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10.治らない翼と神子の悩み

「──夕川くん?」

「あ、やっぱり神宮寺さんだ」


 木々の間から現れた神子に、智之は笑いながら声を投げる。

 だが、彼女から返事が返ってくることはなかった。


 その黒い水晶のような瞳は別のところに──セレナの羽に釘付けになっていた。


「ど、どうしたんですか、その翼っ」


 慌てて駆け寄ってくる

 ちょっとすみませんと一言断りをいれながら、彼女はセレナの片翼の端を両手で挟みこんだ。


「──水よ、水よ、晶かなる水よ。繋げ、繋げ、全ての傷を。欠けた冬より流れゆく玄武の雫は今天に上らん。<壬ノ陽・水晶繋>っ」


 それでも、彼女の翼は治らない。

 風に煽られた草花が、虚しく足元で囁いた。


「治癒魔法が効かない……?」

「無駄よ。壊れたものは元に戻らない。その魔法強度は絶対だわ」

「でも……どうしてこうなったんですか?」

「ちょっと昔、色々あって」

「きゃう?」


 腕の中に抱いたココに笑いかけながら、智之はセレナを召喚したばかりの頃を思い出していた。

 言うことを聞かなかったり、お風呂に入れるのも一苦労だったり。


 ……破壊魔法が暴走した彼女を止めることになったり。


「色々って、どれだけ酷い色々なんですか! 痛くないんですかっ?」

「別に。痛みはないわ。もうとっくに壊れてるもの」

「壊れてるって……」

「破壊魔法って聞いたことない?」


 そう言うと、神子は思い出すように手を止める。

 やがて思い出したように顔を跳ねあげた。


「原初の属性っていう、あの?」

「正解、よく知ってるわね」


 オリジンは神子の言うように、原初の属性とも呼ばれている。

 その昔、まだ人の中に魔力が根付いていなかった時代に大自然に溢れる魔力を使って得た力だ。


 しかし、現在の属性が定着してからはその強力さ、そして自然環境の減少から百年に一人いるかいないかの存在とされていた。


「心配してくれてありがとう。けど、あんまり気にせずにそのままで受け入れてくれるとうれしいな」

「あんまり見てて気持ちいいものでもないでしょ。ずっと人の姿のままだし」

「あう……うん、わかった。頑張ります」


 ひとまず納得してくれたらしい。

 少しこわばった面持ちながらも、コクリと頷いてくれた。





 それから、智之と神子は木を背後に二人で会話を楽しんでいた。

 視線の先では、セレナとココが戯れていた。最初は三人と一匹で座っていたけれど、じっとしていることに耐えられなくなったらしい。


「ココちゃん、すごく綺麗な毛並みですよね。何か特別なこととかしてたりします?」


 その問いに、彼女は智之を見上げて困ったように首をひねる。


「うーん、これといって特別なことはしてないと思います。毎日お風呂に入れてあげて、ブラシで梳いてあげて……って感じで」

「ブラシってどこ製のやつ使ってます?」

「あ、それよく聞かれるんですけど、ノーマーク社のですよ? 『やわらか毛梳きブラシ・Sサイズ』っていうのです」


 お嬢様の彼女から口から出てきたのは、誰もが知っている量販店のものだった。


「いいですよね、ノーマーク! 魔力を通しやすいし、優しい手触りだしで俺も愛用してます」


 思わぬ親近感に頰が緩む。

 が、反対に神子は怪訝そうに眉を潜めていた。


「……」

「どうかしましたか?」

「あ、あの、さっきずっと人間の姿って言いましたよね。もももしかして……一緒にお風呂に入ってるんですかっ?」

「別々に決まってるじゃない。そんなのこっちから願い下げよ……っとと、ちょこまかと」

「きゃう、きゃう!」


 否定の声は、視線の先から。

 肩の上をちょろちょろと動き回るココを捕まえようとしながら、セレナがそう答えた。


 最初は怖がられていたセレナだったけれど、今ではもう仲良しだ。


「で、ですよね! 自己紹介のときも手を繋いでたし、そういう関係なのかもって思っちゃいました。ごめんなさい」

「あはは、俺とセレナは家族ですよ」


