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2.破壊魔法と若作り学園長

 駅の構内は、人でごった返していた。

 人と物が行き交う場所。

 そこは、真木架マギカ学園都市でも変わらないようだ。


 智之ともゆき()()()笑みを浮かべながら、人混みをかき分けて進んでいく。

 目的地は雑踏から少し離れた壁際のベンチで座る妙齢の女性だった。

 彼女の隣には、人間の腰ほどの大きさもある巨大な白い蜘蛛。


「すみません。その子、もしかして大槌蜘蛛おおつちぐもですかっ?」

「え? はい、そうですけど……」


 興奮気味に声をかけた智之に、女性は困惑した様子を浮かべる。

 話に出された大槌蜘は状況が呑みこめていないのか、複眼でじっと来訪者を眺めている。


「色が違うから一瞬びっくりしたけど、やっぱり! 子どもの頃に太陽の光に当てないで育てると白くなるって聞いたんですけど、本当なんですかっ?」

「そうですけど……」

「うわぁ、すごい! 初めて見たんですよ、俺! 撫でてもいいですかっ?」

「え、えっと、貴方は?」

「あ、ごめんなさい。俺は━━」


 彼が自分の名前を名乗ろうとした、その時だった。


「こんなところにいやがったわね、バカトモ!」

「ぐぇ」


 鋭い声とともに、その身体が仰け反る。

 智之の背後にはいつの間にか、銀髪の髪を肩まで伸ばした少女が立っていた。

 その碧い瞳には、怒りの色が滲んでいる。


「アンタは私が用事を済ませてる間に何やってんのよ!」

「ごめん、つい珍しい魔物がいたから興奮して……」

「この人間も引いてるじゃない。ほら、人を待たせてるんだからさっさと行くわよ」


 セレナは人間よりもはるかに強い力で、智之を引っ張っていく。


「ワープ便はもう終わったの? 大丈夫? ちゃんと名前書けた?」

「私は子どもか!」

「セレナが一人で手続きするのは初めてだから、心配で……」

「アンタたちがやってるのを見たことあるんだから、これぐらいできるわよ。控えももらってきたし、送る先もしっかり寮にしてきたわ」


 彼女は智之の眼前に透かしを突き出す。

 片手ほどの大きさの紙には少し拙いながらも、ほとんどはしっかりと必要な記入事項が書かれていた。そう、ほとんどは。


「セレナ、これ『ン』が『ソ』になってるよ」

「うそっ!」


 慌てて紙を見直すセレナだったが、残念なことにそこに書かれた事実は消えはしない。

 まぁ、二年前まで文字を知らなかった彼女がここまで書けるようになったのはかなり目覚ましい成長なんだけど。


「じゃあ、行こっかドルマソさん」

「う、うっさい! いいからさっさと行くわよ!」


 セレナは羞恥で顔を真っ赤にしながら先を歩いて行った、

 その後を追いかけて、智之は隣に並ぶ。


「トモ、どこに行けばいいのかしら」

「確か北東の入り口に迎えに来てくれるって話だったはず……」


上を見上げながら、二人は駅構内を行こうとする。


「ウェルカム、トモユキ」

「っ!」


 背後から聞こえた声。

 セレナが即座に智之を後ろにかばいながら、警戒態勢を取る。

 そこには何重にも服を着こんだ人物が立っていた。


「ワォ、素早い反応。そんなに警戒しなくてモ、取って食べたりはしないワヨ」


 顔はニット帽やサングラス、マスクで覆われていて外観からはかろうじて女性と判断できる程度だろう。

 が、智之は人物の声に聞き覚えがあった。


「もしかして……」

「イエス、SNSではいくらか話してたケレド、会うのは小学校の卒業式ぶりネ。元気にしてタ?」

「トモ、アンタ知ってんの?」


 セレナの問いに、軽くうなずく。


「この人が待ち合わせしてた人、シルヴィアさんだよ。ばあちゃんの知り合いなんだ」

「ハロー」


 紹介すれば、重ね着不審者……もといシルヴィアは、陽気に手を振ってみせる。

 そんな彼女に胡散臭そうな視線を向けながらも、ふんと鼻を鳴らした。


「セレナ・ドルマンよ。アイツの知り合いってロクなヤツの予感がしないんだけど。というか見た目からしてヤバいヤツなんだけど。何でそんなに着こみまくってるのよ」

「アタシだってこんな格好したくないワ。けど、理由があるのヨ」


