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19.

 ヴルムを追いかけた先はサロンだった。

 だが、それはもはやサロンと呼べるようなものではない。


 植物や池は血のような赤黒い色に染まり、そこら中からパチパチと物が焼ける音が聞こえてくる。


 地獄のような有様だった。

 人がいないだけまだマシかもしれないけれど。


「トモ、これやばいわよ。戻った方が──」


 そう思って踵を返した瞬間、ここへのエレベーターがばちんと音を立てて止まる。


「え、ちょ、もしかして……」


 智之が慌てて駆け寄って何度もボタンを押すが、反応している様子はない。

 ここ以外の出入り口も電子ロックが開かず、出られる場所がない。


 閉じこめられた事実は明白だった。


「進むしかない、か」

「そうみたいね」


 二人で決心して奥に進む。

 おそらくなにかが巻き起こっているだろう、森の中心へと。


 足を進めるたびに地面がくしゃりと鳴る。

 それは地面を覆う葉が灰となって消え去った音。


 進めば進むほど地獄のような空間は強くなっていき、胸の奥が苦しくなる。

 巨大な大木が鎮座している、セレナと飛ぶ練習をしたあの場所だった。


 しかし青々とした緑はそこにはなく、真っ黒に朽ちた幹だけ。

 幹の中には何か電子機器が埋めこまれていたのだろうか。千切れた配線がばちばちと火花を散らしていた。


 大木の前に背を向けて立っているのは──


「那波くん?」


 見知った後ろ姿だった。

 ヴルムの様子は見えないが、


「トモ、止まりなさい。あれは那波央麻なんかじゃないわ」


 セレナの忠告に足を止める。

 すると、央麻の身体からゆらりと赤黒いモヤのようなものが立ち上った。


 形作るはドラゴンの頭。

 彼の背中に取り付く背後霊のように、ふよふよと浮かび上がる。


「那波くん、君は一体……」

「あん?」


 ようやく智之たちの存在に気づいたのだろう。

 央麻はゆっくりとこちらを振り返る。

 その拍子に握っていたケーブルがぶちぶちと音を立てて引き裂かれた。


 火花が飛び散るのも気にせず、央麻はにんまりといやらしい笑みを浮かべる。


「よぉ、無能じゃねぇか。知ってたか? この学園のセキュリティや電子機器のコントロールはこの大木が元になってるんだってよ。そんなところに腕を突っこんで魔法ぶっ放せばどうなると思う?」


 智之の脳内に、先ほど止まったエレベーターが思い浮かぶ。

 あれは目の前の彼がコントロールを弄ったことによって引き起こされたものだったのだ。


「何でそんなことを……」

「何でって? 気に入らないものをぶっ潰して何が悪いんだよ」


「え?」

「逃げ、な……」

「蛇女が消えた……?」

「多分土に潜っただけだと思う。あのケガだと当分出てこれないけれど……」


 問題は、目の前にいる彼らだ。


『然り。今のお前は我の力を得た災厄の存在。思うがままに暴力を振るえ。その正しき感情を膨らませろ』

「あぁ、そうだ。オレは強い! オレは正しい! オレをバカにしやがった」


 そんな央麻を見て、セレナはぽつりと漏らす。


「……燃やし尽くすことすら惜しいわね。醜いにも程があるわ」



「那波くん、こんなことはもうやめるんだ! 使い魔を傷つけるようなことはしちゃいけない!」

「うるせぇ! コイツはオレの使い魔だ!」

「使い魔は大事なパートナーじゃないのか!」

「無能のくせに何で認められてんだよ! 何でドラゴンなんかを使い魔にできてるんだよ!」

「無様ね。やっぱり早々に見限るべきだったのよ」


 央麻を見るセレナの目は冷ややかだ。


「セレナ……ううん、まだできることはあるよ」

「はぁ、お人好しもいい加減にしたら?」

「でも、今那波くんを止められるのは俺だけだから」


 助けは期待できない。

 先ほどからこっそりと繋いでいる電話も、何かしらの干渉があるのか一向に繋がらない。


 だとすれば、智之ができることなんて一つしかないのだろう。


「止める? 無能のオマエなんかに止められるわけねぇだろ!」


 けれど、央麻は智之の考えをあざ笑う。


「ぜんぶ、ぜんぶ、ぶっ潰れればいいんだ! オレに恥をかかせたヤツらも、オレを見下してるヤツらも、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ!」


