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12.


 入学式の三日後、朝の教室は賑わっていた。

 三日もすればクラスの中にもグループができあがりつつある。


「神宮寺さん、昨日のドラマ見た?」

「面白かったよね。ココちゃんはお父さん役の人が気に入ったみたいで、ずっとテレビに貼りついてたよ」


 一つは神子を中心とした女子グループ。

 いや、彼女の親衛隊と言った方が正しいかもしれない。

 神子のどこか神聖で近づきがたい雰囲気から、話しているのはほんの数人。


 他は男女問わず、どこか遠巻きに彼女を眺めている。


「何あれ」

「親衛隊……偉い人を護衛するみたいなものかな」

「ミコは強いんだから守る必要なんてないでしょ」


 智之のそばで扉にもたれかかっているセレナが、つまらなそうに紙パックの牛乳をちゅうっと吸い上げる。


「本人はあんまり好きじゃないって苦笑いしてたけどね」


 この前木の下で話した時から、智之と神子は空き時間にちらほらと話す関係になっていた。

 そこで聞いた話だと、断ったら自分の見えないところで大変なことになったらしくそのままにしていると言っていた。


「大変ねぇ……あ、なくなった。ちょっと捨ててくるわ」

「いってらっしゃい。もうすぐ授業始まるから、早めに戻ってきてね」

「分かってるわよ」


 空になった紙パックを握りしめ、後ろのドアから教室の外に出て行こうとする。


 と、その時ドアががらりと開いた。

 現れたのは、ガラの悪そうなクラスメイトを三人ほど引き連れた央麻の姿だった。

 その隣にメイド服を着た女性はいない。

 今日はどこかに行っているらしい。


「……ふん」

「けっ」


 お互いに睨みを効かせた後、セレナはすれ違って外に出て行く。


「けっ、おい無能。使い魔のしつけがなってねぇんじゃねぇのか?」

「気をつけるよ」


 そう答えると、彼は気に入らないように一度舌打ちをして自分の席に向かって行く。


「すげーな、オーマ! さっそく二位まで上りつめてるなんて!」

「けけっ、だろ? 一位のヤツとは時間切れで戦えなかったが、次会った時にはぶっ潰してやるぜ」


 彼らの話題は腕自慢。

 この学校で行われている『魔法決闘』のことだろう。


 学年内でランキングもあり、彼は中々の実力者となっているようだった。


「ただいま。何かアイツに言われなかった? 燃やし尽くす用意はできてるわよ」

「大丈夫だから」


 そんなことをしていると、教師が入ってきた。

 手に抱えてきたプリントを配りながら、先生は説明する。


「今日は楽しい楽しい魔法検査ですよ。皆さん、体操服と学生証は持ってきましたか?」


 はーい、とクラスメイトたちが返事をする。

 その様子を見て満足そうに頷いた先生は、プリントに目を落として説明を始めた。


「プリントに班の振り分けが書かれているので、使い魔と一緒にその場所に向かってください」


 教師に言われて目線をプリントに落とすと、出席番号で三グループに分けられているようだった。


 智之が最初に訪れる検査内容は魔法操作。

 修練場で行われるらしい。


「他のクラスとも合同なので、待ち時間もあると思いますが、皆さんきちんと受けてください。あ、暴れちゃダメですからねっ!」


 そう言って教師は釘を刺し、朝の会を始めるのだった。






 訪れた修練場の中には、三メートルはある三つの大きな箱のような装置が鈍色の光を放っていた。

 その一面にはドアが取り付けられており、使い魔と一緒に生徒が

 ひとりずつ出入りしている。


 大きな半袖短パンの体操服を着た智之たちに渡されたのは、膨らませる前の風船のようなゴム袋だった。

 土気色の地面の上に立つ生徒たちは、担当の先生に説明を受けた通りにゴム袋の中に魔力を注いでいる。


「よっ」

「えいっ」


 智之とセレナもそれにならって、自分の魔力でゴム袋を膨らませた。

 そうして出来上がるのは小脇に抱えられるほどのボール。


 魔力の属性に反応するらしく、智之のは白に、セレナのは赤と黒が混じった色になる。


「こんなので測れるのかしら」

「属性強度っていうのは端的に言えば魔力の密度で、反発力なんだ。だから、入れられる魔力量が限られているこのボールをぶつければ──」


 ボールを地面に落とす。

 すると、白い球は跳ねることなくべしょりとその場に止まった。


「俺の属性強度だとバウンドすらせずに落ちちゃうんだ。セレナもやってみて」

「こう?」


 セレナもボールから手を離す。

 落ちる速さも高さも変わらないはずなのに、彼女の魔力がこもったボールは離した位置まで跳ね上がった。


「でもいつものアンタの魔力ならこれぐらい跳ねそうなものだけど」

「いつもは圧縮してるからね。無理やり密度を上げて、属性強度を上げてるんだよ」


