第2話① Boy Meets Girl “ボーイと呼ぶには歳いってるとか言わないで”
――普通の青年岩崎昌は、いかにして変身ヒーロー・ジャスティセイヴァーになったのか。
昌は自他ともに認めるニートである。
働く気は無い。
ただ自堕落に生きていきたい。
そんな欲望に塗れた、ただのニートだ。
事の始まりは一週間前。
彼が某電気街へ買い物に出かけた時だった。
幾つかの店を回り、趣味のアイテムを物色していた最中のこと。
(……なんだなんだ?)
街の一角で、妙に人が集まっている場所があることに気付く。
野次馬根性丸出しで昌もそこへ向かってみる。
「――お?」
人が集まってる理由はすぐ分かった。
2人の女性がそこにいるのだ。
一人は流れるブラウンの髪をポニーテールに結んだ、十代半ば程の小柄な少女。
周囲を見渡して、表情をころころと変える様子が、実に年相応らしく可愛らしい。
まるで猫のような印象の女の子だった。
“そういうこと”に余り頓着が無い昌から見てもかなりの美少女なのだが――残念ながら周りから注目を浴びている理由はもう一人の方。
その少女の傍らに佇むは、銀糸のようなプラチナヘアーを三つ編みにした、長身の大人な女性。
見る者をハッとさせる程整った容貌をしていて、これだけでも人だかりができるに十分にも拘らず。
なんと彼女、メイド服を着ている。
しかもコスプレのような安っぽいものではなく、本格的なメイドの装いだ。
その立ち姿には気品すら漂っている。
――昌は本物のメイドなどと言うものを見たことは無いが。
飛びっきりの美女メイドが、美少女の横に控えている。
その上二人共、顔つきが明らかに海外な人。
野次馬ができても不思議はない光景だ。
二人の周りだけ世界が違う。
(へー、居るもんだなぁ。
こんな人、テレビの中だけの世界だと思ってた)
周りに集る人々にちゃっかり混ざり、見物する昌。
(いや、変な目で見てるわけじゃないんだけどね?
単純な好奇心というかなんというか)
誰に言う訳でもない自己弁護を心の中で。
本人がどう取り繕うと、今の彼は客観的に見て美人に釣られた男衆の一人にすぎないのだが。
(……あんまりジロジロ見るのもな)
流石に女性達へ失礼だろう。
そう考えて、昌は早々にその場を立ち去ろうと――
「あーーーっ!!?」
――したところで、脚を止めた。
というか、止めさせられた。
突然、件の美少女が叫んだのだ。
しかもただ叫んだだけでなく、
「……え?」
思わず声が出る。
彼女の視線と指先が、しっかりと昌に向けられていたのだ。
その顔は驚愕の色に染まっている。
いや、驚きたいのはこちらの方だったのだが。
「き、キミ――キミは――!?」
少女は明らかに昌を見て声をかけている。
(え、あれ、俺、あの子とどっかであったっけ――?)
慌てて記憶の引き出しを漁るが、まるで覚えが無い。
あれ程の美少女、一度会えばそう忘れることはないだろうに。
そうこうしてる内に少女から言葉が飛び出す。
「キミは――竜禅寺晶一!?」
「……いや、違うけど」
その名は、岩崎昌とは似ても似つかぬものであった。
「へー、なんか狭い部屋だねー」
「お嬢様、市街地でこれだけの居を構えているのですから、十分ではないかと」
「…………あの」
2人の女性が会話しているところへ、恐る恐る口を出す昌。
気力を奮い立たせての行為だったのだが、彼女達はまるで気付いていないようだ。
「んんー、それになんか殺風景だし」
「男の一人暮らしでこれだけ整理されていれば、まずますといったところです」
「…………その」
気合いを込めて、もう一度。
いや、気合いを入れてその程度かよ、とのツッコミもあるかもしれないが、女性の会話に男が割って入るのはなかなか辛いのだ。
「――どうされました、昌様?」
自分の願いが通じたのか、メイドの格好をした美女――どうも、本当にメイドらしい――がこちらへ顔を向ける。
この機を逃すまいと、
「ここ、俺の部屋なんだけど」
「存じております」
「知ってるよー」
女性陣が同時に応える。
ちなみに丁寧な口調がメイドで、丁寧で無い口調が少女だ。
(……そうか、知っているか)
ここが昌の住むアパートの一室と知って、それでこの態度なのか。
こちらの方向から説得は不可能とみて、質問を切り替える。
「……なんで、居るの?」
「分かりませんか?」
「ちゃんと説明したでしょー」
説明。
されただろうか。
首をひねって考える。
「……うん、俺に正義のヒーローになれっていう寝言は聞いた気がするな」
「なんだ、分かってるんじゃん」
「状況はご理解されているようで。
……当方からも、それ以外のことは特に伝えませんでしたので」
大した状況説明など、やはりされていなかった。
あの後、昌はこの2人に取り囲まれ、あれこれ質問攻めにされた挙句、自宅まで案内させられたのだ。
――弱い。
余りにも弱い男であった。
(周りの目がキツかったんだよ!!)
