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11. 部屋のおばけと暴龍の呪い

「はじめての学校はどうだった?」


 電気を消した部屋の中、二段ベッドの上に寝転がっているだろうセレナに声をかける。


「まぁ、退屈はしなさそうね」


 もぞもぞと布団の中で動きながら、彼女はそう答えた。


「ならよかった。また明日からもよろしくね」

「上等……ふぁ」


 ぼんやりとしたあくびが暗闇に溶けて消えていく。

 それにつられて、智之の口からも大きな眠気が飛び出した。


「アンタこそ」


 からかうような声。

 智之からは顔こそ見えないが、きっと皮肉めいた表情をしているに違いない。


「おやすみー」

「えぇ、おやすみなさい」


 今日最後の言葉を交わす。

 そうして、だんだんと彼の意識はゆっくりと布団の中に沈んでいく。


 今日は色々あったけれど、ほんとうに楽しい一日だった。

 新しい学校、新しいクラス。あの後神子と交わした、友だち同士の約束。


 央麻のように気になる人物もいたが、きっといつか話せるようになるだろう。


 合う合わないがあるのはわかってる。

 それでも誰かを諦めるというのは、智之にとって気分がよくなかった。

 未練がましい、と言われるかもしれない。


 けれど、いつかどうにかなるかもしれないと思うのは変えられないサガなのだろう。


 そんなことを茫洋と考えながらも、彼の意識が完全に睡魔の中に囚われようとしたところで──


 ──部屋の扉が開く音がした。


「ん……」


 不信に思って、重量感が感じる掛け布団の中で寝返りを打つ。


 そこにいたのは黒い人だった。


 寝ぼけ眼と暗闇のせいで姿ははっきりと映らない。

 だが、その瞳が自分の方を向いていることだけははっきりと理解できた。


「セレナ……どうしたの?」


 使い魔の名を呼ぶ。


「んぁ……何よぉ」


 声がしたのは頭上から。

 …………じゃあ、目の前にいるのは?


