5.入学式と同級生たち
作者の体調不良により遅れてしまい申し訳ありません。
「使い魔は講堂に入れないんですかっ?」
セレナ特急便のおかげで、何とか遅刻ギリギリで講堂の前まで辿り着いた智之。
しかし、そこで別の問題が発生してしまっていた。
あまりに大きな声を出してしまったためか、講堂の中で座る目つきの悪い生徒に睨まれる。
「去年の入学式で暴れたのが出てな。念のため、一年生の間はこういった式典では別のところで待機してもらうことに決まったんだ」
そう告げるのはスーツに身を纏ったシルヴィアの使い魔、ウェスカーだった。
フォーマルな服装でもドクロの首飾りはこういう場でも外さないらしい。
それでも妙に似合っている気がするのは彼の器量の良さゆえだろうか、
「はん。これで長い話を聞かされないで済むわね」
ニヒルに口元を歪めるセレナだが、口調はどこか不機嫌なようにも聞こえた。
どうせなら一緒に出席したかったけれど、そういうことなら仕方ない。
それに、悪いことばかりでもないだろう。
「使い魔の友だちを増やすチャンスだね、セレナ」
「私より弱いヤツに興味はないわ」
「そう言わずにさ。あっちでは使い魔を持ってる人もあんまりいなかったんだから」
真木架学園の外では魔物という生物を危険視する動きもあって家飼いが常だった。
セレナは完全に人間の姿になれたから一緒に出かけることもあったけれど、使い魔全てが完璧に人化できるわけでもない。
とまぁそんなことがあり、セレナの交友関係は驚くほどに狭かったのだ。
「集める使い魔は種族によって分けてあるから、お眼鏡に叶うヤツもいるかもしれねぇぜ?」
「ふぅん、それなら面白そうね」
ニヤリ、とセレナの口角が上がる。
鋭い八重歯は獲物を前にした肉食獣のようにも見えた。
「一応<破壊>は使っちゃダメだからね」
「はいはい。分かってるわよ」
「まぁ、大ごとに発展しそうなら止めるさ、このお嬢ちゃんはオイラの担当だからな」
ウェスカーさんがそう告げると、首のドクロがキラリと怪しく光る。
彼の正体──金剛狼は統率力に優れた種族だ。
種として持つカリスマだけではなく、彼らの統率魔力も大きな理由の一つ。
曰く、金剛狼の遠吠えは聞いた者の動きを止める力があるらしい。
彼に任せておけば、少なくともその場は収まるだろう。
「っと、あんまり長話をしてもいけねぇ。んじゃ、夕川は中の空いてる席に座ってくれ。お嬢ちゃんはこっちだ」
「じゃあね、トモ。また後で」
ウェスカーに連れられて、セレナは講堂に背を向けようとする。
と、そこで智之はあることに気づいた。
「セレナ、ちょっと待って」
「何よ」
突然かかった制止の声にセレナの足が止まる。
そんな彼女の胸元に智之は手を伸ばした。
「ネクタイが曲がってるよ」
「それぐらい別にいいじゃない、私が式に出るわけじゃないんだから」
「ダメだよ、身だしなみはしっかりしないと」
面倒臭そうにするセレナを尻目に、ネクタイを整える。
ささっと直し終えると、一歩後ろに下がって彼女の姿を視界に収めた。
流れる金色の髪と健康的な白い肌が、カーキ色の制服によく映えていた。
「うん、可愛い」
「なっ、き、急に何言い出すのよ、このバカトモ! 時間がないんだからさっさと行きなさい!」
「わわっと」
顔を真っ赤にしたセレナに突き飛ばされるようにして、智之は講堂の中に入った。
「ふん」
「仲いいな、お前ら」
「ア、アイツが勝手にやってるだけよ」
「そう言うなって。いいマスターは大事にしろよ」
「……アンタに言われるまでもないわ」
気を取り直して奥に進もうとしていくところで、遠ざかっていくそんな会話が足を止める。
