第17話 初の討伐クエスト3
* * *
バックスの言ったとおり二本の木が見えてきた。まるでこれから何か悪いことが起こることを警告しているかの様に、突然の風がその二本の木の枝葉をザワザワと揺らした。
ジェイス団の前衛三人が前を歩き、そのすぐ後をフォトラと僕の後衛二人が歩いていた。
二本の木を通り過ぎるとき、フォトラが指さして言った。
「ほら、あそこ。」
そこには無残な亡骸が取り残されていた。雲の影がその亡骸に覆いかぶさっていく。
妖魔は人間を決して食用にすることは無い。それが動物と妖魔との違いの一つだ。ただしその亡骸を弔おうとしてこの近辺に来ると妖魔から襲われる。そのため仕方なく集落の人々は放置していたのだ。
「警戒を怠るなよ。」
ジェイスはそう言ってさらに前進を続けた。既に皆が抜刀済みであり矢を番えている。
いよいよだ。僕はちゃんと戦えるのだろうか。
不安を抱えつつ皆と共に進んだ。地形は少し下り坂になっており、少し先に藪を伴った小さな森があった。
「怪しいわね。」
フォトラがそうつぶやいた時、その藪がざわざわと揺れたかと思うと、はじかれる様に黒い影がジェイス団の方に向かって飛び出してきた。
来た!!
そいつらは、真っ黒な身体、鋭い爪の強靭な前足、凶悪な鋭い犬歯、そしてどす黒い赤色の目をした犬の様な妖獣だった。前肢が大きく発達し後肢は比較的小さい。
ルビィ、コポル、ジェイスが妖魔を迎え撃つために前進した。コポルは石弓を構えている。
「みんな!! 気を抜くなよ!」
ジェイスの言葉が、戦闘開始の合図となった。
「射撃!!」
フォトラが大声で言うとほぼ同時に、放たれた矢が一瞬で前衛を追い抜き妖魔に迫った。
正面からまともに矢を穿たれた妖魔はもんどりうって倒れる。
最前衛の二匹の妖魔がルビィ、ジェイスに迫ってくる。さらに数匹の妖魔が後に続いている。ルビィ側の妖魔に矢が突き刺さり倒れた。
コポルの石弓だ。コポルは石弓を後方に投げ、剣を構える。
「だりゃぁ!!」
ジェイスが上段に構えた剣を力いっぱい振り下ろす。妖魔が二つの塊に分離した。
さすがジェイス!
ルビィに二匹の新手の妖魔が迫り来る、コポルにも一匹の新手の妖魔が迫り来る。さらに少し遅れて、ジェイスに新手の妖魔が三匹迫って来ていた。
「射撃!!」
ジェイスの横をすり抜けて、フォトラの矢が飛んでいく。だが空しくその矢は外れた。
ルビィが一匹を盾でいなし、もう一匹を剣で切り伏せた。ほぼ同時に、鋭い爪を前に押し出しコポルに飛び掛ってきた妖魔を、コポルは剣で貫いていた。
コポルもなかなか慣れたものだ。
コポルは自分の前方に獲物がいないことを確認すると、ルビィとジェイスを見比べ、ジェイス側にいる三匹に対応すべく移動する。
突然ルビィの居る左側から二匹の新手の妖魔が現れた。そいつらはルビィの方に向かうのではなく、やや迂回して後衛のフォトラと僕を狙って来た。
ルビィは目の前の一匹の相手をしていたので対応ができない。
よしっ。これは僕がやらなきゃ!
僕は左の新手二匹を迎撃すべく、フォトラと妖魔の間に位置を変えた。
「射撃!」
僕の前方に矢は飛んでいかなかった。ジェイス側の妖魔を射たのだろう。
二匹の妖魔がほぼ同時に迫ってくる。そいつらが僕の目の前にまで来た。
瞬間、若干先行している右側の妖魔が跳んだ。左側の妖魔はそのまま地を駆けている。
まずは右!
飛び上がった妖魔に狙いを定め、剣を切り上げた。その剣は右の妖魔の体を下から上にばっさりと切り裂いた。
なんだ!? いや、今は戦闘に集中だ。次は左!