 神子の疑念を智之は笑みを崩さず否定する。

 今までこういった話ができる相手がいなかった智之にとって、この時間はとても楽しいものだった。


「家族かぁ。羨ましいなぁ……」

「羨ましい?」

「あ、ごめんなさい」


 ポツリと神子が羨望を漏らす。

 ほぼ無意識だったのか、少し照れた様子ではにかんだ。


「「……」」


 会話が止まる。

 自然と目の前で遊んでいる一人と一匹に注目が集まる。


「ほら、今度はアンタの番よ。捕まえてごらんなさい」

「きゃう!」

「よっ、と。なかなかすばしっこいヤツね」


 先ほどまでセレナがココを追いかけていたが、今度は逆になったらしい。


「ちょっとだけ、私の話をしてもいいですか?」

「もちろん」


 智之が頷くと、彼女はゆっくりと話し出した。


「私の家はキツネ種の、それも九尾の保護と管理を任されているんです。ココちゃんは一本ギツネですけど、一緒に育てられてて。そういう関係だからでしょうか。ちょっとだけ距離がある気がするんです」


 彼女の横顔は少し寂しそうだ。

 そう感じなかったが、本人からするとまた感覚が違うんだろう。


 智之は何か言うでもなく、相槌を打って続きを促す。


「家から離れたらそういう気持ちがないまま接することができるかなぁ、なんて思ったんですけど、なかなか言うこと聞いてくれませんし。ちゃんと家族になれるのかなぁって思うんです。……あの場所が悪いってわけじゃないんですけどね」


 それで一通り話し終わったのだろう。

 神子は恥ずかしそうに智之の方を見る。


「ごめんなさい、ちょっと愚痴っぽくなっちゃって。初めての人に話すことじゃないですよね」

「いや──」


 智之が答えようとした時。


「ちょっ、この子ギツネ! その草は食べ物じゃないわよ」


 セレナのそんな声が聞こえてきた。

 それまでほんわかとしていた神子が一転、慌てた様子でココの下へ駆け寄る。


「ココちゃん! 食べちゃダメでしょ、ぺっしなさい、ぺっ!」

「きゃほ、きゃほっ」


 ココを腕に抱え、ポンポンと吐き出させるように背中を叩く。

 その姿が智之には──こう言っては失礼かもしれないけれど──、ひとりの親のように見えた。


 ふと、気になったことを訪ねてみる。


「神宮寺さん、ココちゃんのいいところってどこですか?」

「いいところ?」


 ココの背中をさする手は止めないままに、神子が首は首を傾げた。


「例えば、セレナ」

「何、褒めてくれるの? いいわ、ドラゴンの私を存分に褒めなさい」

「竹を割ったみたいな気持ちいい性格だし」

「ふふふん」

「見た目はキツいから勘違いされやすいけど優しいし」

「ふふ……ん?」

「勝手に無茶して心配になります!」

「わ、私のいいところじゃなかったのっ」

「それはそれ、これはこれ。そういうところも可愛いと思うよ──ってセレナ、やめて、ちょ、ストップ!」

「アンタ、アンタッ! その恥ずかしい口を閉じなさい! 燃やし尽くすわよ!」




「ココちゃんはいつもやんちゃで。

 お昼寝が大好きでマイペースで。

 でも、わたしが困ってるとそばに寄ってきてくれるステキな子です」




「それだけ言えるなら、それだけ好きなら、いつか気持ちは伝わると思います」

「ありがとうございます、夕川くんっ」

「きゃう?」


 話が通じた二人。

 しかし、神子の腕の中に抱かれた子ギツネは不思議そうに首を傾げていた。


「ところでアンタたち、いつまでかしこまった感じで話してるのよ。同じ群れ? クラス? なんでしょ。もっと砕けた話し方でいいじゃない」

「「あ」」


 言われて初めて気づいた。

 特にこれと言った理由はないんだけど……。


「あはは……」

「えへへ……」


 途端に今まで感じていなかった恥ずかしさが胸に去来する。

 気がつけば、二人一緒に照れ笑いを浮かべていた。


「何よ、二人して気持ち悪い笑い方して。ねぇ、子ギツネ」

「きゃう」

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