第1話 The Hero with No Name “名前は無かったことにしておきたいヒーロー”
(どうしてこんなことになったんだろう……?)
岩崎昌は胸中で愚痴を零す。
彼の目の前には――
「てめぇ、俺様にケチつけようってのはどういう了見だぁ!? あぁんっ!?」
――いきり立つ、ヤンキーの姿。
実にステレオタイプなメンチを切っている。
普通の不良と違うのは、ヤツの周囲に“炎がとぐろを巻いている”ことだろうか。
彼は“ギフト”持ちの人間――超越者なのだ。
「変な格好しやがってよぅ!!
コスプレかよ、ふざけやがって!!」
(別にふざけてるわけじゃない――いや、ふざけてるよな……)
反論しようと思ったが、今の自分の姿を思い出し口を紡ぐ。
この件に関しては、相手が圧倒的に正しい。
しかし――
『ちょっとちょっと!!
なに言われっ放しになってんの!!』
耳に響く少女の声。
誰かは分かっている。
彼女だ。
自分を“こんなこと”に巻き込んだ張本人。
『いいっ!?
“ジャスティセイヴァー”は絶対的な正義の味方なんだよ!!
あんなヤンキーっぽい超越者に言い負かされるとか、ありえないわけ!!』
「……分かった。
分かったから、耳元で怒鳴らないでくれ。
ただでさえ無いやる気が、完全に底を尽きそうだ」
ぱたぱたと手を振りながら、少女を宥めた。
今、岩崎昌は正しく変な格好をしている。
赤いメタリックカラーで塗装された、金属の装甲で身を包み。
顔まで覆う、やはり赤いヘルメットには通信機が内蔵。
さっきから聞こえる少女の声は、ここから出されているのだ。
全体的に鋭角なシルエットであり、格好良いとすら言えるのではないだろうか。
テレビの中で見る分には。
(――“特撮ヒーロー”なんて、生で見ても現実感ないよなぁ)
本人からの述懐もあった通り、この格好はとある“ヒーロー”のコスプレである。
その名も、『破邪拳聖ジャスティセイヴァー』。
今から5,6年ほど前、一世を風靡したようなしていないような、知る人ぞ知るマイナーメジャーな特撮作品だ。
――彼が、どうしてこんな格好をしているかは、後々語ることとしよう。
そうしてる内に、今度は不良男から怒号が飛ぶ。
「何一人でぶつぶつ言ってんだ、オラァっ!!
舐めてんのか、テメェっ!!」
「ああ、すまんすまん。
――で、なんだっけ?」
「忘れんなやぁぁあああっ!!!
俺様がガキ共からカツアゲしてたら、てめぇの方から喧嘩売って来たんだろうが!!」
「カツアゲしてたって認識はあるのな」
目の前にいるヤンキーが、気の弱そうな学生から金をせびっていたので、声をかたのだった。
もう被害者は逃げたので、これ以上どうこうする必要もないと思うのだが――
『さぁ、ジャスティセイヴァー!
決戦だよ!!
あの邪悪なアンリミテッドを懲らしめちゃって!!』
少女は、戦いを煽ってくる。
どうやら、逃げると言う選択肢は自分に無いようだ。
(――やだなぁ)
嘆息する。
しかし逆らうのも面倒くさい。
とりあえず、ファイティングポーズらしきものをとってみる。
すると、
『ちょっと待った!!』
「――なんだよ」
『戦う前にアレやらなくちゃダメでしょ!?
ジャスティセイヴァーの決めポーズ!!』
「……えー。
アレ、やんなきゃ、いけないのか?
結構――いや、かなり恥ずかしいんだが」
『当ったり前だよ!!』
「……当たり前なのか」
当たり前らしい。
仕方ないので、嫌々ながら教えられた通りに身体を動かす。
まず右手でガッツポーズ。
両手でなんか武術っぽい感じに∞を描き。
最後に正拳突き。
「……えーと、正義の拳で、弱きを救う。
破邪拳聖、ジャスティセイヴァー」
棒読みで、やはり決められた台詞を口にする昌。
番組の中で、ジャスティセイヴァーが戦う前に行う決めポーズである。
『気合いが足りない!!
今回は見逃したげるけど、次回はきっちり決めてよね!?
帰ったら練習だよ!?』
「……はいはい」
少女の声を適当に流し。
改めて不良学生へと向き直る。
「お?
やんのか、コラ?」
学生が纏う炎が、勢いを増していた。
向こうも臨戦態勢が整ったようだ。
「ああ、行くぞ」
やる気のない掛け声と共に、駆け出す。
このスーツが事前に説明された通りのスペックであれば、あれ位の炎なんともないだろう。
(違ったら慰謝料請求してやる)
そんなことも考えながら。
耳に、少女からの指示が聞こえてくる。
『いけ、ジャスティセイヴァー!
ジャスティ・パンチだぁ!!』
「――あいよ」
右手を大きく振りかぶる。
勢いをつけて――
「ジャスティ・パーンチ」
技名と共に、腕を振り下ろす。
その“言葉”が起動ワードとなり、右拳が白色に光り出した。
――ちなみにこのモーションも、TVでヒーローが行った通りの動きだったりする。
「はんっ!
