だね。」
特に戦闘系の魔法が使える魔法使いは、重宝されている。もちろんジェイス団には居ないが。
「ではロック君。少し長いけど説明してあげよう。」
ネイが『解説してあげようモード』に入った。
「魔法と言えば普通は、詠唱魔法のことを指すわ。詠唱魔法を使う魔法使いを詠唱魔法使いと呼ぶの。魔法使いが魔法を使うと、その対価として生命力を奪われるの。生命力と言っても寿命が縮むのではなく、魔法使いの活動量を減らす必要があるってことね。つまり眠る時間が増えるってことよ。魔法によって必要な魔法量は様々で、その魔法量に従って生命力を提供する必要があるの。魔法量が馬鹿みたいに大量に必要な魔法を使った魔法使いは、例えば発動後に三日三晩眠っちゃうってこともあるわけよ。まぁ、起きて活動できる時間を減らされているという点で、自分の人生の時間を削っているとも言えるわね。ちなみに、詠唱魔法使いが魔法を呼び出している最中は、その瞳孔が開き、その奥が深緑に染まるわ。」
ふむ。普通の魔法使いと言うのが居て、魔法を使い過ぎると眠ってしまう……、と。
「詠唱魔法使いが魔法を使う際には、様々な種類の魔素体の術式を組み合わせて、正しい手順で利用する必要があるの。この組み合わせや正しい手順を詠唱と言うの。詠唱は私たちが会話で使っている言葉とは違うし、発声する必要は無いのだけれど、多くの詠唱魔法使いは会話用の言葉を発しながら詠唱するわ。これは正しい手順を忘れず、間違わない様にしておく為だそうよ。」
魔法使いは、術式を使うときに詠唱する……、と。
「ちなみに、聖職者が使う詠唱魔法では、『神』と呼ばれる顕現化魔素体の術式を利用するし、賢人族がよく使う詠唱魔法では、『精霊』と呼ばれる顕現化魔素体の術式が利用されるわ。
遥か大昔、原初七柱神が幾つもの顕現化魔素体をこの世界に定着させたと言われているの。名前が無いと認識に困るから、顕現化魔素体に人間が後から名前を付けたのね。例えば『維持神』、『山の神』、『風の精霊』、『冥府の魔王』とかね。更に人の手で作られた顕現化魔素体も有るらしいわ。」
ふむふむ。詠唱魔法使いは、『神』とか『精霊』が持っている術式を使う……、と。
「詠唱魔法使いが顕現化魔素体を詠唱で利用するには、固有の聖刻が必要なの。聖刻も詠唱で使うから、会話用の言葉では表現できないわよ。どうやって聖刻を得るかと言うと、例えば、教会は『神』の聖刻を教会の構成員である魔法使いに伝承するわ。その他に、師匠から弟子に継承したり、部族で継承したり、聖刻の伝承方法は色々あるらしいわよ。そして稀に、伝承ではなく、修行などによって聖刻を発見する様なこともあるらしいわ。そんなことが出来た人は、開祖などと呼ばれたりするわね。」
なるほどなるほど。『神』とか『精霊』の術式を使うには、聖刻が必要……、と。
「さらに高度な魔法として編纂魔法と言う魔法があるわ。編纂魔法を使う魔法使いを編纂魔法使いと呼ぶの。編纂魔法使いは、詠唱魔法も使うことができるわ。なぜかと言うと、編纂魔法使いは、自分だけのオリジナルの魔素体を予め作っておいて、それを詠唱して利用するからよ。優秀な編纂魔法使いほど、多くの魔素体を保有してるわ。自分専用の魔素体があれば、聖刻を必要とする顕現化魔素体を利用しなくても良いのよ。ただし、自分が作った魔素体が優秀じゃなければ、大した魔法効果は得られないのだけれどもね。だから彼らは、新たな魔素体を作ったり、魔素体の質を上げる努力を惜しまないの。」
ほほう。普通じゃない方のすごい魔法使いの編纂魔法使いは、自作した魔素体を蒐集して愛でている……、と。
「ところで、詠唱魔法使いや編纂魔法使いじゃなくても使える魔法があるって知ってる?」
魔法みたいなものを使える方法ってことかな?
