第3話② Monster Machine "Blitz" “専用バイクは男の子のロマン”
朝のドタバタはどうかに収まって。
「えーと、今日は暴走族アンリミテッドを退治したいと思いまーす」
「暴走族?」
ノイの言葉に聞き返す。
どうも、いつもと毛色が違うようだ。
普段なら、適当な悪事をしているアンリミテッドを探しに街の無目的な散策へ出るのだが。
何故か今日は、作戦会議などを開いている。
「うん、レイアが聞き込んでくれたんだけど、どうもこの近所にギフトを使って爆走してるアンリミテッドがいるんだって」
「ほー」
そういえば聞いたことがある……ような、無いような。
基本引きこもっているため、世間のことに対して大分疎くなっている昌である。
「風を操るギフトみたいでねー。
その力で空気抵抗を下げつつスリップストリームを上手く活用して、通常ではありえない速度でバイク走らせてるんだって」
「……よく警察に掴まってないな」
幾ら速く走れるといったって、それだけで警察の手から逃れるのは至難の業だ。
アンリミテッドの情報は政府に登録しなければならないため、個人の特定が容易だからである。
休息しているところを狙われれば一発でアウトなのだ。
「それがね、どうもこのアンリミテッド、割と人助けもしてるみたいで」
「へ」
「電車に送れそうなお婆さんを送ったり、車に轢かれそうになった子供を助けたり」
「普通にいいやつじゃないか」
「暴走行為に眉をしかめてる人もいるんだけどねー。
でも評判悪くないし、捕まえようとするとすぐ逃げちゃうから、警察もそんなに本腰入れてないんだってさ」
「だったら俺達も関わらなくていいんじゃ……?」
「何言ってるの!?」
おずおずと提案するが、ピシャっと却下された。
「こんなの、猫被ってるだけかもしれないんだよ!?
こうして人々を安心させておいて、皆が油断してるのを待ってるんだ!!」
「それは穿ち過ぎじゃ――」
「ともかく!
警察が手出しできない以上、これはジャスティセイヴァーの出番だよね!」
最後ににっこりと笑うノイ。
(……くそ、可愛い)
アレな言動さえなければ本当に美少女なのだ、彼女は。
昌のささくれた心が癒される程に。
「……まあ、もうこの際出番云々はいいんだけども。
どうやって追うんだよ。
そいつのスピードには警察だって手を焼いてんだろ?」
「ふっふっふっふー。
よくぞ聞いてくれました!」
ノイが含み笑いしながらドヤッとしたオーラを放つ。
なんだか嫌な予感がする。
「こんなこともあろうかと!
開発しておいたよ、ジャスティセイヴァー専用バイクを!!」
「えー?」
「なんで不満そうな声だすの!?
そこは歓声をあげるところでしょ!」
「そんなこと言ったって……」
パンチ一発でアスファルトにクレーターを作るようなパワードスーツを開発した人物が作製したバイク。
どう考えても、こう、自分が不幸になる未来しか見えなかった。
「ほらほら!
レイアに頼んで、もう外に用意してあるんだから!
早速見に行こうよ!」
渋る昌を笑顔でぐいぐい押し、外へと連れ出すノイ。
(免許持ってない、とか言い張っちゃダメかなぁ)
断る理由を考えるも、
(……無理だろうなぁ)
諦めの方が強かった。
「じゃじゃーん!!
これこそ、ジャスティセイヴァーのために造られた世界で一つのモンスターバイク、“ブリッツ”だよ!!」
「……おー、テレビで見たまんまだな」
これから自分がソレに乗らなければならないという事実は一先ず横に置いといて。
昌は、アパートの前に置かれたそのバイクの造詣にまず感心した。
ブリッツと名付けられたそのバイクは、番組の中でジャスティセイヴァーが乗っていたバイクそのもの、という程のコピー具合。
黒光りするシャシーに流線的なデザイン。
大型のバイクよりさらに一回り大きいその巨躯が威圧感を放つ。
まさしく等身大のヒーローなりきり装備であった。
「……しかしよく車検通ったな、これ」
「そこはそれ、世の中案外抜け道はあるものです」
ふとした疑問に答えたのは、バイクのすぐ横に立つレイアだった。
「……お金でなんとかなるものなの?」
「ノーコメントです」
深く詮索しない方がいい。
昌は直感でそう感じる。
「特性のエンジンはジェットにだって負けない出力出るしー。
車体は猛烈なGに耐えられる頑強ボディ。
強烈なグリップでどんな道だって走破できるよ。
ゆくゆくは音声認識の自動運転機能とか、空飛んだり海潜ったりできるようにしたいねー♪」
うっとりとした様子で、誰にともなくバイクの説明をしているノイ。
ところどころ危険な単語が聞こえた気がするのだが。
「――さぁ!