 彼から発生した赤黒い魔力が飛び散り、周囲を焼いている。

 もはや彼は声の届かない狂乱の中にいた。


 そんな彼に囁く悪魔が一匹。


『己が認められない世が憎いか。なら我が名を呼べ。力を貸してやろう』


 どす黒い導きに央麻は従う。

 智之たちがどれだけ静止したとしても、彼は内からの声を抗おうとはしなかった。


「蹴散らせ、邪竜ファフニール!」

『よかろう──ならば我が贄となれ』


 血のような魔力が央麻を覆う。

 もがき苦しむ彼に構わず、ドラゴンは少年を捕食する。


「那波くん! ……くっ」


 駆け寄ろうにも、彼を中心に渦巻く風が壁となって遠ざける。

 やがて二人が見守る中、『それ』は誕生した。


『ふぅ、久方ぶりの肉体は心踊る』


 そこにいたのは央麻の姿をしたナニカだった。

 頭にある二つのツノ、背中から広がる一対の翼、その少し下から覗く太く長い尻尾、全てが赤黒い魔力によって形を成す。


 人を素体としていながらも、そこにいたのは人にあらず。


 ──ドラゴン。

 そう、一匹の龍に他ならなかった。


『フハハハハハ! 素晴らしい! 雑魚とはいえど純粋な魔力、健康な肉体! これで我は自由の身となれる!』

「まさか、このために那波くんを……っ?」


『その通りだとも。復活するこの時をどれだけ待ち望んでいたことか! さぁ、今ここに建つ魔法学園とやらを破壊し、再び我が魔物の国を』

「その程度で破壊?」


 けれど、そう。

 こちらにだっているのだ。


 目の前で傍若無人に振る舞う敵に対して、イラつきを重ねているひとりの少女が。


『貴様か。感謝するぞ、この我にドラゴンとしての記憶を思い出させてくれたことを』

「んなの知ったこっちゃないわ。

 正直、学園がどうとかはあんまり興味がないのよね」


 その声に偽りはなく。

 彼女の目的から考えれば、この学園に通うのは最優先事項なんかではないのだろう。


 智之を魔法使いにすることができるならば、他のやり方を模索するはずだ。

 それでも彼女が立ちふさがるのは、信念のため。


「でも、アンタがその所業でドラゴンを名乗るのなら私はアンタを全力でぶっ壊すわ」

『何?』

「コイツが信じるドラゴンは絶対にそんなことしないから。でしょ?」


 セレナの声は智之に向いている。

 その言葉(呪い)はまだ、彼女を支えていたらしい。


「そうだね。俺の知っているセレナ(ドラゴン)は、世界を壊したりなんてしない」

「コイツが私のことをそう信じてくれる限り私はそうあり続けるわ。だからその障害になるアンタを燃やし尽くしてあげる」

『ふん、ならばそう、潰してしまえばいいことよ──<ブラッド・スピア>』

「……っ!」


 かわせたのはきっと、幸運だったからなのだろう。

 央麻の指先から出た真紅の槍がほおをかすめていく。


 だが、とっさのことで身体の可動域を超えた動きは、智之のバランスを崩した。

 尻餅をついた彼のほおから、つぅっと血が流れる。


『吹けば飛ぶほどの小童より我につけ、小娘。今こそ魔物の国を再建するのだ』

「やらないっつってんでしょ。というか私のマスターに傷つけてくれてんじゃないわよ!」


 猛る彼女の口から明るい炎が溢れる。


「トモもいつまでも尻餅ついてんじゃないわよ。さっさとぶっ飛ばすわよ」

「もちろん」

「それでこそ私のマスターに相応しいわ」

「今まで散々立ち向かってきたからね」

『ただの人間がドラゴンに抗えると思うてか……っ!』


 ドラゴンを相手にした経験なら、自慢ではないが人並み以上にはあるんだ。

 その経験から来る自信が、再び智之を立ち上がらせる。


「セレナ、力を貸して」


 杖を固く握りしめる。

 その姿を見て、セレナは口元を緩めた。


「えぇ、ぶっ壊し尽くすわよ」


 こうして、学園を救うための戦いが幕を開ける。


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