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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第六章 魔王といにしえの森
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第97話




「嘘だと言ってくれよ……エルリム様」


 ない。ない。ない。青白い花、グランの花が、見当たらない。どこにもない。俺は膝をついて花畑をかき分けるも、そこにあるのは赤、白、黄色の花ばかり。青白い花など、一本たりとも生えていない。咲いていない。そんなはずは、と現実から目を背けてみたところで、何も変わらない。どこにも、それらしいものは生えていないのだ。


「……」


 ここに生えていると、確かに聞いたはず。ひときわ目立つ、青白い花。そんなもの、どこにもないじゃないか。一体何故。どうして。答えの出ない疑問が脳裏に渦巻き、目が回る。


「(……駄目だ。慌てるな)」


 落ち着け。そうだ。こんな時こそ、落ち着いて周りをよく見るんだ。


 俺はふうと息を吐いて身を起こし、もう一度周りに目を凝らす。立ち並ぶ木々の合間の、陽の差し込む花畑。小高い丘のようになったその場所に咲き誇る美しい花たち。しかし何度見渡してみても、ミゥの言っていた青白い花、グランの花は生えてない。


「(……どういう、ことだ?)」


 考えられる理由は、二つ。


 まず、今は花が咲く時期ではないという可能性。これは違う。花というものは常に花を咲かせているわけではないが、この森に住まうミゥが「咲いているはず」と言っていたからには、この場所に確かに「咲いていた」のだろう。


 となれば、自ずと可能性はもうひとつに絞られる。


「(先を、越されたか……?)」


 俺が来るよりも早く、恐らくは目的を同じくした何者かが、ここに咲いていたグランの花を根こそぎ摘んでいってしまったとすれば。それならば説明が付く。咲いているはずのものが、咲いていない。今この状況が出来上がる。

 

「(それなら)」


 俺は改めて花畑に膝を付き、今度は花ではなく地面に目を凝らす。ここにどれだけ咲いていたかは知らないが、「摘むのは一輪でよい」というミゥの言葉からして、少なくとも何本かは生えていたはず。それらが全て摘み取られたとなれば……。


「あった」


 咲き誇る花の根本。かき分けたその地面に、落ち葉に紛れた青い花びら。思わずぐっと拳を握る。花畑に青い花が見当たらない以上、これがグランの花びらと見て間違いない。そして花びらが落ちているということは、やはり確かにここに咲いていたということ。何者かが全て摘み取って持ち去ってしまったのではという予想が、確信へと変わった。


「(まだ、乾いてない)」


 拾い上げた花びらを光に透かし、目を細める。まだ瑞々しい。花を持ち去った人物は、まだ近くにいる。


「……」


 花畑からは、いくつかの獣道の入り口が見える。俺が通ってきた道を除くと、道なりに森の奥へと続く道が一つ。別の方向へと向かう道が一つ。さて、どちらへ向かったかな。と、花畑をぐるりと巡って二つの道をそれぞれ見やる。


 どちらの道も水が溜まってぬかるんでいる。ということは、何者かが通れば足跡が付く。


「(……これは)」


 恐らくは、獣が行き来した跡であろう。泥にはくっきりと獣の足跡が残されている。のだが、二つの道の片方にだけ、ヒトと似た足跡がある。俺の手のひらほどの、小さな足跡が森の奥からこの花畑へ、そして再び同じ道を通って森の奥へと続いている。


「(こいつだ)」


 間違いない。こいつが、グランの花を持ち去った張本人。そうと分かれば、ぼうっとしている暇はない。なんとしても追いついて、一輪だけでも分けてもらわねば。


 あの花を、しかも生えていた全てを持ち去るということは、少なからず相手方も切羽詰まった状況なのだろうが、こちらとて譲るわけにはいかない。一輪だけでよいのだ。それ以上はくれてやっても良いが、たった一輪だけは何としても手に入れてみせる。


「(リリア……もう少しだけ、待っていてくれ)」


 俺は手にした花びらをぐっと握りしめ、足跡の続く方へと向かって地を蹴る。幸いにも、獣道はぬかるんでいる。足跡を見失う心配はなさそうだ。足を滑らせぬようにだけ、気をつけなければ。



「!」


 と、ふと聞こえてくる少女の悲鳴と獣の咆哮。木々の合間を往く俺の真横に飛び出してくる黒い影。ハッとして俺を一瞥したそれは、緑色の肌をしたゴブリンの少年。手に棍棒を握ったその少年は俺を見てぎょっとした表情を浮かべるも、すぐに悲鳴がした方へと振り向いて駆けてゆく。


「な、なんだ……?」


 それも一人ではない。二人。三人。藪の中から獣道に次々と飛び出てきては俺を一瞥し、驚いたような顔をしながらも同じ方へと駆けてゆく。


「追い詰めたぞっ!侵入者め!」


「囲め囲め!絶対に逃がすなよ!」


 獣の咆哮と共に、少年たちの声が森に響く。

 少年たちの後を追うようにして木々の合間を駆けてゆくと、やがて、複雑に絡み合った茨の壁が行く手を阻む。その道の突き当りには先程の少年たちと、数匹の獣。そして、淡く光る魔力を身に纏う一人の少女。ぴんと尖った耳を持つ、美しいエルフの少女である。


「……っ」


 少年たちを睨む少女の手には、青く輝く花束が抱かれていた。

 

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