それじゃアキラ、乗っちゃって!」
「あぁぁぁ、マジか。
本気で乗んなきゃなのか」
「追加報酬はお支払いしますよ、昌様」
それはつまり、こちらからねだるまでも無く報酬が上乗せされるくらい、危険だということか。
頭の中で後悔が渦巻く昌。
そんな彼へ、
「おお、昌。
随分と騒々しいことをしとるなぁ」
声をかける人物が。
昌は、その声を聞いただけで誰か分かった。
よく知っている人物だ。
「ああ、川口さん。
すいませんね、うるさかったですか?」
振り返ればそこの立つのは、白髪頭な初老の男性だった。
彼は柔和な笑みを浮かべ、
「はは、いやいやさっきのは言葉のあやさ。
外見たらお前が可愛い子引き連れてるもんだから、気になって出てきちゃっただけでね。
……お前の彼女かい?」
「……いや、そういうのじゃ無いっす、マジで」
そのまま会話に興じる。
よくよく顔を会わせる相手なだけに、気慣れたものだ。
「――っ!?」
何故か隣でノイが硬直していたが。
彼女の挙動不審は今に始まったことでないが、流石に気になって声をかける。
「どうした、急に固まって」
「……あ、アキラ、この人、誰?」
「ああ、この人は川口さん。
うちのアパートの大家さんだよ」
アパートの大家だからこそ、ニートな昌でも必然的に顔を会わせる機会が多いのである。
とっつきやすい温和な人物だから、話をするのも苦ではないし。
当の川口さんは、昌の台詞に合わせて頭を下げ、女性陣に挨拶する。
「どうも初めまして、可愛いらしいお嬢さん方」
「こちらこそ、初めまして。
私、レイア・ドラッヘと申します。
以後、お見知りおきを」
レイアの方は華麗なお辞儀と共に挨拶へ応じするが、一方でノイは――
「…………」
変わらず、固まったまま。
「おい、形だけでも挨拶しろよ。
失礼だぞ」
昌がそう促す、と――
「おやっさーーーんっ!!!」
――少女は突然大声で叫んだ。
「すごい!!
おやっさんだよ!?
おやっさんのそっくりさんまで居るの!?
ちょっとどうなってるのさアキラ、キミの周り!!」
どうなってるのか知りたいのはお前の頭の中身だ。
そうツッコミたい気持ちを抑え、昌はノイに向き直る。
「おい、落ち着け。
言いたいことは分からんでもないが、とにかく落ち着け」
失念していた。
この川口さんもまた、『ジャスティセイヴァー』に登場する、とある人物にそっくりなのである。
その名も“おやっさん”。
本名も設定されていたはずだが、忘れた。
主人公の竜禅寺晶一の保護者代わりとなって彼を親身に支える、物語の主要人物だ。
「うわー、すごいすごいすごい!
ね、アキラ! この人の横に立って横に立って!!
ボク、記念写真撮るから!!」
「だから落ち着け!
フィクションとノンフィクションを区別しろ!!」
「そのフィクションが目の前に広がってるんだよ!!」
ダメだった。
今のノイを落ち着かせることは、昌には不可能だ。
これには川口さんも驚いたのか、困ったような笑顔を浮かべている。
「いやはや、元気な子だねぇ」
「あー、すいません」
「いいっていいって。
懐かしいなぁ……昌も昔はあんな風にヒーローを――」
「いきなり人の黒歴史掘り返さないでくれません!?」
痛いところを突かれそうになったので、慌てて止める。
誰にだって穿り返されたくない過去の一つや二つあるものなのだ。
そんな昌へ被せるように、
「んんっ!! そうだっ!!