「能力者?」
「そう、一つは能力。厳密に言うと、様々な能力の内、生まれつき魔法が使える能力のことよ。今は、力持ちだとか勘が異常に鋭いといった能力者の説明は省くわ。で、この能力者は詠唱魔法使いの様に詠唱して複雑な魔法を使うことは出来ないの。つまり、顕現化魔素体の決められた術式だけを使う、詠唱が使えない劣化版の詠唱魔法使いってことよ。だから能力者は決められた対象に決められた効果しか引き出すことが出来ないの。例えば五分だとか、五メートルだとか、触れた物だとかね。それを二分にしたり、三メートルにしたり、見た物に変更することができないわ。さらに能力者は顕現化魔素体が持っている全ての術式が使える訳ではなく、一つしか使えないことが多いわ。神様の気まぐれで与えられた贈り物の様なものだから当たりはずれが激しいってことかしら。一方で、使える術式が増えることもあるって話も聞いたことがあるわ。さらに能力者が詠唱魔法使いになれば、顕現化魔素体を詠唱の中で使える様になるはずだわ。」
能力者は、劣化版の詠唱魔法使いみたいなもの……、と。
「ということは、僕も劣化版の詠唱魔法使いなんだな?」
「ええ、そうね。」
ネイはまだ解説を続ける。
「そしてもう一つは、例えば、魔法羊皮紙や魔法陣、魔法装備ね。これらをまとめて、符号魔法と呼ぶの。
符号魔法は、あえて簡単に言うと、魔素体の術式を呼び出す仕掛けを、発動条件と合わせて、符号としてモノに固定化したものなの。条件次第で、だれでも利用できたり、特定の人しか使えなかったり、発動する条件が全てそろって初めて発動したりなど、色々設定できるわ。
符号魔法は、編纂魔法使いでなければ作れないわよ。ただしこれは、自分の望む効果を創意工夫して符号魔法を作り出す場合の話よ。決められた効果を持つ符号魔法を作り出す術式もあるの。これによって、無尽蔵じゃないけれど符号魔法の大量生産が可能になるわ。例えば商売神の教会が『保証』をするための魔法羊皮紙を提供しているでしょ? それを作り出しているは商売神の顕現化魔素体の術式なのよ。他には維持神の教会が提供する治療用の魔法羊皮紙などね。
それから、魔法使いは魔法を使うと生命力を奪われるって話をしたでしょ。たくさん眠っちゃうって話よ。もう忘れた? 符号魔法は利用者の生命力を奪うものもあるし、生命力に代わる『対価』を必要とするものもあるわ。符号魔法の作り方次第で、その『対価』は様々ね。」
ふむ。物に魔法効果を付与したものが符号魔法で、何かしらの対価が必要……、と。
「以上、ネイさんの魔法講座、基礎編でした。応用編にも少し踏み込んじゃったけど、それはご愛嬌。
一応聞いてみるけど、理解できた?」
「う~ん、聞いている間は理解できていたと思うけど、聞き終わってみると断片しか記憶に残ってない気がする。」
「あははっ。でしょうね!
まぁ、今は良いわ。冒険者の基本知識として、四つだけ覚えておきなさい。
一つ、魔法を使うときには術者の目が変化する。
二つ、魔法を使いすぎると眠ってしまう。
三つ、能力も魔法と同じだから使いすぎると眠ってしまう。
四つ、魔法装備の利用には、生命力かそれに代わる『対価』が必要。」
「そのぐらいなら理解できるよ。ブラッドサッカーは代償として血を吸うんだろ? ちなみに、僕が猫に代わる能力を使ってる時って目が変化しているの?」
「ええそうよ。自分の目は見れないから知らなかったのね。あ、そうそう、繰り返しになるけど、魔法は能力の一つに過ぎないわ。生まれつき力持ちだとか異常に運が良いだとかも能力と言うわね。剣術が上手いとか料理が上手いとか言うのも能力ね、こっちは技能とも言うけど。」
その時、ナンディの世話を終えたロクシーが軽い足取りで入ってきた。踊っている様にも見える。
「また、ロックをいじめてるのデスか? ネイがロックに説教している様な声が外で聞こえたデス。」
難しい話だったから、いじめられていると言えなくもない気がするな。
「あら、ロックは責めると喜ぶのよ?」
「おいっ!」
ネイの発言を聞いたロクシーは、無言のまま引き気味で僕を見ている。
「……まさか、本気にしてないだろ?」
目を見開き、両手を口の前に押し当て、首を左右に振り続けているロクシーからの返事は無かった。
ロック:「どうやったら魔法使いになれるのかな?」
ネイ:「素質と努力と運が必要なんじゃない?」
ロック:「それって、つまり……。」
ネイ:「何にでも当てはまるわよ、もちろん。」