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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第六章 魔王といにしえの森
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第88話




「ここが、ボクの故郷……?」


「あぁ。恐らくは、君の両親が出会った場所。君の両親の生まれ故郷だ。君はこの森を知らないかも知れないが、君の血はこの森を覚えている。君が懐かしいと思うなら、まず間違いない。なんて、言ってる場合じゃなさそうだがな」


 わははと笑って宙ぶらりん。笑っている場合ではない。この状況、どうしたものか。


 俺を掴み上げるそれを引きちぎってやろうにも、鎧がかさばって木の根に手が届かない。空いた足で蹴ってみようにも、この姿勢では力が入らん。鎧が徐々にずり下がってきて身動きも取れなくなりつつある。頑丈な鎧も良し悪しだ。ついでに背負った剣はすっぽ抜けて地面に落ちた。ハルに拾ってもらおうにも、この高さでは届くまい。


「(それ以前に、ぶった切ってやるのはまずいだろう)」


 この木々は意思を持っている。


 俺が今まで見てきた、物言わぬ静かな木々とは違う。剣で傷でも付けようものなら、俺への認識は『よそ者』から『外敵』へと変わる。ここは既に森の中。つまりはエルリム神の化身たる神樹の手のひらの上。下手なことをすれば、文字通り捻り潰される。


 エルリム神を敵に回すのはまずい。何がというと、何もかもがまずい。


 森神エルリムは、万物の創造主たる地母神ユグドラシルの娘にして、木と再生を司る植物の母。かのユグドラシル神が作り上げた土と岩と砂の大地に木々を植え、豊かな緑をもたらした神だ。


 大地に水をもたらしたアクィラ神ら水神三姉妹や、光と闇をもたらしたソラール神、ルナール神と並び、種族に関係なく敬愛すべき神々の一柱である。



「ギルバートさまぁ……苦しいです……」


「リリア。ジタバタしちゃダメだ。力を抜いて、敵意がないことを示すんだ」


 言いつつ、自らも力を抜いて深く息を吐く。

 この古代樹たちも、初めからよそ者を排除するつもりならば今頃俺たちは森の外へと弾き出されているか、土の一部だ。そうではなく未だ吊られたままであるのは、様子を伺っているからだ。


 俺たちがこの森にとって害のある者かどうか、見定めているのだろう。


 あるいは、見慣れない者に挨拶でもしているつもりなのか。単なる興味本位で捕まえてみただけという可能性もある。まさか、捕食するつもりではあるまい。


 しかしいつまでこうしていればいいんだ。この体勢は結構キツいものが――――



「……?」


 ふと、そんな俺の視界にするりと伸びてくる細いツタ。くねくねとうごめくそれは虚空に踊り、俺の眼の前でくるりとねじれたかと思うと、やがてその先端に可愛らしい花を咲かせる。俺がぎょっとして目を見開くと同時に、優しい香りが鼻を掠めた。


「(なんだ、これは)」


 毒の類か?花粉でも浴びせようというのか?いや、違う。そんな雰囲気ではなさそうだが。


「ギルバート!ボクは、どうすればいいの?」


 眼下。もとい見上げた地面から俺を見上げるハルが、背中からすっぽ抜けた俺の剣を抱えて声を上げる。今この状況で自由に動けるのは彼女だけ。彼女を頼るべきなのだろうが、何をさせればいい。彼女は、ハルは何が出来るんだ。


 聞いた話が事実であれば、ハルはオークとエルフの混血。ならば。

 

「ハル!いいか、よく聞いてくれ。これは俺も噂程度にしか知らないんだが、エルフは木々と心を通わして、その庇護のもとに暮らしていると聞いたことがある。オークは、森の獣や虫たちの声を聞くことが出来るらしいんだ。ハル。エルフとオークの血を引く君なら、木々や獣と意思疎通が出来るかもしれない」


 俺の言葉に、ハルはハッとして口を押さえる。


「でも、どうすれば」


「わからん。俺も詳しくない。だが、恐らく出来るはずだ。ぼんやりした指示ですまんが、とにかく何かやってみてくれ」


 自分でもよく分かる。無茶振りである。だが、どうすれば良いのかは俺にも分からない。ハルは少し困ったように目を泳がせながらも、やがて耳付きフードをぎゅっと被り直して小さく頷いた。


「……えっと、えと……こ、こう……?」


 俺を吊り上げた木の幹に向かって両手のひらを向け、目を伏せて力を込めるハル。角度を変え、向きを変え、掛け声なんかも追加して。その幹を撫でてみたり、そっと耳を澄ませてみたり、即興で考えたらしい小躍りを披露してみたり。ハルは色々と何かをやってみるが、しかし何も起こらない。木々は動かない。ハルは少し息を切らしながらも、今度は両手を組んで祈りを捧げ始める。


「……」


 そのまましばしの静寂が流れたが、やはり何も起こらないらしく、ハルはやがてその眼に涙を浮かべて俺を見上げた。


「…………」


「……いや、よく頑張った。俺が悪かった」


 そうこうしているうちに、俺の周りにはいつしか何本ものツタが垂れ下がり、いくつもの花がぽこぽこと咲き誇っている。これは一体なんだ。悪いものでは無さそうだが、意図が分からない。ハッとしてリリアの方へと目を向けると、どこかぐったりとした様子のリリアの周りにも、同じようにいくつもの花が咲いていた。


「…………ごめん、なさい。ボク、役立たずで……」


「いや、そんなことないさ。きっとコツがあるんだ。むしろこれで上手くいったらびっくりだよ。ちょっとまってくれ。今、何か別の方法を――――」


 ふと、その時。木々の合間に大きな影がぬっと現れる。



「うん?」


 ごつごつとした浅黒い肌。筋肉の鎧。がっしりとした太い腕に丸太の棍棒を握り、木々の合間にその巨大な足を踏み出した大男。牙のはみ出たいかつい顔に、鋭い眼がぎらりと光る。



「なに、してんだ?オメら」


  

 ため息を付いたそれはまさしく、勇ましき森の戦士。オークであった。

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