 暗闇に慣れてきた目がその姿を映し出す。


 そこにいたのは、のっぺりとした暗い闇だった。

 何かぶつぶつと呟きながら、ただそこに立っている。


 ぞくり。


 智之の背中を悪寒が駈け抜けた。


「な、ななな何よコイツ! おばけっ? おばけなのっ? ねぇ、トモ! おばけっていないんじゃなかったのっ?」


 震え上がっているセレナの声が灯りの灯っていない部屋に響き渡る。

 その声に反応したのか、影の顔が少し上に向いた。


「ひっ、こっここここっち見たぁ! なんでっ、なんでぇっ!?」


 おばけが苦手なセレナは、もはや完全にパニックだった。


「お、俺にもわからないけど……こ、こんばんは?」

「何おばけ相手に挨拶してんのよ! 通じるわけないじゃない!」


 バンバンとベッドを叩く音が下に響いてくる。

 確かにセレナの言う通りだ。

 聞き取りづらい声が耳に届くばかりで、何も──。


『──ドラゴン』

「「え?」」


 しわがれた声が闇から発せられた。


 ──じわり。


 闇が滲んだ。

 暗闇にその形を溶かしていく。


 やがてそれは塊となって再び姿を現していく。

 大きな牙、ワニのような顎、顔の流れに伸びるツノ。


 はっきりとした色彩は見えないが、その姿は智之の記憶の片隅に引っかかった。


「な、何よこれ。ドラゴンの頭のつもり?」


 セレナが反応する。

 同種の存在を敏感に感じとったのだろう。


 その時だった。


 智之たちとドラゴンの間に割りこむように、光の玉が現れる。

 反応する間もなく、その光が弾け飛ぶ。


 途端、部屋を白い光が包みこんだ。


「うわぁっ!」

「きゃっ!」


 やがて光が消え去った後、そこにはあの暗いナニカの姿はもういなかった。


「うぅ……目がチカチカする」

「なんだったんだろう、今の。誰かのいたずらなのかな」

「昼のあいつらじゃないの? デカ蛇女」


 考えこむ智之を尻目に、セレナはハシゴを降りてくる。

 そのままさも当然のように布団の中に潜りこんだ。


「いや……少なくとも那波くんたちが自分でやったわけじゃないと思う。幻覚系は基本的に火属性か水属性の魔法だし」


 いや、本当に魔法なのか、それとも別の何かなのか。


 力の残滓の可能性もある。


 かつて強い魔法強度を持った人がいた場合、その力は長年部屋に染みつくという。

 珍しいことでもなく、事故物件の原因がだいたいこれ。


「明日先生に相談して浄化してもらお──って、なんでしれっと俺のところに入ってくるのさ」

「べ、べつにさっきのが怖かったわけじゃないわよ! 本当よっ?」

「いや、震えて布団被りながら否定されても」


 身体を揺すっても、彼女はテコでも動こうとしない。


「仕方ないなぁ……」


 観念して横になる。

 数分と経たずに、二人分の寝息が聞こえてきた。





 智之たちが肩をよせあって眠る少し前。

 学園長室にはまだ煌々と灯りがついていた。


「ふぅ……こんな日ぐらいお仕事をおやすみしたいものネ」


 自分のデスクに座りながら、シルヴィアが背を伸ばす。

 春先の少し湿った風が開けた窓から部屋に入りこんだ。


 座っているイスの脇で伏せていたウェスカーがぴくりと鼻を動かす。


「現れたぜ姐さん。第二学生寮一階、156号室だ」

「モウ、余計な仕事を増やさないでほしいワ」


 ため息をつきながら、シルヴィアはくるりとイスを回転させて後ろの窓に向く。

 そして、持っていたペンを外へかざした。


「──浄化せよ。<グローリア>」


 ペン先から白い光が飛び出していく。

 彼女が唱えたのは、強力な浄化魔法。


 だが、それだけではない。


「──それは鏡写しの蜃気楼。<コピー・ミラージュ>」


 畳み掛けるように、同じ魔法を作り出す魔法を唱えた。


「反応ハ?」

「おつかれさまです。何か飲みます?」

「そうネ……カフェインの入ってないものを頼むワ」

「了解しましたっと」


 ウェスカーはのそのそと奥に消えていく。

 その姿を見ながら、シルヴィアはふぅとため息をついた。


「昨日の崩落の時点で嫌な予感はしてたのよネ……」


 先日起こった山の崩落。

 あれがただの自然現象でないことは担当の魔法使いたちの報告で解明されていた。


 その原因は地脈に巣食うとある龍の残滓だ。

 かつて人と魔物の世界が分かたれていなかった頃、真木架学園が建つ予定の地に連なる山には暴龍が住んでいた。


 人を喰らい、土地を穢し、山を崩す暴虐の限りを尽くしていた龍はいつしか人の敵となり討ち滅ぼされることになる。


 だが、その後も邪念は呪いとして残り、度々自然災害の引き金になってしまっていた。


 これまでは学園の外の出来事であり、侵入しないように警戒していただけですんでいた、のだが……。


「よりにもよって電気が止まっちゃうなんてネ」


 放課後、サロンを起点に起こった停電。

 あれのせいで真木架学園の魔法障壁は一瞬だけ消え去った。

 たかが一瞬。

 されど一瞬。


 残滓がこの学園に入りこむには十分な時間だった。


「怨念の話ですか?」


 戻ってきたウェスカーが、机の上にコースターとコップを乗せる。

 中はほどよく冷えた小麦色の麦茶だった。

 サンクス、そう言ってシルヴィアはグラスを傾けた。


「職員会議でも周知しましたし、だいたい大丈夫だと思いますけどね」

「そのだいたいの範疇を超えた時が問題なのヨ。ドラゴンは人間が従えることができないほどに強力な力を持っているモノ」

「夕川の倅は従えてましたけどね」

「あの子は特別ヨ、日本最強のグランマに色々と叩きこまれているワ──って、ちょっとマッテ。156号室って確か二人の部屋じゃなかったカシラ」

「ん? あぁ、そういえばそうですね」

「……ちょっとまずいことになったかもしれないワ」


 それだけ言って、シルヴィアはイスから立ち上がった。


「一応念のための仕掛けを用意するワ。はぁ、夜更かしはお肌の天敵だって言うのニ」

「姐さんの肌なんてとっくの昔に干からびて──」

「<バインド>」


 光の線がシルヴィアの指から飛び出し、綺麗に腕を締め上げる。


「痛い痛い痛い! ちょっと口が滑っただけですって」

「失礼ネ。そんなのじゃ女の子にモテないわヨ」

「いてて……オイラは姐さん一筋なんで大丈夫です」


 若干の不穏さが残りながらも、春の夜は更けていった。

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