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23.

 焼け爛れた森の中、戦いの音が響いていた。

 黒と紅の炎が軌跡を引いて飛び回る。ぶつかりあったところから衝撃が空気を揺らしていく。


「はぁあああああああああ!」


 その片割れ、セレナはボロボロの翼を広げて宙を突き進む。


 全身を覆っていた黒い魔力は、今や伸ばした右手で漆黒の爪を形作るのみ。

 だがそれでも擦れば相手を喰らう威力は健在だ。


「お前を倒して、我はこの大地を支配するのだ! 邪魔をするな!」


 対する少年、ファフニールは冷めた目で彼女を見ていた。

 ドラゴンという種族は戦いに至上の喜びを見出す種族である。


 かつてこの土地を収めていた時にはそれが叶わなかった。

 それ故に、初めてセレナの姿を見た時には血肉沸き胸踊ったものだ。


 しかし実際に目の前にすると、彼女はまだ雛鳥でしかなかった。


「まだまだぁ!」

『遅い!』


 目の前に迫った腕をかわし、右手に作り出した槍で叩き落とす。

 地に落ち、灰と砂埃を巻き上げた。


『あまりに単調。あまりに無力。それでも我と同じドラゴンの端くれか!』

「うっ、さいわ、ね!」


 なおも彼女は立ち上がる。

 彼我の実力差は圧倒的なことは分かりきった事実であるのに、まだ向かい続けている。


 そんな姿を見て、ファフニールの中に一つの疑念が生まれていた。


『何が目的だ……?』


 考え、片手間に魔法を使う。


 地上に魔力が集まっているのを感知するのに、そう時間がかからなかった。

 一人ではファフニールの力に及ばない。

 しかし、それが二十人以上集まれば脅威になる。


『時間稼ぎが狙いか……っ!』


 今はサロンの中に満たされたファフニールの魔力によって侵入を拒まれている。

 あれだけの人数がいれば入ってくるのは時間の問題だ。


「はぁ、はぁ……時間稼ぎ?」


 しかし、相対する少女は頭に疑問符を浮かべていた。

 足は震え、もう立っているのさえ精一杯の様子にそんな余裕はなさそうだ。


(前の女か!)


 少女のマスターを連れて行った乱入者のことを思い出す。

 彼女が連絡したのなら、地上の状況も説明がつく。


(面倒なことになる前に終わらせるか)


