第4話① Monster Machine "Blitz" “専用バイクは男の子のロマン”
「おはよう」
「あ、アキラ。
おはよー」
朝。
リビングに来た昌(ちなみに彼は今も廊下で寝ている)は、既に起きていたノイと挨拶をかわす。
「……なにやってんだ?」
「ジャスティセイヴァーの調整だよ。
見て分かんない?」
「……分からん」
ブラウンの綺麗な髪をポニーテールに纏めた少女は床にジャスティセイヴァースーツを広げると、その前でパソコンとにらめっこしていた。
カチカチカチカチとキーボードを打つ軽妙な音が聞こえる。
チラっとディスプレイを見ると――昌にはまるで分からない数字がところせましと羅列されていた。
「……お前、本当に頭いいんだな」
「ん、いきなり何言ってんの?」
「いや、聞いてはいたけど、実際に見てみると――」
普段はちょっと言動がアレな女の子だというのに、今の彼女は実にエンジニアっぽく見える。
いや、実際に彼女は天才的な開発者とのことだが。
ギフトのおかげとはいえ、大したものである。
「あー、ところで、時にノイさんや」
「んん? どしたの?」
感心したところで、昌はもう一つの関心事へ触れることにした。
「いくら部屋の中だと言ってもだな。
その……女の子がそういう格好するのはちょっといただけないというか」
「え? この格好だめ?」
「まあ……ダメかな」
端的に今のノイの格好を表現するなら、タンクトップに短パンである。
――タンクトップに短パンである。
大事なことなので(以下略
肌の露出が多い、とても多い。
脇とか平気でチラチラ見えちゃう。
スラっとした脚や健康的な太ももだって丸見え。
そしてこの服装、結構彼女の肢体にフィットしているため――
(――け、結構なスタイルで)
何がとは言わないが、大きかった。
いや、大きさだけで言うならそうでもないのかもしれないが、ノイがかなり小柄なため、同じサイズでも大きく見えるというか。
ボインッというか、プリンッというか、そういう形のアレなのである。
上の曲線も下の曲線も。
(め、目のやりどころが……)
困ってしまう。
もっと言えば、視線が吸い付いてしまうので困ってしまう。
昌だって健康的な男なのだから。
「んー? へー? そうなんだー?」
そんな彼が決死の覚悟で忠告をしたというのに、ノイはニヤニヤと笑うだけ。
のみならず、腕と腕で胸を挟みこんで――
「アキラ、こういうの気にしちゃうタイプ?」
「なにやってんの!?」
――強調された二つの丘をこちらへ見せつけてきた。
なんたることだ。
この少女には恥じらいとか無いのか。
どういう情操教育を受けてきたんだ。
あいつか。
あの痴女が教育してきたのか。
(あの従僕にしてこの主人あり!?)
悲しいかな、目は釘付けになってしまう。
しかしこれは仕方ない。
美少女にこんなことされれば誰だってこうなる。
男なら誰だってこうする。
仕方ないことなのである。
ノイの笑みが――小悪魔のような笑みがさらに深くなる。
「ふっふーん?
顔真っ赤にしちゃってぇ。
女の子に興味津々なお年頃なの?」
「ち、ちち、ち、違うわ!!
俺は単にお前の格好を窘めたいだけでだな!」
どもってしまっては説得力皆無である。
「んんー? 素直になればおねーさんが手解きしてあげるよー?」
「誰がお姉さんか!」
と言ったところではたと気になる。
「……そういや、お前って年齢いくつだっけ?」
外見から見て昌より年下なのは確実――と思っていたのだが。
ひょっとしたらひょっとして、単に若作りしてるだけという可能性も。
「んー? 今は15だよ。
もうすぐ誕生日が来て16になるけどね」
「お、そうなのか。
――ってやっぱり全然お姉さんな年齢じゃないじゃないか」
「こういうのは心の成熟度合いで比べないと。
身体はともかく頭なら、アキラよりボクの方が全然大人だと思うけどー?」
「な、なんだとぉ!?」
こんなアーパーな奴に子供扱いされるとは。
(他人の家に無理やり入り込んだり、俺を変身ヒーローに仕立て上げたりする非常識女の癖に!)
賢さではとても勝てそうになかったが、常識人度合いでなら負けるつもりは毛頭ない。
少女へ社会のルールというものを教え込んでやろうと息まいた次の瞬間、
「あ、そういえば昌なんで汗だくなの?」
ノイはあっさりと話題を転換してきた。
「……おい、何を急に話変えてんだ」
「部屋に入ってきた時から気にはなってたんだよねー。
ジャージを汗でびしょびしょにしてさ。
廊下でスクワットでもしてたの?」
食い下がろうとするものの、少女は全く靡かない。
彼女の中で、もう前の話題は終わったようだ。
「……走ってきたんだよ。
毎朝の日課なんだ」
仕方ないので、相手に合わせることにした。
少女にすら平然と屈する男、岩崎昌。
「へー、どんくらい走るわけ?」
「日にもよるけど、だいたい20kmくらいか?」
「に、にじゅっ?」
ノイの目がまんまるに広がる。
なんだか彼女の鼻を開かせてやったようで、いい気分だ。
「そ、そんなに毎日走ってたの?
