オクラの肉巻き
応接セットで打ち合わせをしているお得意先の人と悠ちゃんにお茶を沸かして運ぶ。
「おや、新しい人入ったんだ。」
「初めまして事務兼アシスタントを務めている渡辺です。よろしくお願いします。」
「私と渡辺は高校の同級生なんです。」
「亀井住宅の横山です。よろしく。御社の担当をしています。」
私は一礼して自分の席に戻った。
「はぁ。」
最近林さんがため息をつくことが多い。来客中なのに大丈夫かヲイ。心の中で突っ込みを入れながら黙々とデータ入力をしていく。アシスタントの仕事も面白いけれど、前職から担当していた事務処理の方が気楽に作業できる。そりゃ10年もやってたらベテラン。……お局様だね。悠ちゃんのように特殊な技術がある人は年齢関係なく働けるだろうけど、歯車の一部として働いている私は、この先この会社にずっと在籍できないかもしれない。何か資格を取りに行った方がいいのだろうか。就職してまだ1か月も経っていないのに次の就職先を考えるのは気が早いかな?備えあれば憂いなし。前回の経験から少し先のことを考えるようになった。結婚しないでおひとり様を貫くなら、資格の1つや2つ持っていた方がいいと考えるようになったのだ。
「現地の確認に横山さんに同行してきます。」
「田中さん借りてくね。」
「お疲れ様です。」
「お疲れ~っす。」
ドアが閉まるのを確認して林さんに向き直った。
「林さん、あんな気楽な対応でいいの?」
「横山さんの担当以前は俺だったから、気心知れてるんだよ。」
「そうなんだ。ため息ばかりついてるし、来客中なのにって冷や冷やしたよ。」
「俺そんなにため息ついてた?」
「ここ数日ため息ばっかりついてるよ。自覚なかったんだ。」
「相方が部屋にゼクシィ置いて帰ったのが重たくてさ。」
「彼女さん何歳?」
「26歳。」
「まだ焦る年でもないよね?」
「先月職場の人の結婚式に参列したらしくって、ああいうの参加すると結婚式した~い。とか自分に置き換えて想像するんだと思うけど、まだ付き合って3か月なんだぜ。」
「それは気が早いかも。最初から結婚を前提に付き合いだすと半年くらいで婚約して1年後に挙式って聞くけどね。」
「そんなんじゃないからなぁ。それにアイツ料理からっきしダメなのに結婚式の後の新婚生活を具体的に考えているように見えない。はぁ憂鬱。」
「ご愁傷さまです。」
そう言えば以前彼女さんが料理苦手って話してたっけ。結婚式まで1年あったら花嫁修業の一環で料理教室にでも通えば新婚生活に間に合う気もするんだけどな。
林さんにまだ結婚する気が無いんじゃしょうがないけど。
ランチに出て行った林さんと入れ替わりに社長がコンビニの袋を下げて戻ってきた。
「お疲れ様です。」
「渡辺さん1人?」
「林さんはランチに行きました。悠ちゃんは亀井住宅さんに同行してます。」
「じゃぁ2人でお昼にしようか。」
応接セットのテーブルにがさごそとおにぎりを並べる社長。
「インスタントのお味噌汁飲みます?」
「嬉しいね。頼むよ。」
2人分のインスタント味噌汁をマグカップに作って運ぶ。
「「いただきます。」」
あ、社長はきちんといただきますする人なんだ。お弁当のふたを開けながらそんなことに関心していた。
「仕事はもう慣れた?」
「はい。アシスタント業務はまだ緊張するときもありますが、事務処理は以前の会社でしていた業務なので問題なく行えています。」
「アシスタント業務は最終的にディレクターがチェックするからそこまで気張らなくても大丈夫だよ。」
「あのクラウド処理というのがどうも慣れなくて、全部消えたらどうしようと心配になるんですよね。」
「各自バックアップ取ってるから大丈夫。」
「それを聞いて安心しました。ところで社長のお昼ご飯そのおにぎりだけなんですか?」
「弁当品切れだったから、残ってたおにぎり買い占めてきた。」
「よかったら。どうぞ。」
お弁当のふたにオクラの肉巻きとプチトマトを載せて手渡した。
「いいのかい?ご馳走様。」
「お口に合うといいんですけど。」
照り焼き風味で少し濃い味に仕上げてあるから白米のお供にもってこいだ。
「へぇ。オクラも肉巻きにするんだ。うちの親は人参とインゲンばかりだったけど、オクラもいけるね。美味しいよ。」
「人参とインゲンも美味しいですよね。お弁当に入れる時は半分にカットするから、星形になるオクラをよく使うんですよ。」
「その箱に詰める設計をしてからおかず作るの?」
「メインを決めて、詰めたら後は隙間を埋める作業なだけなので、キャラ弁のような計画設計は無いですよ。」
「そんな緩くっていいなら僕も今度弁当作ってみようかな。」
「今度お弁当作りの本持ってきますね。」
林さんの彼女さんの前に社長が料理男子としてグレードアップしそうです。