左の二匹目を標的に変えるべく僕は視線を向けた。そいつはすでに近くまで走り寄って来ていて、まさに僕の左足に噛みつこうと頭を傾けている。
やばい、間に合うか?
切り上げた剣の刃を下に向け、咄嗟に左脚を後方に引く。そしてそいつを正面に捉え、剣を突き下ろす。
頭部に叩き込んだ攻撃は充分な手ごたえがあった。その妖魔は頭部を剣で貫かれ、地面に横たわって動かなかった。
さっき僕が切り裂いたもう一匹の妖魔が、僕の後方の地面に落ちる音がした。
やっぱり違う! 動きが全く違う。僕の攻撃って、こんなに速かったっけ!?
以前の僕は、妖魔二匹をたった二手で仕留めることなんてできなかったはずだ。
よし! 動けるぞ!
だがまだ戦闘中だ。現在の状況を把握するべく、僕は周りに注意を払った。
残り一体を屠ったルビィが、僕の方に駆け付けようとしていた。
弓を咄嗟に手放し、僕を援護するために抜刀しかけているフォトラがこっちを見ていた。
新手の妖魔の姿は見当たらない。そして、ジェイスとコポルがそれぞれ最後の一匹を仕留めた。それが、僕が剣を妖魔の頭部から引き抜いたときの状況だった。
「ロック、おまえ。」
駆け足から歩きに変えたルビィが僕に近づいてきた。
「お前の剣さばき、めちゃくちゃ速いじゃん!」
驚きと喜びの表情を見せたルビィは、僕の胸をこぶしで軽く突いた。
「なんだか自分じゃないみたいなんだ。」
そう、警備隊入隊テストの頃とは全然違っていた。ゼロが毎朝鍛錬をしてくれているお陰なのだろう。ネイの提案のお陰でもある。
本当に、ネイは僕の女神様だった。
「周辺に妖魔の姿無し!」
周辺を確認したフォトラが凛とした声で言った。
「よし、終わったか! 魔核を集めておけよぉ!」
全体の様子をぐるりと見まわしたジェイスが言った。倒した妖魔が次々と霧散していく。後には真っ黒な小さい球体の魔核が残っていた。
妖魔ならではの現象だ。当然動物だとこうはならない。僕は身近にあった魔核を二個拾った。
そして傍にいるゼロにこっそり言った。
「ゼロ、鍛えてくれてありがとう。今の動きどうだった? 後で聞かせてくれよ。」
「にゃ」
* * *
「本当に、本当にありがとうございます。」
大勢の大人がバックスの家に集まっていた。集落の大半の人が来ているのだろう。皆が異口同音に感謝の言葉を投げかけてくる。
「まぁ気にするな。報酬は貰うんだから。」
ジェイスもちょっと照れくさそうだ。
やっぱり良いな……。
こんなに大勢の人の役に立った。そして感謝もされている。
「亡くなられた方は残念でしたが、仇は取れました。ねんごろに弔って差し上げてください。
それとジェイス、クエスト達成の確認を。」
フォトラはジェイスを促した。
「お、おう。」
ジェイスは許可証を取り出しバックスの前に広げた。
「バックスさん。それに手を当ててクエストを達成できたことを宣言していただけますかしら。」
ジェイスではなくフォトラがバックスに言った。
「わかりました。クエストを達成したことを宣言します。」
バックスが許可証に手を当て宣言すると、許可証がわずかに光った。
「お前ら、街に帰り着くまでがクエストだからな、まだ気を抜くなよ。」
許可証をポーチにしまいながら、ジェイスが団員に声をかけた。
「おう!」「ああ。」
コポルとルビィが素直に答える。
「ジェイス? 今日は遅いからここで泊まっていくのよ。それは明日の朝、改めて言ってちょうだい。」
フォトラがジェイスに釘を差した。
「ん? あぁ、そうだったか。」
頭を掻きながらジェイスが言った。
そうして、僕は正式にジェイス団の団員になった。
ルビィ:「ロック、どうやって強くなったんだ?」
ロック:「夜中の秘密特訓とだけ言っておくよ。」
ルビィ:「なるほど! ネイか! じゃあ、朝練は俺としようぜ!」
ロック:「……」