ボク、全然気づかなかったけど」
「ノイが起きる前に済ませてたからなぁ。
今日はお前、いつもより早く起きてるのな」
「うん、スーツの調整を色々やりたかったから――ってそうじゃなくて。
アキラって、なにかスポーツやってんの?」
「いや別に。
言っただろ、昔からの習慣なんだよ。
変えるとどうも調子がでないから、今も続けてるだけ」
「……前から思ってはいたんだけどさ」
少女がジト目でこちらを見てくる。
「キミ、自分のことニートとか言ってたけど、あんまりニートっぽくないよね」
「そうか?」
「うん、なんかすごく健康的」
「……ニートだからって、皆が皆不健康ってわけでもないだろ」
「んー、そうかもしれないけどー」
納得していない様子だが、実際にそうなのだから他に言いようが無い。
実際、世の中には筋トレが趣味なニートだっているだろうし。
「ま、そんなわけなんで、俺はちょっとシャワー浴びてくる」
「んん、シャワー?」
「ああ、ひと汗かいたからな。
シャワーですっきりしたいんだ」
すると、少女は少し困った顔をして。
「ごめん、今はちょっと無理」
「どうして?」
「レイアが入ってるから」
「……あー」
あのメイド、姿を見せないと思ったら朝風呂をしていたようで。
だがそうなると、シャワーを浴びることはできない。
「仕方ない、あの人が出るまで待つか」
「だいじょうぶ? 身体、冷えたりしない?」
「別に平気だろ。
寒くなってきたらまた少しランニングしてきてもいいし」
「――いえ、その必要はありません」
会話へ割って入る一つの声。
ここ数日で随分と聞きなれた、レイアのものだった。
アキラは聞こえた方へ振り返ると、
「お、ちょうど良かった、風呂から出たんだなぁああああああああああああああっ!!!?」
「ちょっとアキラ!
急に大きい声出さないで――きゃぁあああああああああああああっ!!!?」
つんざくような二つの悲鳴が部屋に木霊する。
唯一悲鳴をあげなかったレイアは、きょとんとした顔。
「どうされました?
急に大声を出されて」
「ど、どうしたもこうしたもあるかぁ!!」
昌はメイドの方を見ないようにしながら、怒鳴りつける。
ノイはというと、彼女の方へ詰め寄り、
「な、なんで、なんで、裸なのっ!!?」
「はい?
それは勿論、先程までお風呂を頂いていたからですが」
平然と答える。
少女の指摘の通り、レイアは真っ裸だった。
何も着てないし、何も付けていなかった。
そして惜しげも無く披露しているのだ。
白く染みの無い素肌を。
惚れ惚れする程の、均整の取れた肢体を。
大きく、それでいて美しい丸みを帯びた果実を。
なんなら、その先端にあるモノすら――
(いやいやいや、見たんじゃないんだよ!!
見えちゃっただけなんだよ!!)
必死に弁解する昌。
誰に何を言い訳しているのかは、自分でも分からない。
完全にパニックを起こしている。
そんな彼を放って、少女は自らのメイドを叱りつける。
「知ってるよ!!
そんなことは知ってるの!!
どうしてお風呂入った後に服を着てないのかって聞いてるの!!」
「お恥ずかしいことに、着替えをリビングに忘れてしまいまして」
「ボクに一言言ってくれれば、持ってったよ!?」
「いえ、お嬢様に関する家事全般を担当する私が、入浴時に着替えを忘れると言う失態を演じてしまったのです。
その直後にお嬢様を使い走りにするような真似、どうしてできましょうか?
これ以上恥を重ねるわけにはいきません」
「裸の方がよっぽど恥ずかしいでしょ!?」
「恐れながら、私は人様に見られて恥ずかしいような身体はしていないと自負しております。
胸のサイズや形、腰のくびれ、尻の張り具合――全て、殿方に満足頂ける極上のものです。
そうでしょう、昌様?」
「そこで俺に話を振るなぁっ!!!」
言うだけあって、本気でレイアの裸は凄かった。
人気グラビアアイドルですら、ここまでの肢体は持っていないだろう。
一度見てしまえば、しばらく脳裏から離れそうも――――いや、そういう話では無く。
「いいから服を着てぇえええええっ!!!」
リビングに、ノイの悲壮な声が響くのだった。