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6.迷える一本ギツネ

『──ただいまをもちまして、真木架学園入学式を終わります。新入生のみなさんは第一修練場で使い魔を受け取ってください』


 講堂に響くアナウンスに新入生たちが動き出す。

 先ほどまで座っていたからか、その動きはどこか緩慢なように見える。


 その中で一人、きびきびと動く影。

 先ほど新入生代表で壇上に立っていた少女──神宮寺神子だった。


 亜麻色の髪を揺らしながら、彼女は講堂の外へと向かっていく。


「神宮寺さん。あんなに急いでどこに行くんだろう」

「けっ、オレたちみたいな下々には付き合ってらんねぇんじゃねぇの」


 智之の疑問に、隣に座っていた不快そうに央麻が答える。


 確かに、神宮寺家は数多くの魔法使いを輩出している家系だ。

 智之たち一般人からすれば想像できないほどに豪奢な生活を送ってきただろうし、中には庶民を見下す思考を持った人物もいるかもしれない。


 けれど。


「そうかな……そんな人には見えなかったけど」


(むしろ、何かを探していたような……)


「そんなことよりさっさと行こうぜ、夕川。俺の使い魔を紹介してやるよ」

「え、那波くんの使い魔?」


 央麻の言葉に釣られてそちらに顔を向けようとした時。


「きゃう……」


 足元を一匹のキツネが通り抜けた。

 夕焼けのように赤い毛並みを揺らしながら、小さなキツネは誰かを探すようにとてとてと歩く。

 体ほどもある太く大きな尻尾は、へにょりと元気なく垂れていた。


「あん? 何だ、コイツ」

「一本ギツネだよ。キツネ種を見られるなんて、さすが真木架学園!」

「一本ギツネだぁ?」


 一本ギツネは、その体ほどの大きさもある尻尾が特徴的な魔物だ。

 でも、キツネ種は彼らの持つ魔法の危険性から、選ばれた人しか持つことができなかったはず。


 そんな珍しい子がどうしてこんなところにいるんだろう。


「きゅい?」


 智之の視線に気づいたのか、一本ギツネが上を見上げる。

 つぶらな瞳と目があった。


「怖くないよ」


 にこりと笑って手を差し出すと、おずおずと近づいてくる。

 最初は警戒したように匂いを嗅いでいた子ギツネだったが、やがてぺろりと指先を舐めた。


「きゅい」


 思いのほか人懐っこいのだろうか。

 一声甲高く鳴いたかと思うと、するすると肩まで登ってくる。

 ふわふわと柔らかな感触が首元を撫でる。


「あはは、くすぐったいよ」

「きゅい、きゅいきゅい」

「……けっ、なるほどな。おい、ちょっと俺にも触らせてくれよ」

「きゃうんっ!」


 央麻が手を伸ばしたとたん、子ギツネの身体が消え去った。

 肩の重みが消え去ったわけではない。


 キツネ種の持つ幻影魔法でその姿を見えなくしたのだ。


「うおっ、なんだコイツ」

「キツネ種の幻影魔法だよ。うわぁ、こんなに見えなくなるんだ!」

「幻影魔法? そんなのがあんのかよ」


 感触はあるのに、まったく見えない。

 不思議な感覚だ。


 ただ、そんな状況でも子ギツネが怯えているのは確実に伝わってきた。


「きゃう……」

「すごく怯えてるよ。もしかしてこの子に何かした?」

「何もしてねぇよ! けっ、もういい。行こうぜ」

「あ、ごめん。俺はこの子を送り届けてからにするよ」


 このまま見過ごしてはおけないし。


「はぁ? んなもん教師に任せとけばいいだろうが」

「でも、まだ幼いみたいだし早めにご主人さまを見つけてあげないと」


 そう言うと、央麻は信じられないと言った風に目を見開いた。


「けっ。先行ってるぞ」


 それだけ言い残して背を向け、講堂から出て行ってしまう。


「……きゃう?」


 その姿を見送っていると、おそるおそるといった様子で子ギツネが姿を現した。


「怖くないよー、よしよし」


 ゆっくりと背中を撫でる。

 体に流れている魔力の流れに沿うように。


 最初は警戒していた様子の子ギツネだったが、何度か撫でているとうっとりと目を細めた。


「きっと大切にしてもらってるんだろうなぁ」


 もふもふ、もふもふ。

 触っているだけでうっとりと頰が緩んでしまうほどに魅惑的な毛玉。

 あまりのふわふわ加減に、思わず時間を忘れてしまいそうだ。


「っと、君はどこから来たんだい?」


 腕の中に収まってくれた子ギツネに問いかける。


「きゅ?」


 しかし、帰ってきたのは可愛らしい鳴き声だけだった。


「あれ、言葉が通じないのかな。もしもし、もしもーし」

「きゅ、きゃう! きゃう!」


 お腹のあたりをわしゃわしゃと撫でなるも、くすぐったそうに身をよじるばかり。

 使い魔には人間の言葉が分かるような魔法を覚えさせるはず。


 それができないぐらいに幼いのかな。


「それなら、余計にご主人様を探してあげないとね」


 ポケットに入れていたスマホを取り出し、SNSを開く。

 メッセージの送り先は、迎えを待っているだろうセレナ。


