20.
「ココちゃん! 勝手に行かないで……って、夕川くん!?」
ココの後ろから焼けた倒木をくぐって神子が顔を出す。
ファフニールの姿に一瞬だけ怯みつつも、呑まれる前に首を振って智之へと駆け寄った。
そんな二人と一匹の前に、セレナは守るようにして立つ。
視線はファフニールに向けたまま。
彼女は背中から神子に頼みごとをした。
「……トモを連れてあっちに行ってなさい」
「セレナちゃん……」
「早くそいつをここから逃がして!」
悲痛な叫び声に何か察するものがあったのだろう。
状況を完璧に理解しないまでも、神子は傍らの使い魔に指示を出した。
「ココちゃん、幻影魔法!」
「きゃう!」
二人と一匹の姿がすぅっと消えていく。
ただパタパタと離れていった足音がセレナの鼓膜を震わせた。
その間もセレナは振り返らない。
唇を血が出るほどに噛みしめながらも、智之を守るべく目の前の敵を睨み続ける。
瞳に宿るは悲しみではなく、怒りの炎。
『その手で自らの主人を殺した気分はどうだ?』
あざ笑うような声に、握りしめた拳が震える。
「アンタだけは、ここでぶっ壊し尽くす!」
その瞬間、セレナの身体がメキメキと音を立てた。
拳を作っていた両手は黒く鋭い爪となる。
制服の下から弾けるように出てきたのは、ボロボロになった一対の翼。
『何と醜い翼か。通りで飛べないわけだ。その翼では我に届くことなどあるまい』
だが、セレナにとってそんなことはどうでも良かった。
彼女の周りでゆらゆらと黒い魔力が揺らめき立つ。
そして、
「がぁああああああああああああああああああああああ!」
叫んだ。
彼女の身体を漆黒の炎が包みこむ。
金色の髪の一房が破壊され、漆黒に変わる。
叫び終わった瞬間、セレナは大きく大地を蹴った。
『何度やっても同じこと──』
ファフニールは何度となく身を翻す。
空を飛ぶ手段を失ったセレナにはそれだけで十分だっただろう。
留まることすらままならず、地面に落ちていくだけ。
だが、今回は違った。
セレナの身体はそのまま素通りし、その身体は天へと落ちる。
ボロボロの翼を羽ばたかせながら空に留まる。
今の彼女はファフニールよりも高い場所から見下ろしていた。
「空を飛ぶって、こんな感じなのね」
ぽつりと溢れるような呟きは、誰にも聞かれることなく背中の羽ばたきにかき消されて消えていく。
『何故貴様が空を飛んでいる!』
「そんなこと知ったこっちゃないわ!」
セレナは興味がなかった。
目の前の敵に追いすがる力を手に入れることができた。
それだけで十分だったから。
ゆえに彼女は気づかない。
その魔力で、自らが『飛べないという事実』さえも破壊したことに。
「トモの分まで、アンタをぶっ壊す! <破壊の炎爪>!」
黒い炎を纏った爪を持って襲い掛かる。
狙うは首元。
手を伸ばして敵の命へと食らいつく。
「<ブラッド・スピア>!」
「ぐっ」
相対するは魔法で作った真紅の槍。
払い除けるようにして振るわれるそれは、セレナを容易く近づかせない。
飛ばされたセレナは空中を滑るように体勢を立て直そうとする。
だが、ファフニールはそれを許さない。
すぐさま接近し、頭上から槍の一撃を喰らわせる。
重い一撃にセレナの身体は地に落ち、大きなクレーターを作った。
土と灰が舞い上がる。
だが、セレナはくじけない。
痛む身体に鞭を打って、セレナは立ち上がる。
そこへ容赦なく叩き込まれる一打。
クレーターがさらに大きく広がった。
「うぉ……らぁ!」
何とか押し返す。
しかし、力の代償は大きかった。
『もう息切れか? まだまだ戦いはこれからではないか』
「はぁ、はぁ……うっさい、わね!」
口元を拭って見つめ返す。
既に限界を超えつつある身体を奮い立たせて、セレナは再び空へと舞い上がった。
破壊魔法をその身に受けた智之の意識は、まだすんでのところでつながっていた。
暗い闇の中、彼の意識はぼんやりと思考する。
その矛先は自分のこと。
魔法を使えない自分のこと。
昔から魔法を使える人たちのことが羨ましかった。
なんで自分だけが……なんて思ったりもした。
道標となるはずの両親はおらず、祖母はちっとも魔法を教えてくれない。
学校では半端者扱い。
それでも弱音を吐かずに頑張ってきた。
そんな智之が何故使う魔法を使い魔召喚にしたのかと聞かれたら、きっと理由は寂しかったから、なのだろう。
同年代の友人、相棒、あるいは理解者。
かくしてその願いは叶い、現れたのはひとりのドラゴン。
彼女は強くて、カッコよくて、可愛くて。
今もきっと、智之のために戦っている。
(行かないと)
一度だけ、彼女の破壊魔法をその身に受けたことがある。
その時の後遺症で智之は汎用魔法さえ使えなくなってしまったけれど、重要なのはそこじゃない。
彼女の魔法を受けても、智之が生きているということだ。
あの時はどうしてたっけ……。
必死に記憶の意図を手繰り寄せる。
破壊魔法は強力で汎用性が高いわけではない。
けれど、拡張性がないわけでも、ない。
(重要なのは、力の向きだ)
セレナにはできないかもしれない。
過去の智之にもできなかった。
では、今の彼には?
(やってやる。俺はこんなところで倒れるわけにはいかないんだ)
自分のため。
そして自分を魔法使いにすると誓ってくれた大切な相棒のため。
(だから、魔法を使おう。
魔法が使えない俺にしか使えない、最高の魔法を)
感覚は指先までない、身体は凍ったように動かない、
セレナが浴びせた破壊の魔力は、今まさに智之を殺さんと蝕み続ける。
そう。それが魔力ならば。
魔法を生み出す力の源ならば。
(俺に操れないなんてことはない!)
──かくして、少年は破壊者となる。