「理由?」

「あれ、もしかして……」


 セレナが首を傾げたところで、背後で男子高校生らしき人物が足を止めた。

 そのことに気づいたシルヴィアが「あらら」と声を漏らす。


「イケナイ、長く居すぎたワネ。ちょっと場所を変えまショウ」


 そう言って、彼女は一度手を叩く。




 ――瞬間、周りの風景が一変した。




 人が溢れる駅構内だったはずの周囲は、豪奢な事務室へと変わっていた。

 部屋の奥に置かれた広いデスクにはたくさんの資料が積まれており、壁には燻製や絵画などがいくつも飾られてある。


 調度品は見るからに高級感が溢れており、触ろうとすれば弾かれてしまいそうな気さえした。


 何より驚くべきなのは、シルヴィアが使った明確な転移ワープ

 常人では一度にアタッシュケースひとつ荷物を運ぶのがせいいっぱいな魔法で、それによる荷物郵送サービスは『ワープ便』と呼ばれて親しまれている。


 しかし、彼女はいとも簡単に三人を移動させてみせた。

 彼女の地位を考えれば、さすがという他ないだろう。


「真木架学園の学園長室へようこそ。フゥ、やっと取れるワ」

「学園長室ってアンタ、まさか……」

「その通リ」


 シルヴィアがパチンと指を鳴らすと、重ね着していた服がほどけるように離れていく。

 中から現れたのは、妖艶な雰囲気を感じさせる妙齢の女性だった。


「改めて名乗りましょうカ、ワタシはシルヴィア・ホーエンハイム。この学校のトップをしているワ」


 赤毛のショートヘアを直しながら彼女は名乗る。

 こんな身なりをしているが、智之の祖母と同い年だと聞いていた。

 魔法使いが自らの外見年齢をいじるのはよくある話だから、さして驚くことでもないけれど。


「色々と動きづらいのヨネェ。魔法使いだらけだから隠蔽魔法もすぐに見破られるシ。行きつけのカフェもここ最近じゃご無沙汰ダワ」

「それはどっちかと言うとアンタの格好のせいじゃないかしら。ねぇ、トモ」

「あはは……」


 セレナのツッコミに智之は苦笑いで肯定を示す。

 その後、二人はソファーに促される。

 ここまでやってきた電車とは格段に違うふんわりとした座り心地に驚きながら、彼は目の前に座る学園長に問いかけた。


「シルヴィアさん、そんなことなら代わりの人を送ってくれればよかったのに」

「だって、かつての戦友の孫だモノ。アタシの手で迎えてあげたいって思うのは当然デショ? カモン、ウェスカー」


 シルヴィアが名前を呼ぶと、デスクの後ろからぬっと金髪の青年が現れた。

 首元では、趣味の悪そうなガイコツの首飾りが揺れている。


「へいへい、何ですか姉御」

「この二人にコウチャを入れてアゲテ」

「あいよ」


 指示に頷いて、ウェスカーと呼ばれた青年が給湯室に消えていく。


「いったいどこに……」

「デスクの下じゃないかな。人化魔法で人の姿になったんだと思う」


 そう話す二人の前に、かちゃりとカップが人数分置かれた。


「ご明察。いい目をしてるな、オマエ。金剛狼のウェスカーだ」

「ありがとうございます」

「……」

「んじゃ、オイラはこれで」


 そう言ったかと思うと、青年は身体を金色の毛並を持つ狼に変えて床に寝そべった。

 すぐに寝息が聞こえてくる。


「ごめんなさいね。ずっと私といる子だから、こう見えて結構おじいちゃんなのヨ。明日にはまた会えると思うケレド」


 狼の背を優しく撫でて、シルヴィアは笑う。

 二十代後半の若さを保ったその顔に、どこか老婆の姿が浮かんだ気がした。


「それじゃ、飲み物も来たことだしお話しましょうカ。アナタの使い魔が持つ『固有魔法オリジン』について」




 ――『固有魔法オリジン

 それは一つの時代にひとりしか現れない、特別な魔力。

 『再生』や『幽玄』など、どれも強力な力を有していると言われている。


 セレナの場合は『破壊属性』。

 名前の通り全てを破壊する魔力、および魔法。


 全てと言うのは比喩ではない。

 物も、魔法も破壊してしまう、強力な力だ。

 それは自分の身体すら例外ではない。


 セレナは自らの魔力により、竜としての力を半分失っていた。

