22.
「はい、はい。今セレナちゃんが戦ってて……」
『ソウ、先に行かせてごめんなさイ。今──』
誰かの会話が智之の意識を浮上させる。
目を覚ました彼の目に飛びこんできたのは、ボロボロになったサロンの天井だった。
舞う灰と炎がまだ終わっていないことを教えてくれる。
次いで気づいたのは自らを覆う水色の魔力。
そこにいるだけでもう一度眠りにつきそうだと感じた智之は、ゆっくりと身体を起こそうとして──
「──ぐっ」
右腕に力が入らずその場に倒れこんだ。
「きゃう!」
「夕川くんっ」
そばについて電話していた神子が慌てて寄ってくる。
「神宮寺さん、どうしてここに……」
「夕川くんたちがいたあの大木の真下にある、この土地を守るためのセキュリティ。あの霊的基盤を作ったのが私の神宮寺家らしいんです。それで、お母さまの名代として欠けた魔法を掛け直しに来たんです」
「どうにか、できそう?」
「……いえ。あぁなってしまえば、魔法を唱える時間は与えてくれないでしょうね」
神子の視線が地に落ちる。
間に合わなかった責任を感じているのだろう。
「あはは、神宮寺さん。ごめん、ちょっと起こしてくれないかな……」
「動いちゃダメですっ。今学園長先生に連絡を取ってますから、それまで大人しく──」
起こしてもらえないと悟った智之は、再び身体に力をこめた。
反応ではなく痛みを返す右腕、動くが感覚のない右足。
幸いにも左半身は無事だったが、今魔力を無駄遣いして起きるわけにもいかない。
「あうっ」
だが、それも虚しく地に落ちる。
身体はとっくに悲鳴を上げていた。
「ダメですっ。このままだと死んじゃいますよっ。回復魔法で誤魔化してますけど、とっくの昔に限界のはずなんですからっ」
神子には珍しく、怒った様子で智之を引き止める。
それでも意思は変わらない。
再び力が込められる。
やがて彼は燃える炎のようにゆらゆらと立ち上がった。
振り返り、傍らの少女に笑いかける。
「死なないよ、壊れるだけだから」
死ぬとすれば完全に壊れきった時だけだ。
だが、身体を起こせたと言えど動かせるようになったわけではない。
足はもつれ、その場に倒れこむ。
「夕川くん、もうやめてください! 今、学園長と話して救援がこっちに向かってますから、無理しないでください」
「無理だよ、俺はセレナのマスターなんだから」
「それは……」
神子は口ごもる。
彼女も気付いているのだ。
セレナに重大な負担を強いてることに。
ただ、現状ファフニールを抑えることができるのは彼女一人だけ。
せめて、せめてそばにいてあげたい。
そう思う智之の身体はまともに動かない。
「あぁ、もう。じれったい!」
智之は叫ぶ。
その途端、彼の右半身を黒い魔力が覆い尽くす。
そして、『身体を動かせない事実』を破壊した。
身体に走る激痛に智之は顔をしかめる。
「はぁ、はぁ……これが、オリジン。概念にさえ手をかける、強力な力。制御をちょっと失敗すると死ぬな……」
今の智之は魔力の全てが破壊属性に染まっている状態。
体内に凶暴なドラゴンを飼っているのも同然だ。
魔力を全て使い切る前に気を抜けば、瞬く間に貪り尽くされるだろう。
──でも、その力をもってしても彼はファフニールには敵わない。
「分かってるよ」
「夕川君くん……」
「俺はセレナを勝たせに行くんだ。どれだけぶっ壊れても、前が見えなくなっても。俺だけはセレナに頑張れって。負けるなって言わないと」
「……それで、セレナちゃんが勝てなかったら?」
気迫を感じたのか、神子がそんなことを尋ねてくる。
しかし、智之は笑顔で答えた。
「勝つよ。だって、俺の使い魔は最強なんだから」
それは揺らぐことのない絶対的な信頼。
確固とした信頼に神子は息を呑む。
「神宮寺さん?」
「ううん、何でもありません。人と使い魔って、そこまで信用できるものなんですね」
「そうかな」
「そうですよ。ね、ココちゃん」
「きゃう」
神子がにこりと微笑むと。今まで大人しくしていたココも元気に鳴いた。
「私も協力します。多分、できることはありますから」
「ありがとう。神宮寺さんがいてくれると心強いよ」
「きゅい!」
「うん、ココも頑張ろう」
話をしながら、二人と一匹は前に進み出す。
神子は陰陽道の家系、悪霊退治におけるプロフェッショナルと言ってもいいだろう。
ファフニールの下に赴く上で、これ以上に心強い味方はいない。
そんな時、前の土がもこもこと盛り上がる。
そこから顔を出したのは、傷だらけのメイド服を着たヴルムだった。
「話は終わったかい?」
「ヴルムさん」
「那波くんの使い魔の……。そう言えば先ほどは見ませんでしたけど」
経緯を知らない神子は警戒した様子で目を細める。
しかし、肝心のヴルムは気に止めずに話しかけてきた。
「アタシはアンタたちの敵じゃない。ちょいと地中で寝てたら面白そうな話が聞こえてきたもんでね」
「でもヴルムさん、まだ怪我治ってませんよね」
「アンタがそれを言うかい」
「俺は無理してるから動けますよ。他人にオススメはできませんけど」
今も苦痛は智之の身体を苛んでいる。
他の誰かに同じような思いをさせるつもりは彼にはない。
「だからってアンタたちだけで勝てるのかい。あれはかなりヤバいよ」
「作戦ならありますよ。というか、今できました」
そう言って、智之は神子の方を振り返る。
「はえ?」
話を振られた少女はキョトンと首を傾げたのだった。