飛び切りの美人に急に絡まれれば、周囲の男衆から嫉妬の眼差しを向けられるのは必至。
慌ててその場を離れるため、相手の言いなりになったのも無理はないのかもしれない。
それはさておき。
ほとんどなし崩しに昌は女性陣を家に招いたのである。
とにかく今は何故こんな状況になったのか、それを把握したい。
そんな昌の想いを感じ取ったかのように、メイドが少女に耳打ちする。
「お嬢様。
昌様がこれ以上困惑されることが無いよう、事情を詳細に説明しては如何かと」
「んー、それもそだね」
促された少女は昌へと向き直り、
「まずは自己紹介しとこっか。
ボクはノイ、ノイ・グレーヴスっていうの。
よろしくね。
で、こっちは――」
「レイア・ドラッヘと申します。
昌様、以後お見知りおきを」
軽い口調のノイに対し、レイアは優雅な一礼をこなす。
釣られて昌も、
「あ、ああ。
俺は岩崎昌だ。
……もう知ってると思うけど」
昌の名は、街で会った時にもう伝えてある。
この自己紹介はついつい口をついた以上の意味はない、はずなのだが。
ノイと名乗った少女は、思案気な顔で昌の顔を見てくる。
「……岩崎昌、かー。
ねぇ、本当に竜禅寺晶一じゃないの?」
「違う。
そりゃ、架空の人名だって」
彼女の言葉にすかさずツッコミを入れる。
竜禅寺晶一の名は、昌も知っていた。
昌に限らず、それなりの人には知られた名前では無いだろうか。
何年か前に放映していた“特撮ヒーロー番組”の、主人公の名前なのだから。
「でもねー、すっごいそっくりなんだよねー。
竜禅寺晶一を微妙にイケてない感じにして、くたびれさせて老けさせたらキミみたいな感じに――」
「お? 喧嘩売ってんな、お前?」
「アハハ、ジョークジョーク!
そんなに怖い顔しないでよー」
ギロリと睨むが、飄々とかわされてしまった。
まあ実際、確かに似ているのだ。
その“特撮番組”がそれほど有名でないおかげで頻度は少ないが、過去に数回指摘を受けたことがある。
「で、その『竜禅寺晶一』と俺が似てることと関係してるわけだな?
あんたらの目的は」
「うん、そうそう!」
ノイがニコッと笑う。
その愛らしさにささくれ立っていた心が一気に緩まってしまうが、気を引き締める。
彼女らは昌の安息の地へ土足で踏み入った(いや、靴は脱いでいるけれども)異邦者なのだから。
少女が言葉を続ける。
「アキラにはね、ジャスティセイヴァーになってもらいたいの!」
「……ちょっと何言ってるか理解できないですね」
「分かんない?」
「小指の先ほども」
「仕方ないなぁ」
やれやれという(若干イラつく)動作と共に、ノイは話を続けてくる。
「アキラはさ、超越者って知ってるよね?」
「そりゃ、まあ」
アンリミテッドの存在が一般に公開されて既に久しい。
彼らを知らない者の方が珍しいだろう。
「文字通り人を超越した力を持つ彼らは、今日も人の世に紛れて暮らしている――」
「いやそんな大したもんでもなくないか?」
ちなみに、アンリミテッドは公的にも認められているし、人権だって保障されている。
一般人に比較して少々制約は多いものの、普通の生活を送るものがほとんどだ。
まあ、後ろ指をさされることが無いかというと、そうでもないのだが。
ノイは昌のツッコミにも喋りを止めず。
「――そして彼らは人々に牙をむく。
物理法則を超えた現象を操るアンリミテッドを法で束縛することはできず、無力な市民はいい様に弄ばれる……」
「ああ、最初の頃は法の網を掻い潜ったアンリミテッド犯罪が多発してたよな。
今は法整備も大分しっかりしてきたから、あんまり起きなくなったみたいだけど」
「……そんな暗黒時代を切り開くには、ヒーローの存在が、ジャスティセイヴァーが必要なんだよ!!」
「俺のツッコミ、ちゃんと聞いてたか?」
決めポーズをとるノイに冷ややかな視線を送る。
彼女はそんな昌の目を見据え、
「さあ、アキラ!
ジャスティセイヴァーになってボクと一緒に戦おう!!」
「一切無視か。
いっそ清々しいな、おい」
とりあえず分かったのは、この子がかなり“やばい”お方だということだった。
どうやってこの面倒な状況を切り抜けよう――昌の頭はそれでいっぱいになったのだが、相手は簡単に諦めてくれなさそうだ。
一先ず、思い浮かんだ疑問を口にする。
「なんで、ジャスティセイヴァーなんだ?
アンリミテッドが行う悪事をどうにかしたいってんなら、別に他にやり方あるだろ?」
そもそもからして、ジャスティセイヴァー自体、マイナーメジャーというか――正直、大人気とは言い難いヒーローであった。
態々そんなネタを持ち出す理由を問うたものの、
「え? だってジャスティセイヴァー格好いいじゃん」
「……そうか」
きょとんとした顔で返す彼女に、それ以上の答えを期待するのは止めた。
代わりに別の疑問を切り出す。
「だいだいだな、ジャスティセイヴァーになれって言ったところで、どうやってなるんだよ」
「ああ、それなら大丈夫!
ちゃんと用意があるから!」
待ってましたとばかりの返答。
なんとも言えぬ嫌な気分が昌の胸中に湧き起こる。
「ね、ね、レイア。アレ、出して!」
「はい、お嬢様」
少女の要望に答え、メイドは大きなアタッシュケースを取り出す。
「……どこから取り出したんだ、それ」
「昌様、そのような細かいことを気にしてはいけません」
昌の質問を軽く流しつつ、レイアはテキパキとした動きでケースを開ける。
中から現れたのは――
「じゃ、ジャスティセイヴァー!?」
正確には、そのスーツ。
箱の中には、恐ろしい程精巧に造られたジャスティセイヴァーのスーツが納まっていたのだ。