 人化の魔法で補ってはいるが、空を飛ぶことすらできないのが彼女の現状だった。


「結論から言うト、今の技術でアナタの使い魔が竜の姿に戻ることはできないワ」

「そう、ですか……」


 肩を落とす。

 日本でも有数の魔法研究機関である真木架学園なら、セレナを竜の姿に戻してあげることができるかもしれない。

 そんな智之の望みは簡単に打ち砕かれた。


「そうですか……すみません、貴重な時間を使ってもらって」

「謝るのはコッチの方ヨ。期待してここまで来てもらったノニ、何もできなくテ」


 智之に釣られるように、シルヴィアも頭を下げた。

 部屋の中にしんみりとした空気が流れる。

 ただ、そばに侍っているウェスカーの寝息だけが静かに響いている。


「はん、端から期待してないわよ」


 その空気を破ったのは、銀髪の少女の気丈な声だった。


「セレナ」

「昔からこの姿だもの。今さら竜に戻れたところで切り替えが面倒くさいだけよ」


 そのまま興味なさげにそっぽを向いてしまう。

 空に憧れていたことを知っている智之にとって、セレナの行動は強がっているようにしか思えなかった。


「ごめんなさいネ。もしアテが外れたのなら、アナタたちを普通の高校に入学させることもできるケド」

「何ですって?」

「いえ、それは大丈夫です」

「ソウ? ここでアナタたちは夢を叶えられるカシラ? 魔法と使い魔以外には、ここはからっきしヨ?」


 その言葉に嫌味や嘲りは入っていない。

 学園長であり、智之のことを幼い頃から見てきた人物として純粋に聞いているのだろう。


 ……確かに、この学園にやってきた目的の一つは早々に崩れた。

 しかし、それだけではない。


「俺は魔法使いになるためにここに来たんです。父さんや母さんのような、人と魔物を助ける魔法使いに」

「……魔法が使えないノニ?」

「うっさいわね」


 答えたのは智之ではない。

 額に青筋を浮かべんばかりの剣幕をしたセレナだ。


「私だって同じことを何度も聞いたわ。何度も止めたわ。それでも、コイツは自分の夢を貫き通すつもりなの」


 先ほどまでの興味なさげにしていた様子とは打って変わって、彼女は自分よりもはるかに格上である学園長に対して尖った犬歯を見せて威嚇する。


「表に出なさい。アンタがコイツを止めるつもりなら、私がアンタを燃やし尽くすわ」

「……プッ、ふふっ」

「何よ!」

「謝罪するワ、笑ってしまったことを。それと、アナタたちを一瞬でも引き止めてしまったことを。真木架学園はアナタたちを歓迎するワ」

「そ、そう? 分かればいいのよ、分かれば」


 あっさりと謝られたセレナは毒気を抜かれたのか、怒りの炎を収める。

 その様子を見たシルヴィアは、優しい笑みを智之に向けた。


「いい使い魔を持ったワネ」

「俺もそう思います。いい家族ですよ、本当に」

「家族、ネ。何なら、お詫びとして《《そういう》》仲介をしてあげてもいいワヨ?」


 シルヴィアが言っているのは、たぶん使い魔婚姻制度のことだろう。

 この街では、日本で唯一人間と使い魔の結婚が認められている。

 一般的に言えば人とペットが結婚するようなものだが、魔法で人間の姿になれる分需要はあるらしく、そのためにこの街を訪れる人もいるぐらいだ。


「そういうのはまだちょっと……」

「? 何よ、アンタたち。私にも分かる言葉で話しなさいよ!」


 智之の視線に、セレナは訳がわからないと噛みついてくる。

 彼女が色恋を理解するのは、いつになるのだろうか。

 胸によぎる色々な感情はあれど、少なくとも智之はその時まで待つつもりだった。


 考えは言葉にせずとも、シルヴィアには伝わったらしい。

 美貌にいたずらっぽい笑みを浮かべて頷いた。


「なるほどネ。そういうことなら、アナタたちの将来が俄然楽しみになってきたワ。この学校でどういう風に生きるのか、見させてもらうワネ」

「あの、あからさまに監視してるぞ宣言されても困るんですけど」

「いいじゃナイ、有名税ヨ。有名税」


 困惑する智之に返ってきたのは、そんな言葉とウインクだけだった。


「ちょっと、私を無視すんな!」


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