 彼の目的はこの土地を取り戻すことであって、目の前の同族を弄ぶことではない。


『そろそろ終わりにするとしよう』

「させるかって、の。破壊……ぐっ」


 セレナは魔法を使おうとして、再びその場に崩れ落ちる。

 度重なる衝突により、身体に限界が来ていた。


 そんな彼女を見下ろしながら、ファフニールは右手を天に掲げる。

 瞬間、数多の槍が彼の頭上に現れた。


「血の盟約はこの手の中に。我より下に敵は無し。<ブラッディ・ランス>!」


 手を振り下ろす。

 高速で槍が落ちていく。


 だが、その攻撃がセレナの下に届くことはなかった。


「<破壊弾>」


 少し離れた、倒れた木々の間を縫うように黒い弾丸が飛んでくる。

 弾丸は軌跡を描きながらその一つ一つが槍にぶつかり、貫いた。


 それだけでは止まらない。

 そのままファフニールへと軌道を変える。

 突然の事態に身体を捻るが、かわし切れずに魔力で作られた翼を貫通する。


 すぐに修復を試みるが──


「──な」


 被弾した場所が治らない。

 それどころか翼全体が空を飛ぶ機能を失ったかのように、彼の身体は真っ逆さまに落下していく。


 落ちていく最中にファフニールが見たのは、杖の先で漆黒の魔力を操る智之の姿だった。











 撃ち抜いた。

 倒れた木々の間から隙を伺っていた智之はその手応えを感じた。


 けれど本体は健在健在だ。


「セレナ!」


 相棒を呼ぶ。

 地に伏せていた彼女は声を上げて大地を蹴った。


「だぁああああああああああああああああああああああああああああ!」


 がむしゃらに、しかし腰の入った拳が横顔に突き刺さる。

 目にも止まらぬ速度で吹き飛んで行ったファフニールは背後の大樹にぶつかり、大きな轟音を立てた。


 セレナは殴り抜いた余韻も短く智之の下に飛んで戻ってくる。

 土埃や血で汚れた顔で笑みを浮かべる。


「はぁ、はぁ……遅いのよ」

「ごめん。でも奥の手は出来たよ」

「そ」


 会話は短く。

 ファフニールを仕留め切れたわけではなく、まだ立ち上がってピンピンしている。


『ぐぅ……貴様、何故生きている! その力はそこにいるドラゴンのもののはず!』


 だが、その目には今までにない戸惑いや怒りが宿っている。

 智之の魔力弾は確実に効いているようだった。


『だがその程度の魔力、魔法! 我を倒しきることなど不可能! すぐにでも蘇ってお前たちを食らってやる──っ!』

「食われるのは、お前だ」




 しゃん、しゃん。

 しゃん、しゃん。


 智之たちのいる場所のさらに後方から鈴が鳴る。



 ぴょん、ぴょん。

 ぴょん、ぴょん。


 ココが周りを跳ねる。

 その足が触れたところに、青白い火がふわりと灯る。



『あれは──』


 ファフニールの顔が見るからに青ざめる。

 目の前にいる智之たちに見向きもせず、一目散に妨害に走ろうと足に力をこめる。


 しかし、地中から出てきた手に足を掴まれた。

 そのまま倒れ、顔を強打する。


「よぉ、雇い主サマ」

『じゃ、邪魔をするか、死に損ないの土蛇が!』

「死に損ないだからアンタの足を引っ張れるんさね」

『この……っ!』


 ファフニールは足に力をこめてヴルムの手を振り解く。

 智之たちがその隙を見逃すはずはなく。


「<インフェルノ・メテオブレイク>!」

「<破壊・千の弾丸>!」


 炎と弾丸を叩き込む。


『ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 悶絶するファフニール。

 しかしまだ倒せない。


 時間は稼いだ。

 であれば、呪文は完成する。


「五行に連なる神獣よ、神宮寺神子の名において、かしこみかしこみ申し上げる。

 玄き水は北より流れたもう。紅き炎は南より揺れたもう。

 交わりし幻影は蜃気楼。今鋼無き刀を作り給う。

 全を切り伏せ一を守りし一刀を今ここに現せ。

 ──<幻影神刀・九十九斬り>」


 巨大な水の刃が振るわれる。

 霊だけを切り裂く退魔の剣は央麻の身体にいたファフニールだけを真っ二つにした。


『永久より繋がれてきたこの地との縁が切れる、だとぉ!』


 切り裂かれた怨霊はその存在を薄めていく。

 しかし、それは搔き消えるわけではなく、地面へと吸いこまれるようであった。


「セレナ」

「えぇ」


 視線を交わすだけで、智之の相棒はやろうとしていたことを汲み取ったらしい。

 ふらつく足で、近づいていく。


『何をする気だ、貴様ら! すぐにでも蘇り、我は貴様らを喰らい──』


 央麻の身体からもやもやと出ている霧に触れる。

 何か先ほどよりも必死な声が聞こえてくるが、気にしない。


「邪竜ファフニール」

「アンタのその執念深い魂を」


『やめろ、やめろぉおおおおおおおおおおおお!』


「「──破壊する」」」


 パリン。

 ガラスの割れるような甲高い音が響き渡った。


 土地からぶわりと総毛立つほどの血色の魔力が溢れてくる。

 やがてそれは霧散して消えていった。


「終わったね」

「えぇ……」


 二人してその場に倒れこむ。


「神宮寺さん、あとは任せた……」

「神子、よろしく……」


 そうして、智之はセレナと共に再び意識を失った。


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