「いいマスター、か」
その言葉に少し気恥ずかしくなりながらも、智之は再び歩を進めた。
講堂の中では、既に大半の生徒がパイプ椅子に腰掛けている。
みんな詰めて座っているのか、最後列に数席しか空いているスペースは残っていなかった。
とりあえず智之もそれにならって、詰めて座ることにする。
「おい」
着席したところで、隣から唐突に声がかけられた。
前置き一切無しの質問に思わず面食らいながらもそちらを見る。
そこにいたのは、先ほど智之の方を睨んでいた目つきの悪い男子生徒だった。
顔にはニタニタとした笑みが張り付いている。
「俺は夕川智之。君は?」
自分の名前を告げると、彼は手を差し出して握手を求めてきた。
「けけっ、オレは那波央麻だ。同じ一年生同士、よろしくな」
「よろしく、那波くん」
少し体をずらしてそれに応じる。
握った手はどこかひんやりとしていた。
「あん?」
「どうかしたの?」
「……いや」
何でもない、と言いながら央麻は手を離す。
だが、明らかに下がった口角が何かあることを物語っていた。
彼はその表情のままに、手を降ったり指を動かしたりして何かを確かめる。
やがて、顔を上げたかと思うと口を開いた。
「どうしてオマエみたいなひょろっちいヤツがあんな使い魔を持てたんだ?」
「え?」
「オマエ、もしかして噂の無──」
一瞬、言っている意味が理解できなくなる。
『──これより、真木架学園入学式を始めます』
スピーカーから聞こえてくる女性教師のアナウンスに、央麻の声が遮られる。
「けっ、話は後でだな」
話を遮られた央麻は、口を閉じて壇上に目を向ける。
意外と真面目なところもあるんだ……。
そんな失礼なことを思いながらも話を聞く姿勢になる。
真木架学園であっても、入学式の様子は智之たちがいたところと変わらない。
つまるところ、冗長である。
お偉いさんの中身がない話を聞かされ、央麻も大きなあくびを浮かべていた。
『次は、新入生挨拶です。代表者の神宮寺神子さん、前へ。……神宮寺さん?』
その呼びかけに、講堂内がにわかにざわついた。
呼ばれた名前が魔法使いの名家『神宮寺家』であることもそうだが、それだけではない。
名前を呼ばれても、誰も壇上に上がらなかったのだ。
緩慢な空気にうつらうつらと船を漕いでいた生徒も何事かと周囲を見回す。
「入学式早々遅刻とか、重役出勤ってか? お高く止まってんなぁ」
央麻は『神宮寺』という名前にいい印象を持っていないのだろうか。
どこか言葉の端々にトゲを感じる言い方だった。
やがて、前の方に座っていた女生徒がすくりと立ち上がる。
この場にいた全員の視線を集めながら壇上にのぼった彼女は、用意されたマイクを持って振り返った。
──妖精。
それが少女の姿を見た第一印象だった。
ボブに整えられた亜麻色の髪に低めの身長、しかしほっそりとしているわけではなく、制服をはっきりと押し上げる膨らみが遠目からでも分かる。
大きくまんまるい目が講堂をゆっくりと見渡す。
彼女に見られたところから、さぁっと波が引くように静かになっていく。
神宮寺の名前ゆえか、はたまた彼女が持っているカリスマゆえか。
そのときだった。
(……あれ?)
彼女の顔が、少し憂いを帯びた気がしたのは。
だが、そう思ったのもつかの間。
『柔らかく暖かな風に溢れる、春爛漫の今日──』
彼女は鈴の鳴るような声でとうとうと語りはじめる。
気のせいだったのかな……。
智之のそんな疑問もよそに、神子と呼ばれた少女は挨拶を述べていく。
優しい声音は染みこむ水のように、じんわりと講堂全体に広がる。
数分後、盛大な拍手が講堂を包みこんだ。