そんなテレフォンパンチが当たるかっつーの!!」
生意気にも不良はこちらの攻撃をかわす。
的が無くなったパンチは、地面へと突き刺さり――
――轟音。
――爆発。
道路に、“クレーター”を作った。
「…………」
「…………」
二人して沈黙。
昌もこれは予想していなかった。
余りの事態に言葉が出ない。
『……ちょっと、出力が大きすぎたかも』
通信から、なんだかバツの悪そうな声。
先に我に返ったのは不良の方。
「ひ、ひぃぃいいいいいいっ!!
こ、ころ、ころ、殺されるぅうううううっ!!」
「お、おい!
物騒なこと言うな!」
尻もちをついて逃げようとする学生に追い縋る。
いや、別に逃がしてもいいのだが、このまま放置するといらぬ噂を立てられるかもしれない。
「く、来るなぁぁあああっ!!
化け物ぉぉおおおっ!!」
「誰が化け物か。
お前だってアンリミテッドだろ」
「俺様のギフトはEランクなんだよぉおお!!
一般人とそう変わんないんだよほぉぉおおおおっ!!」
ギフトという超常能力は、その効果や希少性からA~Eのランクが付けられる。
Aが一番強く、Eが一番弱い――厳密には違うのだが、世間ではそう評価されていた。
「え、でもお前、凄い炎出してたじゃん」
「アレは幻だよぉおおおっ!!
触っても熱くないんだよぉおおおっ!!
カツアゲん時の脅しにしか使えねぇんだよぉぉおおおぉぉおおおおおっ!!」」
「あ、そうなんだ」
『流石はEランク。
ちんけな能力ね』
イラっとさせる言葉が通信から入った。
とりあえず無視。
一方で不良は変わらず喚いている。
「だいたい、そんな力があるなら俺様みたいなのを狙うなよぉっ!!
BとかAとか、そういうアンリミテッドを狙えよぉっ!!」
「ば、バカ野郎!
Aランクのアンリミテッドとか、軍が動きかねない案件じゃないか!」
Eランクである不良は手品まがいのことしかできないようだが、Bランク、Aランクともなればそうもいかない。
特にAランクのアンリミテッドが暴れ出した場合、各国の軍による速やかな排除が実行されるという。
「だからって俺の相手なんかすんなぁああっ!!
ただの弱い者いじめじゃねぇかぁっ!!」
「いや、お前カツアゲしてたじゃん。
弱い者いじめしてた奴をいじめてるのであって、これは弱い者いじめではない」
「無茶苦茶な理屈だぁあああっ!!」
「そうか?」
まあ、どうでもいい話である。
一先ずこれだけ泣き叫んでいるのだ、十分に反省は促せただろう。
昌はそう考え、その場を立ち去ろうとする、が――
「あれ、この音――」
『警察が来たみたいだね。
あいつ、結構うるさくしてたから誰かが通報したんじゃないの?』
「うお、やべっ!」
慌てる。
こんな格好で出歩いてるのを警官に見られれば、不審者扱いは確実だ。
『大丈夫よ、ジャスティセイヴァー!』
「そ、そうなのか?
ひょっとして、警察に根回ししてあるとか?」
『ううん、全然!
でも安心して、“警察は正義の味方を取り締まらない”から!
刑事の人が言ってた!!』
「そりゃ劇中設定の話だぁっ!!」
これ以上ここに留まるのは危険だ。
急いで離れなければ――
「――あれ?
何でお前、俺の脚掴んでんの?」
不良が、昌の脚を両手で抱えていた。
唇を震わせながら、彼は話し出す。
「い、いや、俺様、考えたんだけど――」
「考えたんだけど?」
「これであんたが居なくなっちゃったら――この“穴”開けたの、俺様のせいにされるんじゃないのかなー、て」
穴とは、すなわち先程ジャスティ・パンチで作ったクレーターのことである。
昌は少し考えてから、返事をする。
「……かもね」
「やっぱりかぁあああっ!!」
全力で足にしがみ付いてくる不良。
「おいっ! 止めろっ!!
離せっ!! 離せよっ!!
俺はここから逃げなくちゃいけないんだ!!」
「うぉぉおおおおおっ!!
ぜってぇ離さねぇ!!
お前と俺様は一蓮托生だぁっ!!」
「ジャスティ・パンチ食らわせるぞお前!!」
「それは止めてっ!?
でも俺様からは離れないでっ!!」
「何言ってんだ!?」
2人が揉み合っている内に、パトカーのサイレンはすぐ間際に迫ってきた。
そして――
暗い取調室。
昌は年配の刑事と向かい合って、机に座っていた。
「――なあ、お前。
今年で幾つになる?」
「……22です」
「ああ。もう、立派に働いてる奴も多い年齢だ。
そんな歳になった男が――!」
「すいません、すいません、本当に反省してます……」
ただ、ただ、頭を下げるのみ。
――厳重注意だけで解放されたのは、奇跡だった。
頑張れ、ジャスティセイヴァー!
負けるな、ジャスティセイヴァー!
地球の未来は君にかかっている(かもしれない)!!