在り来たりな死体?
昼間は、人通りの多いこの公園脇の歩道も、深夜ともなると、ほとんど人を見かけない。
コツコツ・・・。
会社員の陽奈が、急ぎ足で公園の近くまで歩いて来た。
「ああ、遅くなっちゃった」
時計を確認しながら、ヒールの高い靴で、音を立てながら駅へ向かう。
「う、ううっ!」
急に後ろから口を塞がれた。
「足を抱えろ!」
一人の男が、後ろから口を押えながら羽交い絞めをし、もう一人が足を持って、公園の中へ陽奈を連れ込む。
「大人しくしろ!」
そう言っても、こんな状況で、抵抗しないはずがない。
「きゃ、きゃあ・・・」
口から手上が外れ、陽奈が大きな声を出そうとすると、慌てて羽交い絞めをしていた男が、両手で後ろから口を塞ぎ、もう一人の男が、陽奈の首を絞めた。
「うわっ!」
首を閉めに行った男が押したため、そのまま折り重なるように、三人は倒れた。
「暴れるな、殺すぞ!」
首を絞めている男が、そう言った。
「うぐ、ぐ・・・」
陽奈が、男の髪の毛を、むしり取りそうな力で掴むため、男も必死で首を絞めた。
「・・・」
陽奈の手足の力が抜けた。
「やっと大人しくなったか」
安心して男が首から手を離し、羽交い絞めをしていた男も、陽奈を横へ降ろして起き上がった。
「世話を焼かせやがって」
二人は、手やズボンの土を掃い、陽奈を見る。
「死んでるんじゃないか?」
陽奈は、全く動く気配がなかった。
「やっちまったか。仕方がない、金目の物が無いか調べよう」
一人が、陽奈の衣服を調べ、もう一人がバッグを捜した。
「最初は、持っていたよなあ?」
バッグが見当たらない。
「歩道の方じゃないか、ここじゃ暗いから、歩道の街灯の下へ運ぼう」
陽奈を二人で抱えて、公園を出た。
「バッグがあったぞ!」
垣根の上に乗っかっていた。
「おい、ブランドの服だぞ。身ぐるみはがして行こうぜ、その方が身元もすぐにはわからないだろう」
二人は、洋服や靴を脱がし、陽奈は、下着とストッキング姿にされてしまった。
「誰か来るかもしれないから、もう行こう」
二人は、街灯の下の歩道に、陽奈を放置し、去って行った。
「あれっ、死体か!?」
新聞配達のバイクが、歩道の横に止まった。
「やっぱりそうだ。んん、仕方がない、早く配らないと、また苦情が来るからな」
バイクは、そのまま走り去った。
「うわっ!」
朝早くからジョギングをしていた男性が、歩道に寝ている下着姿の死体に驚く。
「可哀そうに、殺されちゃったんだな。ごめん、今スマホ持ってないし、今度の休みに、大会があるんだ」
そう言って、男性は、ジョギングを再開して去って行った。
「死体だ!」
しだいに出勤途中の通行人が多くなる。
「死んでるみたいだな、とりあえず警察に電話をしておくか」
スーツを着た男性が、警察に電話をする。
「お、下着姿の死体だぞ!」
男子高校生たちが、死体のそばへやって来た。
「おい、撮ってくれよ!」
一人の高校生が、陽奈のブラを片手で引っ張り、露になった乳房と共に、ピースサインをした姿を、スマホのカメラで撮らせる。
「俺も!」
陽奈の死体の前で、ふざけながら交代で撮影し、気が済むと、何事もなかったかのように、去って行く高校生たち。
「まあ、可愛そうに、殺されちゃったのね。きっと、夜遅くうろついてたからだわ、自業自得ね」
化粧の濃い中年女性は、そう言って駅に向かった。
「ねえねえ、死体じゃないの!?」
今度は、女子高校生たちが、陽奈の死体の前に集まってくる。
「奇麗な人なのに、可哀そうね」
そう言いながら、その中の一人が、スマホのシャッターを押す。
「死体を写すなんて初めてよ」
奇麗に撮れたか確認する女子高校生。
「私も気を付けなきゃ!」
別の女子高校生が、メールをしながら言う。
「あんたは、大丈夫だよ!」
笑いながら他の女子高校生が言う。
