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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第六章 魔王といにしえの森
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第87話




「……っ」


 光が差し込んでもなお、薄暗い森の中。降り立った瞬間、「それ」を肌で感じ取る。


 上空とは比べ物にならないほどの、濃密な魔力の気配。渦巻く木の根に埋め尽くされたその地面に降り立つと同時に押し寄せ、たちまち全身を包み込み、流れ込んでくるその魔力に、全身が悲鳴を上げる。俺は思わずよろめいた。


「ギルバートさまっ!」


「あぁ、すまん……ありがとう」


 駆け寄ってくるリリアの肩を抱いて木の根を踏みしめ、深く息を吐く。なんて濃い空気。まるで、毒の海に飛び込んだようだ。喉が締まる。手足が痺れる。俺は息を切らし、膝をついて咳き込む。


 まずい。これはまずい。魔力が濃すぎる。はやく、馴染ませないと。


「ギルバートさまぁ、げほっ、げほ」


「リリア。リリア。いいか、よく聞け。何か、なんでも良い。この森のものを口に入れろ。この森の魔力を、体に馴染ませるんだ」


 言いながら、俺は兜を脱ぎ去り、木の根の合間に溜まっていた水をすくって口に流し込む。リリアも同様に、近くに生えていた大きなキノコの傘に噛み付く。そうして口に含んだそれ半ば強引に飲み込むと、途端に体の芯が熱くなる。


「はあ、はあ」


 しかし、すぐに体は楽になる。何度か深呼吸を繰り返すと、呼吸の乱れも落ち着いてくる。


「大丈夫か?リリア」


「ふぁい。……うぇ、ひりひりひまふ」


 顔をしかめて長い舌を伸ばすリリアの肩を抱き、一息。すぐにハッとして、彼女らのことを思い出す。


「エミリー!ハル!」


 振り返ると同時に、ぎょっとする。平然とした様子で辺りを見渡しつつエミリーを覗き込むハルと、激しく燃え盛って火花を散らすエミリーの髪。リリアと顔を見合わせて駆け寄ると、エミリーは苦しげに唸りながら顔をしかめている。


 半開きのその口に葉っぱを噛ませてやると、やがてその髪は穏やかに燃え上がり始める。その表情は未だ苦しげではあるが、すぐ楽になるだろう。俺はほっと息を吐いた。


「だ、大丈夫……?なんか、皆苦しそうだった、けど……」


「……あ、あぁ。ハル。君は、なんとも無いのか?」


「うん、平気。何でだろう。なんだか、すごく落ち着く。この森、薄暗くて、ちょっと怖い感じ、だけど……居心地がいいの。気のせいかもだけど、体もちょっと軽い……かも。へへ」


 そう言って、ハルはふにゃっと笑う。


「この森の景色に、見覚えはあるか?」


「……よく、わかんない。けど、懐かしい匂い……変な感じ」


「……そうか。となるとここは、ひょっとして」


 壁のように反り立つ木の幹に背を預け、腕を組む。俺たちの中で唯一、元々この森の魔力に適応した体を持つハル。どこか本能的に感じる居心地の良さ、懐かしい匂い。それが体質によるものだとすると、この森は、まさか。


「ギルバートさまっ!」


 リリアの声に、はっとする。もたれ掛かった木の幹がどくんと脈動したかと思うと、踏みしめた木の根がずるりと蠢いて俺の足に絡みつく。


「っ」


 のたうつ木の根。グンと引っ張られ、視界がぐるりと一回転。頭上に地面がやってくる。身構える暇もなく、俺は虚空に吊り下げられてしまった。


「くそっ……リリア!二人を!」


「は、はいっ!――っ、あう」


 リリアはすぐさま翼を広げるも、逃しはしないとでも言うかのように木の根が絡みつく。その華奢な体に太い木の根がぎちりと食い込み、広げた翼もろとも縛り上げられてしまう。気がつけば地面を埋め尽くすほどの木の根がもぞもぞと蠢き、ハルは蠢く足場に尻もちをつく。


「……?」


 蠢く木の根は俺とエミリーを縛り上げて吊り下げたが、ハルの体には絡みつく気配もない。ハッとしてエミリーのほうへと目を向けると、エミリーの周りにあった木の根は全て引っ込み、その体は湿った土の上に転がされていた。 


「(火を嫌っている……?この木々は、意思を持っているのか?)」


 エミリーの燃え盛る髪は、炎そのものではない。触れれば暖かいが、熱くはない。木や草を燃やすこともないはず。にも関わらず、エミリーの周りだけ木の根が引いている。この木々は、いや、『こいつら』は、エミリーが持つ炎精の力そのものを認識し、恐れているのだ。


 それはそうとして、何故こいつらは、ハルには見向きもしないのか。


 理由は簡単。外の世界から来た俺やリリアを『よそ者』とし、ハルのことはこの地に住まう『仲間』として認識しているからだ。だとすれば、この木々は。この森は。やはり。


「ギルバートさまぁっ!」


「落ち着けリリア!目を凝らせ(・・・・・)!加護だ。加護は見えないか?」


 俺の声に、リリアはハッとして一度目を伏せて深呼吸。再びその眼を開くと同時に、ぎょっとする。


「――――っ、見えます!見えました!地面、地面のずっと下に、大きな、とても大きな加護が!」


「間違いない。この木々は、古代樹。この森そのものが、エルリム神の加護を持つ古代樹の群れ……この大地に根付く『神樹』の一部だ!」


「ってことは、ここって」


 俺を見上げるハルと、視線が交わる。思わず苦しい笑みが溢れた。



「いにしえの森――――君の故郷だ」

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