第79話
俺の背丈を以てしても見上げるほどの大男。古傷だらけの巨体に無数の武器を背負い、巨大な瞳を描いた仮面で顔を隠したその男は、正門で俺たちを出迎えて広場へと案内したあの男。名は確か、ロジャーといったか。
俺の聞いた話が事実であれば、かの魔眼王の息子。
魔族ならば誰もが知っている、祖なるものの血を引く男だ。
――――魔眼王バロール。
はるか古の時代。我らが母上の血肉から生まれた魔族たちの多くが、ただ蠢く肉片であった頃。母上は、子らの中で最も早く個としての自我に目覚めた四体に加護を授けた。いまだか弱き兄弟たちを守り、勇者と戦い、その力を示すのだと。魔族を守る者、魔王としての、使命を与えた。
そうして生まれた『最も古き魔王』の一人。それが、魔眼王バロールである。
バロールは我らが母上のそれと同じ『眼』を持ち、ありとあらゆる存在の記憶や思考を見抜き、遥か地平線の彼方まで見通すことが出来るという。彼はその力を以て、常に変わり続けるこの世界そのものを眺め続けている。そう、まさしく今、この時も。
「……」
図り知れぬ、その力。俺には、その視線を感じ取ることは出来ない。だが彼はきっと、俺のことも見ているのだろう。俺が神々に振り回され、悩む様を。懸命にあがく様を。手出しはせず、助言もせず、ただ眺めているのだろう。あるいは、俺になど興味がないか。可能性としてはそちらのが高そうである。
「何か用かい?雇われさん」
「あぁ」
俺がその顔を見上げてため息をつくと、ロジャーはその仮面の下から煙混じりのため息をつく。
「……お前の鎧を預かっている。あの鎧は、お前のものだろう」
「あ、あぁ……」
思わずぎくりとしてしまう。そういえば、俺が着ていたあの鎧は、この国のお偉いさんの手に渡っていたっけ。だがよりにもよってガーランドの前でそれがバレるのはまずい。あれは、大切な形見だ。それを他の者の手に渡したとなれば、叱られるのもやむなしである。
「……」
ちらりと、隣を見やる。ガーランドはどこか呆れたような表情でため息を付き、腕を組んだ。
「ちょっとギルバート、どういうこと?あの鎧を預けたの?」
「いや……あぁ、そう、そうなんだ。もとの体に戻る手段を思いついた時にな、鎧は一旦預かってもらうことにしたんだ。それで、まだ返してもらってないんだよ」
「……預けた…………?」
ロジャーが首を傾げる。しまった。預かってもらったと言うのは不自然だった。ロジャーは、あの鎧の持ち主が分からないからと言われて、それで持ち主である俺を探していたのだから、他ならぬ俺が鎧を預けたというのは不自然である。つい、咄嗟に口を滑らせてしまった。迂闊であった。俺は言葉を詰まらせ、歯を食いしばる。
「……まぁ、いいか」
ロジャーは頬を掻いてそう呟く。どうやらこの男、あまり深く考えるのが得意な性格ではないらしい。ひとまずは、流してくれて助かった。
「とにかく、すぐ取りに行ってくれ。俺もよく分からねーんだが、姫さんが大変みたいでな」
「何だって?」
「お姫様が?ちょっとギルバートアンタ何したの」
「いや、知らん。俺は、別に何も。なあ、俺はどこに行けばいい?あの鎧は今どこにあるんだ?あの金色の城か?」
「あぁ。ちょっと待て。今クロマ先生に連絡を――――あぁ、もう来たな」
頭上に掛かる影。ハッとして顔を上げると同時に、弧を描いて落ちてくる。その着地の衝撃に、俺は尻もちを付く。遥か頭上から飛んできた巨大な影、もとい、巨大な黒猫の獣人がゆらりと身を起こして長い尻尾を揺らした。
「どっちだ?ロジャー」
「そっちです。先生」
ロジャーが俺を指差すと同時に、俺の体に巻き付く尻尾。ぐんと引っ張られたかと思うと俺の体が宙を舞い、たちまち巨大な肉球が俺を包み込む。気がつけば俺は、もふりとしたその手に握られていた。
「キミがギルバートくんだね?いやあ、待ってたよ。とにかく一緒に来ておくれ」
「っ」
「ギルバート!」
「にゃはは。大丈夫。取って食いやしないよ。ロジャー、あとよろしく」
「はあ」
「ちょ、ちょっと待っ――――」
止める間もなく、凄まじい勢いで全身がグンと引っ張られる。得も言えぬ浮遊感と腹のうちが混ぜられるような不快感と共に、地面が遠ざかる。クロマは並ぶ街灯を踏んでさらに高く跳び上がり、家屋の屋根から屋根へ、ついには大空洞の壁を蹴って空を舞う。遠くに見えた黄金の城も、気がつけばすぐそこであった。
「……っ」
「よっ、ほいっと。あぁ、手荒にしてすまない。下から入るのは面倒でね。いつもこうして登っちゃうんだ」
やがて降り立ったその場所は、黄金の城の最上階。
見るからに細やかな金細工で飾り付けられ、各地に猫をあしらった見事な意匠の施されたその細やかさ、その華やかさにため息をつく暇もなく、その巨大な窓が開け放たれた。
「――ヴァレム様。例の男をお連れしました」
呼ばれたその名に、ぎょっとする。と同時に視界に溢れ返る黄金の輝きと、見覚えのある二つの影。愛らしい黒猫の少女を撫でるその手に、美しい金細工がしゃらりと音を立てる。美しいその人が、ふっと微笑んで俺を見た。
「よく来たね。ギルバート」