「どういうこと、あんただって襲われないでしょ!」
ふくれっ面になり、言い返す。
「もういいでしょ、遅刻するから行きましょ!」
女子高校生たちも、通学途中の出来事を共有しながら、キャッキャと話をしながら、そのまま去って行った。
「あ、ここだ。忙しいのに、いい迷惑だな」
警察官が二人、パトカーに乗ってやって来た。
「夜中の事件だろうな」
下着姿の陽奈の死体を見て、一人の警察官が、個人の見解を腕組みしながら呟く。
「あっ、はい、すぐに行きます!」
もう一人の警察官が、署からの連絡を受けていた。
「人を殺した犯人が、アパートに立て籠もったそうだから、そっちへ急いで行くぞ!」
二人は、とりあえず警察のパイロンを、車のトランクから手分けして持ち出した。
「人手不足なんだよな。誰でもいいから、警察官になって欲しいよ」
愚痴をこぼしながら、陽奈の死体の周りに、目印代わりにパイロンを置く。
「こうしておけば大丈夫だろう。市民のみんなも、警察が多忙なことは知ってるからな」
近寄るべからずと書いた紙を貼り、二人は、急いで他の現場へ向かった。
「あ、ここだわ」
三十代だろう女性が、死体があることを聞き、花束を持ってやって来た。
「ああ、やだ、こんな格好で、死んじゃってるの、可哀そうに・・・」
女性は、高校生がブラをずらして露わになった乳房の所へ、見てはいけないものを隠すように花束を置いた。
「こんなのを、うちの子が見たら、学校で大騒ぎするかもしれないわ」
とりあえず、腰を下ろして手を合わせる女性。
「来世は、こんなことにならないように、祈ってあげるわね」
そう言って拝んだ後、来た道を戻って行った。
翌朝、また新聞配達のバイクがやって来た。
「やっぱり、まだ放置されてたな」
新聞配達員のおじさんが、バイクを停めてやって来た。
「昨日は、寝坊したから、そのまま行ったけど、今日は、拝んであげるよ」
おじさんは、お供え代わりに、新聞紙を一部、陽奈の腰の上に乗せた。
「そのうち、君の事件も記事になるだろうよ。そしたらきっと犯人も捕まえてくれるだろうさ。じゃ、安らかに眠りなさい」
そう言って、また配達のために去って行った。
「あ、はい、見たところ何も悪さはされてません。囲ってありますから、勝手にどこかへ持って行ったりしないと思います」
昨日の警察官の一人がやって来て、現状を報告すると、また忙しそうに去って行った。
「あ、人が倒れてるよ」
親子連れが、陽奈の死体の前を通った。
「見ちゃ駄目、近寄るべからずって書いてあるのよ。子供には関係ないことだから」
母親は、そう言って子供の手を引き、急いで去って行った。
「あ、まだ居たのかい、君」
新聞配達のおじさんが、夕刊を配りに走っていて、陽奈の死体がそのままになっていることに気づいた。
「ごめんね。最近事件が多いから、かまってやれないんだろうと思うよ。もうしばらく我慢しなさい。明日には、警察が捜査を始めると思うから・・・」
今度は、夕刊を陽奈の足の下に挟んで去って行った。
二日が過ぎ、三日、四日と過ぎて行く。冬場だから、腐敗の進行は遅いようだが、風で砂や落ち葉が、陽奈の死体の周りに集まっている。日が経つにつれ、蟻の行列やカラスなどもやってくる。
「まだそのままかよ!いくら何でも警察の怠慢だろ!」
そう言って、毛布を掛けて帰る人もいた。
犯人どころか、事件としてもまだ扱われていない。
陽奈の死体は、世の中にとっては、在り来たりのものでしかないのか?
こんな町に住んでいたら、たとえ自分が死んでも、誰も気付いてくれないのかもしれない。
他人のことは、どうでもいい、そんな町、社会、いや人間が一番怖いのかもしれない。
「・・・」
歩道に横たわる陽奈の目が開き、反対側のビルを睨んだ。
いつかこの町に、陽奈の怨霊が現れ、復讐が始まるかもしれない・・・。