『迷子の子を見つけたからちょっと迎えに行くのが遅れる。ごめん』


 それだけ送って、再びスマホをポケットにねじこんだ。


「ちょっとだけ毛を借りるね」


 魔力で小さなハサミを作って、一本だけ毛を切った。


「──魔力、抽出」


 毛を握り、中にある魔力に意識を集中させる。

 契約した使い魔とマスターは、お互いに一部魔力を分け合っていると言われている。


 ほんわかと暖かいこの子の魔力の中に混じった、別の魔力を探っていく。


 そうして、数分後。

 智之の指先には小さな水色の魔力が灯っていた。


「きゃう、きゃう!」


 マスターの匂いを感じたのか、肩に乗った子ギツネが身を乗り出す。

 手で抑えながらも、そんな場合じゃないのに思わず笑みがこぼれてしまう。


「あはは、食べちゃダメだよ。君のご主人さまを教えてくれる手がかりなんだから」


 魔力は持ち主のところに戻る性質がある。

 それはどれだけ離れていても変わらない。


 魔力の帰巣本能とも言えるそれを使えば、きっと導いてくれることだろう。


「お、動き出した」

「きゅい、きゅい! きゅい!」

「おっとっと。追いかけるから俺の側から離れちゃダメだよ」






 やってきたのはドーム状の体育館のような場所の前だった。

 第一修練場、と書かれた看板が遠目に見える。


 そこに近づこうとしたところで、今まで追いかけていた水色の球がふわりとかき消えた。


「きゃうっ!」

「あちゃぁ、消えちゃったか」


 弱い魔力だったから仕方のない。

 けれど、向かおうとしていた方向からしてあの中にいることは確かだろう。


「もうすぐご主人さまに会えるからね」

「きゅい」


 そんな会話(?)をしていると、修練場の自動ドアが滑らかに開く。

 そこから出てきたのは、がっくりと肩を落とした神子の姿だった。


「きゃう、きゃうきゃう!」

「おわっと」


 途端、腕の中の子ギツネが鳴き声を上げる。

 声につられた神子が顔を上げ──


「ココちゃんっ」

「きゃう!」


 ──その顔に花のような笑みを浮かべた。

 早足で駆け寄ってきた神子。

 子ギツネも腕の中から飛び出し、少女に向かっていく。


 そして、二人は再会を果たした。


「よかった、よかったぁ。ごめんね、やっぱりまだひとりは寂しかったよね」


 涙ぐみながら、神子は子ギツネを抱きとめる。

 その手は傷つけないように柔らかく、慈しむようであった。


 そうしていた神子だが、やがてハッとしたように顔を上げる。


「あの、貴方がここまで連れてきてくれたんですか?」

「はい。よかったね、ご主人さまが見つかって」

「きゅい!」


 智之の言葉に、子ギツネは一声鳴く。

 言葉は分からなかったけれど、お礼を言っているようにも聞こえた。


「ありがとうございますっ」


 神子は感無量と言わんばかりに頭を下げた。

 聞けば、入学式前に逃げ出したと連絡が入ったきり消息がつかめなくなっていたらしい。


「この子、まだちっちゃくて言葉とかも分かんないから大変でしたよね。人見知りも激しいですし……」

「いやいや、人懐っこいかわいい子でしたよ」


 そう言って、ココと呼ばれた子ギツネの前に手を差し出す。


「きゃう」


 子ギツネはポンとタッチしてくれた。

 ぷにっとした肉球の感触が手に心地いい。


「ね」

「いつもなら怖がって挨拶もしないのに……優しい人なんですね」

「それを言うなら、貴方の方こそ。こんなに綺麗な毛並みは毎日手入れしてないと早々出せるものじゃないですよ」


 一朝一夕じゃあれだけのふわふわさは出せない。

 丁寧に、丁寧に時間をかけてブラッシングしているんだろう。

 まだ幼いから、じっとさせるのも一苦労なはずなのに。


 その時だった。


「うわっ」

「ひゃっ」


 地面が揺れるほどの衝撃が智之たちを襲う。

 揺れが収まるも、まだどこか揺れてているような感触が残っていた。


 発生源は修練場の中らしい。


「いったい中で何が……」

「今、中で金髪の女の子とメイド服の女の人が戦ってて。多分その衝撃だと思います」


 金髪の女の子?


 智之の頭に嫌な予感が浮かぶ。

 先ほど見た入学式の会場には、金髪なんていなかったように思う。


 いやいやいや、まさかね?

 セレナに限ってそんなことがない、とは言い切れないけれど。

 でも、きっと大人しく迎えを待っているはずだ。


「……えっと、金髪の女の子ってどんな感じでした?」


 だから、これはただの確認。


「金色の髪が綺麗で、目が碧くて、えっと……あ、制服を着てたけど、誰かの使い魔みたいでした。『燃やし尽くすわよ』なんて叫んで──って、あのっ」


 言葉を全部聞く前に、智之は走り出していた。


「ごめんなさい、神宮寺さん! お話はまた後で!」


 それだけ言って、中へと急ぐ。

 走る間にも、中からは激しいぶつかり合いの音が聞こえていた。


(あぁ、もう。無茶してないといいけど……っ)

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