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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第六章 魔王といにしえの森
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第98話




「おい、邪魔だぜ兄ちゃん!どっから来たのか知らねえけど、邪魔すんな!これはオイラたちの仕事だ」


「あ、あぁ、すまない。邪魔するつもりは」


「いいから下がれっての!エルフの魔法は、そんな鎧なんかブチ抜くぜ」


 突き刺さる声と、小さくも鋭い眼。若さゆえか、小柄な体躯に似合わぬ気迫に、俺は気圧されて後ずさる。犬に似た獣を連れたこの少年たちは、ゴブリン。つまりはオークの子供。だが、その顔に見覚えはない。ミゥの村には居なかった子供たちだ。あそことは別の村の子供か、あるいは。


「(……いや、今はそれよりも)」


 彼女だ。恐らくは、いや、まず間違いなくあの花畑から摘み取ったものであろうグランの花を抱いた彼女、エルフの少女は、どこか困ったような表情を浮かべながら、光を灯した指先でゴブリンたちを牽制しつつちらりと俺を見る。目が合った。


「……」


 ふんわりとした若草色の髪と、蜜の雫をはめ込んだような輝く瞳。同じエルフの血を引くハルやエリザベスのそれと似た、しかしそれよりも長くぴんと尖った耳。若い、というより幼いという印象を受けるあどけない女の子。その背丈など、リリアと同じかそれ以下ではなかろうか。


 何故こんな小さな子が。壁と共に築かれた不可侵の掟を破ってまで、グランの花を。


「き、気をつけたほうがいいよ。鎧のお兄さん。あいつ、お兄さんを見てる。変な魔法を使ってくるかもしれない」


 後ろの方にいたゴブリンの少年にくいと手を引かれ、俺はもう一歩後ろへと下がる。エルフの少女はふいと目を逸らし、その胸に抱いたグランの花をぎゅっと抱きしめた。


「あぁ、ありがとう。それで、君たちは一体」


「ボクらは、壁の見張り番だよ。ボクらの家族はあの壁が出来たときから壁の近くに住んで、誰かが壁を超えないか毎日見張る役目を貰ったんだ。ボクらは、その見習いだよ」

 

「……そうか。なるほど」


 道理で、村では姿を見かけなかったわけだ。村とは別のところに住んでいる者たちか。


「お、お兄さんは、誰?どっから来たの?ガゥたちが吼えないってことは、エルフたちの仲間ってわけじゃないみたいだけど」


「俺は、ギルバート。魔王だ。今は、ミゥの世話になっている。オークの族長だ。知っているだろう?」


「なんだ、ミゥ(ばあ)の客か。道理でガゥたちが見向きもしないわけだ。でも、どうやってここに来たの?この前の大雨で、川がひどく荒れてたはずだけど」


「あぁ、それは――――」


 その瞬間。視界の端にかっと光が瞬いて空気が悲鳴を上げる。ハッとして振り向くと、黒焦げとなったゴブリンの一人が煙を吹いて倒れ込む。いくつもの悲鳴が上がった。


「ゴンタ!おい、しっかりしろ」


「ち、ちくしょう。やりやがったな。てめぇっ!!」


 ゴブリンたちと獣が睨む先。壁を背にして佇む少女はその片手に稲妻の迸る光の矢を握りしめ、逆手に翻して振り被る。ばちりと稲妻が弾けて音を立て、ゴブリンたちと獣が後ずさる。少女は稲妻を纏うその髪を大きく広げ、はあと息を吐く。


「……こないで。それ以上ちかづいたら、うつ。今度のは、もっとびりびりする」


「……っ」


 その言葉に、ゴブリンたちは怖気づく。ガゥと呼ばれた獣は果敢にも牙を剥くも、ばちりと弾ける稲妻の気配を恐れて足を踏み出せない。少女が光の矢を振りかざす度に、少しづつ後ろへと追いやられる。気がつけば、その包囲網は瓦解しつつあった。


 度胸は向こうのが上だ。囲む側が気圧されるようでは、まだまだだな。ゴブリンたちは、命のやり取りをするにはまだ若すぎる。あれでは、逃げられるぞ。


「(もう、見てられん。俺が行くしか――)」


 怖気づいたゴブリンたちの前に出ようとした、その時。先程話していたゴブリンの少年が俺の腕を掴んで首を横に振った。


「だ、駄目だよお兄さん。あいつが持ってる光の矢、あれは『ケルン』だ。女神さまの矢だよ」


「……加護持ちか」


――――ケルン。それは、狩猟の女神たるアーシェラ神がその弓に番える矢の名前。放たれたそれは稲妻と共に天地を穿ち、必ず狙った場所に命中すると言われている雷の矢。かつて強大な竜族のアンデッドがこの地を闊歩した時、天から降り注いだという『裁きの雷』そのものである。


 そんなものを手にするものが居るとすれば、それはアーシェラ神の加護を持つ者。つまりは、生まれながらにして『鷹眼(たかのめ)』の肩書を持つ天性の狩人だ。


「(エルフの未来を担う、小さな英雄か)」


 小さな体に、大きな力を背負う者。今もなおヴァレムシアでその力を振るっているであろうアレクサンダーの顔が脳裏にちらつく。出来ることなら、敵に回したくはない。


「!」


 それまでとは違う少女の動きにハッとする。咄嗟に地を蹴ってゴブリンたちの前に出て両手を広げたその瞬間。少女が地面に叩きつけたそれが閃光となりてその場の全てを吹き飛ばす。いくつもの悲鳴を背に、俺は押し寄せる土くれと煙を振り払う。少女はそびえ立つ壁の棘を踏んでよじ登り、その上に立った。


「くそっ、待てッ!!待ってくれェッ!!」


 俺は駆け寄って声を上げるも、少女は俺を一瞥してそのまま向こうへと飛び降りる。グランの花の青白い輝きが、視界から消える。まずい、まずい。持っていかれた。俺は舌を打ち、すぐさま壁に手をかける。


「だ、駄目だ、兄ちゃん!向こうは、エルフの縄張りだ!」


「行っちゃだめだよ!死んじまうよ」


「知るか!俺はオークでもエルフでもない。あの花が必要なんだ。逃がしてたまるかよ……ッ!」


 絡み合う茨の壁。その太く巨大な棘を掴み、段差に爪先を突っ込み、よじ登る。棘だらけで登りづらいが、これなら登れる。彼女を追える。そうして、ゴブリンたちの声を背に壁の天辺にたどり着き、向こうを覗き込むと同時に、ぎょっとする。咄嗟に俺は口を押さえた。



「……なんだ、こりゃ」



 当たり一面にもうもうと立ち込める、白い霧。白いふわふわとした苔のようなものに覆われ、変わり果てた木々。そこらじゅうに顔を出す毒々しいキノコの群れ。


 そして、壁のほうに手を伸ばすような姿勢で固まった『人形の何か』。


「……」


 白い苔に覆われ、いくつものキノコを背負ったそれは、紛れもなくエルフの女性であった。

 

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