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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第六章 魔王といにしえの森
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第93話





「族長。火の用意が出来ました」


「うむ。ご苦労」


 切り揃えられた木の枝と、いくつかの木の実。轟々と燃え盛る火を囲んだオークの女性たちが数人がかりで祈りを捧げ、聞いたこともない歌を口ずさむ中、族長はその指先に丸めた白い根のようなものを火の中に投げ入れる。火はボウと音を立てて一瞬だけ紫色に変わった。


「……リリア」


 その光景を横目に、俺は隣の寝床に身を横たえるリリアを撫でてやる。と同時に、首筋から痛みが迸る。やれやれ、随分と深くやられたな。これは。


「ギルバート。動いちゃダメ」


「……あぁ」


 傷の手当てをしてくれたハルが手にした布に水を染み込ませ、俺の肩をぎゅっと縛る。傍に腰掛けるケルベロスが弱々しく喉を鳴らし、その巨大な両手いっぱいに木の実を抱えたゴルバがため息をついた、


「ホレ。食え。新鮮なクエの実だ」


「あぁ、ありがとう」


 ゴルバが俺の横に積み上げてゆく木の実。スゥとケルベロスが運んできた骨付きの肉。他のオークたちが運んできた無数の花や新鮮な魚。俺が寝そべる寝床の周りには、ごちそうの山。どれもこれも、この森に溢れる魔力を吸って育った、上質な食材だ。積みあがる木の実のひとつをつまみ、口に放り込めば、たちまち魔力が体に満ちる。


「のう、ギルバートよ」


 木の実をつまみ、族長が俺の隣に腰掛ける。灰色の指がそっと俺の頬を撫でた。


「……族長」


「ミゥと呼べと言ったろう。まったく。妾を抱く前に無駄な体力を使いおってからに。契りは、日を改めた方が良さそうじゃの。ほれ。しっかり食え」


 その指がいくつかの木の実をつまみ、俺の口に押し込む。族長、ミゥは俺が頬張ったそれらを噛み砕き、飲み込んでゆく様を微笑みながら見つめ、やがて俺の頬に跳ねた血を拭ってぺろりと舐めた。


「……ミゥ。リリアは」


「なに、心配はいらぬ。その娘を蝕んだ根は毟ってやった。……お主。その娘に何か、食わせたな?」


 その言葉に、ハッとする。森に踏み込んだ際、この森の魔力を馴染ませるために、俺は水をすくって飲んだが、リリアは違う。確か、そうだ。リリアは足元に生えていたキノコを口にしていたはず。


「……まさか」


「食わせたのじゃな。赤地に白の斑点。間違いないか?」


 色まではよく見てなかったが、恐らく間違いない。俺が頷き、その事実を理解すると同時に、喉が締まる。息が詰まる。まさか、まさか。あぁ、そうか。俺のせいだ。俺がもっとしっかりしていれば。こんなことには。


 一歩間違えれば、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。俺が、俺の無知が、リリアを殺していたかもしれない。そう考えただけで、視界がかすむ。眩暈に意識が揺らぐ。どうしようもない不安が、俺の胸を踏みつぶす。首の傷跡がびりりと痛み、たちまち熱いものがこみあげてくる。ハルが俺の傷に手を添え、ミゥが頬杖をついた。


「……お主は、菌族というものを知っておるか?鋼ではないぞ。最も小さき生物の名だ」


「あぁ、名前、くらいは」


「知っておるか。目にも見えぬほど小さな体を持つ種族……その身を以て他の生物の体内に潜り込み、その血肉を糧とし、様々な病の種となるものたちだ。その姿を見ることは出来ぬが、奴らは妾たちと共にある。その多くは妾たちの助けとなってくれるがな。決して、全てがそうとは限らんのじゃ」


 忌々しげにそう言ったミゥは、穏やかな寝息を立てるリリアを撫でる。


「その娘が口にしたのは、『眠り姫の傘』……この森に時折顔を出す毒茸じゃ。この村でも、何も知らぬ幼き子が誤って口にしてしまうことがあってな。親となるものには、何よりもまずこの茸のことを教えるようにと言い付けておるものよ」


「……眠り姫の、傘……」


「眠り姫、ムシュルム様は、毒と薬を司る魔神。この森に眠る茸の女神じゃ。茸は、菌族が集まることで形作られる巣のようなものでな。悪しき菌が住み着く茸を口にしてしまうと、腹の中から身を蝕まれてしまう。この娘の腹の中にも、まだ残っておるはずじゃ」


「……それじゃあ」


「放っておけば、また根が張ってこの娘を蝕むじゃろうな」


「ど、どうすれば。どうすればいいんだ。頼む、教えてくれ。俺は、俺はどうすれば」


「落ち着け。心配はいらぬと言ったろう。おい、そこの!」


 ミゥが振り返ると、その視線の先に佇むハルの肩がびくりと跳ねる。


「お主、『花』を持っておるな?神樹の花じゃ。出せ。早う!」


「は、はいっ!えぇと、えぇと、こ、これ……」


 ハルが差し出したそれは、つい先ほど俺とリリアが神樹から摘み取った二輪の花。ミゥはそれを見て満足げに頷いたかと思うと、受け取ったそれを二輪ごと握り潰し、共に潰した果実の汁と共にリリアの口に流し込んだ。


「神樹の花には、魔力の働きを抑える力があってな。こうして腹に入れてやれば、菌族の動きも抑えられるはずじゃ。この娘もしばらくは魔力を使えなくなるが、まあ、問題にはならんじゃろ」


「……でも、それじゃあ」


「あぁ、このままでは、菌族を完全に殺すことは出来ぬ。だが奴らを殺すのは簡単じゃ。グランの花さえあれば、な。おい、ゴルバ。干したグランがいくつかあったろう。出してやれ」


「……族長。あのグランは、ついこの前」


 ゴルバの言葉に、ミゥの表情が強張る。その視線が、ケルベロスに突き刺さった。


「……そうか。あぁ、そうじゃったな。ついこの前、その犬も同じものを食ったんじゃ。それで全て使ってしまったんじゃ。あぁ、忘れておった」


 なるほど、そうか。だが、それなら話は早い。


「……その花は、どこに生えている?」


「何じゃと?まさか」


「俺が取りに行く。生えている場所を、教えてくれ」

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