 実在化も属性強度を上げる方法を智之の祖母に教わる中で編み出したものだ。


「というか、俺の魔力のことって前にも説明しなかったっけ?」

「そうだったかしら」


 そんなことを話していると、鈍色の箱の中から初老の男性担当教師の声がかかった。


「次、夕川智之!」

「はい!」


 中に入ると、そこは部屋いっぱいに広がるガラスケースが目に飛びこんできた。

 六面体のつなぎ目部分には、びっしりと照明のような小さい筒が並んでいる。


 その床からは、中央にまで細長い台が置かれている。

 脇に取り付けられたコントロールパネルを教師の使い魔が動かすと、智之たちが面しているガラス板が持ち上がっていく。


「ここに魔力をこめたボールを置くように」


 教師の指示に従って、智之は自分の魔力がこもったボールを台に置く。


「……本当に限界まで魔力をこめたか? 球の形が崩れているが」

「これが限界です」

「ふぅむ。無属性は属性強度がないに等しいと聞いてたが、まさかここまでとは。とりあえず始めよう」


 そう言って、教師は若干気だるげに説明を始めた。


「今から脇の射出装置から出てくる魔力弾を避けてもらう。当たればその時点で終了、当たらなくても十分間避け続ければ終了だ。今の世代に通じるかはわからんが、弾幕ゲームみたいなもんだ」

「敵の攻撃を避け続けるやつですよね」

「へぇ、面白そうじゃない。トモ、私からやっていい?」


 ワクワクした様子でセレナがそう言ってくる。

 自分のボールまで持って、やる気満々だ。


「いいですか、先生?」

「順番は問わんが、それぞれパターンが変わるので後からやる利点はないぞ」

「構いません」


 元より何か卑怯なことをするつもりはないのだ。

 智之としては、セレナが楽しんでくれればそれでいい。


 その様子に担当官の教師も納得したらしい。

 中央に魔力ボールを浮かべるよう指示した教師は、準備が整ったのを見るなり装置の上に手を置く。


「では、始め!」


 声とともに、設置された筒から魔力弾が飛び出してくる。


 最初は一個だけだったが、すぐさまその数を増やしていく。

 そうして一分も経たないうちに、ガラスケースの向こう側はさまざまな色の魔力弾で彩られた。


 序盤は調子よく交わしていたセレナだったが、しばらくするとその動きに陰りが見え始める。


「「あっ」」


 ばちり。

 魔力弾がぶつかったボールが火花を散らす。


 一度崩れると立て直しは困難だったのだろう。

 左下から迫ってきた魔力弾は、あえなくボールにぶつかって三度目の火花を立てた。


「そこまで!」

「だぁーっ!」


 ストップが入るやいなや、力を失ったボールはガラス床に落ちて跳ねる。

 セレナはよほど集中していたのか、肩で息をしていた。


「計測時間は二分五十三秒。Bプラスと言ったところですね」

「はぁ、はぁ、やってやったわ……」

「去年よりも上がってるじゃん。おめでとう!」

「にひひっ、どうよ!」


 ぐっと拳を突き出してくる。

 達成感満載の仕草に、智之も思わず口元が緩んできた。


「おほん。後がつっかえてますので、夕川くんも早めに準備をお願いします」

「あ、はい」


 中心に魔力を置き、杖を軽く握りこんで意識を集中する。


「では、次。始めてください」

「──っ」


 左へ、右へ。手前へ、奥へ。

 ふわふわと宙を舞う蝶のように迫り来る魔力弾をかわしていく。


 それはどれだけ上がっても変わらない。

 ただひたすら滑らかに、優雅ささえも感じさせるその動きは止まらない。


 無限とも思える引き伸ばされた時間の中で智之はただひたすら杖を振るう。

 呼応するように迫り来る魔力弾の数も多くなる。速度も速くなっていく。


 全ての色の中心で踊り続ける白い球は。ひとつの大きな作品のようでもあった。


 止まることをしらない魔力の旋律はやがてどんどんと加速していき──



 ──ビィイイイイイイッッッッッ!



 引き裂くようなブザーが鳴り響く。

 その途端、それまで装置の中を彩っていた魔力弾は消え去り、無機質な機械のみが残された。


「そ、そこまで!」


 呆気に取られていた教師もブザーで正気を取り戻したのか、声を上げる。


 智之はそのままボールを操って手元に戻すと、額に滲んだ汗をぬぐって大きく息をついた。


「ふぅ……先生、結果は?」

「計測時間は10分、最高ランクのSプラス……です」

「さっすがトモ。やるじゃない!」


 セレナから称賛が飛んでくる。

 その声に喜びはあれど驚きの感情はない。


 これぐらいならできて当然と思ってくれている自分の使い魔が寄せる信頼に応えることができて、智之としては一安心だった。


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