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18.

 翌日の授業は、智之の頭にはとんと入ってこなかった。

 彼が見る先は教師でも黒板でもなく、教室の中にぽっかりと空いた二人分の席。


 那波央麻とその使い魔ヴルムが欠席しているその証拠だった。


「──魔物というのははるか昔、この表世界に人間と共存していたと言われています。しかし、今となっては魔物の大半は裏世界に移住し、こちらに来ることはありません。そうなった始まりの出来事と言われている出来事を……そうですね」


 教科書に向けていた視線を上げて教師が周囲を見回す。

 当てられるかと思った生徒たちが一瞬身を固めるも、すぐに教壇の上にある名簿へと落とされた。


「では出席番号三十五の夕川くん。お願いします」

「……」


 教師の手から逃れた生徒たちの空気が弛緩する。

 それとは裏腹に、智之はやはり上の空。

 見かねたセレナが声をかける。


「ちょっと、呼ばれてるわよ」

「あ、うん。ごめんセレナ。何の話?」

「いや私じゃなくてあっちよ、あっち」

「え?」


 セレナに言われて、ようやく智之は自らの状況に気づく。

 生徒たちも何事かと振り返っていた。

 神子だけは考えていることを察しているのか、視線の色が少し違っていたが。


「す、すみません!」

「夕川くん、今すぐ教科書十七ページの三行目から七行目を読むように」


 慌てて立ち上がり、指定されたページを開く。


 内容はかつてこの世界に魔物が住んでいた頃の出来事。

 邪竜ファフニールの暴動、この国では黒炎大蛇の乱と呼ばれている世界的大事件だった。


 ファフニールが討伐された場所には諸説ある。

 ヨーロッパ、東アジア、北アメリカ、そして日本。

 どこの候補地にも強力な魔力が込められており、その日本にある場所というのはこの真木架学園のあるこの地だと言われている。


 と、その部分を読んでいる時。


 ──ガタッ。

「きゃうっ?」


 突然前方から椅子が揺れる音がする。

 智之がそちらを見やると、神子が申し訳なさそうに頭を下げていた。


 そんなことがありながらも、教科書はすぐに読み終わる。


「ありがとうございます。それと、しっかり授業は聞くように」

「はい、すみませんでした」


 席に着く。


「はぁ、もう。何やってんのよ」

「ごめん、セレナ。あとありがとう」


 授業中につき小声の叱責が横に座るセレナから飛んでくる。

 もはやそこに諦めにも似た感情が滲んでいるのは気のせいだろうか。






「夕川くん、夕川くん」


 授業が終わった昼休み、ココを肩に乗せた神子が話しかけてきた。

 学食に行こうとしていた智之たちは足を止める。


「神宮寺さん、どうかした?」

「えっとね、さっき気がついたことがあるんですけど……ちょっと時間ありますか?」

「今すぐ?」

「はい、できれば」


 頼まれた智之はセレナの方を見る。

 いつも通りの澄んだ瞳だが、どこか落ち着きがない。


 お腹空いた。

 そんな声が伝わってくるようだった。


「うーんと、購買に寄ってからでもいい?」

「な、何も言ってないじゃない!」

「えっと……はい、お腹が空いたのなら仕方ありませんよね」

「神子! アンタまで」

「それじゃあ、すぐ戻ってくるから!」


 二人で一階の購買まで全力ダッシュし、再び戻ってくる。

 その間約五分。

 幸いにも今日は空いていたため、早めに購入できた。


 そして教室に戻ってきた二人は──


「「──地縛霊?」」


 神子の言葉に仲良く首を傾げていた。


 彼女曰く、それがこの前から見かける怨霊の正体らしい。

 その名前の通り土地に憑く地縛霊は大地に縛られた幽霊のことで、強大な魔力を使って悪影響を及ぼすとのこと。


「そ、それってこの学園全体が幽霊のホームってこと?」

「学園だけじゃなくて、もっと他の広い範囲です。囲んでいる山は確実に入っていると思います」

「ひぃっ」


 セレナが智之に飛びかかる。

 あまりの素早い動作に避ける間も無く肩に乗られる。


「ちょ、セレナ! 急に飛びかかってこないで!」

「だ、だってここも幽霊ってことじゃない! 今ほど自分が飛べないことを呪った時はないわ!」


 本気で怖がっているのか、智之の背中から離れようとはしない。


「人に憑いているとばかり思っててそのことをすっかり忘れてました。でも、それだと説明がつくんです。ちょっとわたしだけだと手に負えなさそうな案件なので、実家の方に相談してきます。夕川くんは那波くんを探してください。ひょっとしたら、想像以上に大変なことになってるかもしれません」

「分かった」

「えぇ……」


 去っていく神子とは裏腹に、本気で嫌そうにするセレナ。


「な、何となくやばいっていうのは分かったわ。でも、どうやって探すのよ」

「もちろん足で。ほら、セレナも歩いて」


 渋々背中から降り、さも面倒くさそうな顔をするセレナだが彼女も事情は理解しているらしい。

 意を決した智之の隣をついてくる。


 その時だった。

 バチッと音を立てて、廊下の天井についた蛍光灯が消える。


「停電かな……? 何か検査でもしてたっけ?」

「私に聞くんじゃないわよ。ほら、行くんでしょ。こんな薄気味悪いの、さっさと終わらせてやるわ」


 結局痺れを切らしたセレナに腕を引かれて駆け出していく。

 しばらく校舎内を探したところで、窓の外に目的の人影を一つ発見した。


 中庭を横切る長身メイド服の女性は、遠目からでも間違えることはないだろう。


「ヴルムさんだ」

「何よアイツ。戻ってきてたのなら言いなさいよ」

「那波くんは一緒じゃないのかな……」


 いつものように別行動の可能性もある。

 が、先ほど神子に言われた手前気にせざるを得なかった。


「ほら、さっさと行くわよ。昼休みは短いんだから」

「あ、ちょっと待ってよ」


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