アキラ、アレやろうよ、アレ!!」
ノイが喋りかけてくる。
「なんだよ、アレって」
「竜禅寺晶一とおやっさんが揃ったらあのシーンするしかないでしょ!?
ほらほら、おやっさ――カワグチさん、このキー持って!」
「お、おい!?」
少女はそう言いながら、大家さんへ鍵を押し付ける。
「そしてアキラはそのキーを受け取る!」
「え? じゃ、じゃあ――」
川口さんから鍵を受け取ろうとする昌。
しかし鍵を持とうとした瞬間、ノイに手を叩き落とされる。
「違うでしょ!?」
「何が違うんだ!?」
「もっと竜禅寺晶一っぽくやれ!」
目がマジだった。
ちょっと血走っているようにすら見えた。
……正直、かなり痛々しい。
「そ、そんなこと言われたって……」
「もうっ!! 大事なとこでしょ!?
いいっ!? 竜禅寺晶一は“ブリッツ”を使う時、決まっておやっさんにこう言うんだよ!
『おやっさん、キー出してくれ!』ってね!
キメ台詞の一つよ、ココ!?」
「…………」
ごねたくはあったが、やっても特に意味もないため素直に従うことにした。
「……おやっさん、キー出してくれ」
「ははは、はいよ」
川口さんは苦笑しつつも鍵を渡してくれる。
今度は邪魔され無かった――が。
「ああああああああっ!!!
すごぉおおおおおおいっ!!!」
ノイのテンションが大変なことになっていた。
恍惚とした顔になっている。
「カワグチさんのキー渡すタイミングと仕草がもう完璧っ!!
ひょっとして本当におやっさんなんじゃないの!?」
「はははは、そう言ってくれると嬉しいねぇ」
「……いや、それ喜ぶとこじゃないっすよ、川口さん」
新鮮に少女のノリに付き合ってくれる大家へ、昌は疲れた顔で突っ込みを入れた。
閑話休題。
色々あったが、実際にバイクへ乗る時が来た。
来てしまった。
「あー……やだなぁ」
ぼやく。
そういうポーズはとりつつ、昌は既にジャスティセイヴァーへと着替え、バイクにまたがっている。
今更後戻りなどできない状況だ。
『“敵”の場所はこっちでナビするから、ジャスティセイヴァーは運転に集中してね!』
「……はいよー」
ノイの声が通信で入る。
とはいえ、本人はすぐ目の前にいるわけだが。
ノイとレイア、そして興味が湧いたのか川口さんまで、昌の出発を見送ろうとしていた。
(っていうか実のとこバイクの運転かなり久々なんだが。
……できるかな?)
動かし方は普通のバイクと同じ、と聞いたが。
――まあ、こういうのは意外と身体が覚えているものだろう。
そう思って(思い込んで)昌はハンドルを握る。
『さっ! 出発だよ、ジャスティセイヴァー!
邪悪な暴走アンリミテッドを倒すんだ!!』
「……はいはい」
適当に返しつつ、昌はスロットルを回し――
「え」
一瞬で景色が変わった。
と同時に、身体がバイクのシートに押し付けられる感覚。
「――え」
景色が変わり続ける。
それがとてつもない速度で走っているからだと気づくのに、数秒を要した。
その間にも、バイクはいずこかへと爆走する。
「――――えええええ」
何かにぶつかった。
それがガードレールであることに、昌は感謝すべきだろう。
激突したバイクはその衝撃で空へと高く舞い上がり――
(あ、屋根より高い)
そんな場違いな感想も抱きつつ。
昌はそのまま、バイクともども墜落した。
「…………」
「…………」
「…………」
その一部始終を見ていた3人は揃って絶句し。
「……出力の設定、また間違えちゃったかな? てへ♪」
言い訳する者。
「お見事です、昌様」
何故か敬礼する者。
「救急車呼んだほうがいいかな?」
真っ当ではあるが妙に冷静な行動をとる者。
三者三様である。
……遠くからパトカーのサイレン。
猛スピードでかっ飛んだバイクが衝突したのだ、当然だろう。
程なくして昌は(スーツが頑丈でほとんど怪我していなかったため)人生三度目の警察へのドナドナを味わうのだった。
その後のやり取りは――今回、割愛する。