第77話
洞窟を抜けた先は、山をくり抜いたかのような広い空洞。
見上げた遥か天井や壁は透き通る氷に覆われ、雪のブロックで組み上げられた家屋が立ち並ぶ中央には黄金に飾られた居城。一面の白と、透き通る青と、きらめく金。頭上からは絶えずきらきらと光が降り注ぐその光景、俺にとっては二度目となるその景色に、リリアとエミリーが感嘆の声を上げる。雪国の楽園、ヴァレムシアである。
「すごい、すごいわ!お家、可愛い……」
「とっても綺麗ですね。ギルバートさま」
「あぁ」
「この大空洞、もといこの氷山は、かつてこの大地が雪と氷に閉ざされてはいにゃかった頃、我らが偉大にゃる母ヴァレム様が眠っていたところに雪が積もって出来たものですにゃ。やがてこの雪の中でお目覚めににゃったヴァレム様は、あちらに見えます大きにゃ裂け目、このヴァレムシアの正門があるあの場所から、外の世界へと旅立ったと言われておりますにゃ」
「へえ……」
「ささ、どうぞ。あちらの窓口にて、猫札をお受け取りくださいませ」
そうして案内されるがまま氷の階段を下ってゆくと、大通りを見通す窓口に佇む身なりの良い猫の獣人がぴしりと猫背を伸ばして襟を整え、恭しく頭を下げた。
「ヴァレムシアへようこそ。ギルバート様。リリア様。エミリー様。お話は伺っております。只今猫札をご用意致しますゆえ、少々お待ち下さいませ」
そう言って、窓口の猫は肉球のついたその手のひらにインクを塗りつけ、金色を練り込んだ紙にぽんぽんと手形を押してゆく。その様を横目に、俺たちが連れてきた子猫たちがくいと俺の裾を引いた。
「にゃあ。ボクたちはおうちに帰るにゃ」
「送ってくれてありがとにゃあ。おはにゃしいっぱい楽しかったにゃあ」
「ばいばい、にゃ」
「あぁ。元気でな」
スリスリと身を寄せてくる三人それぞれを抱きしめてやり、撫で回す。三人の子猫はリリアとエミリーにも挨拶代わりのハグを求めて擦り寄ってゆく。
「お姉ちゃんたちも、ありがとにゃあ」
「も、もう行っちゃうの?…………ちゃ、ちゃんと立派なオトナになりなさいよ!」
「無事にここまで来れて良かったです。どうか、お元気で。大きくなってくださいね」
三人の子猫はリリアとエミリーとそれぞれハグと頬ずりを交わし、その手を振りながら一足先に大通りを駆けてゆく。大人と呼ぶにはまだちょっぴり小さな、しかしどこか堂々とした自信を背負うその背中を見やり、二人と顔を見合わせる。リリアは満足げに、エミリーは寂しげに微笑んで俺を見上げた。
「にゃっほん。お待たせ致しました。猫札のご用意が出来ました」
その声に、振り返る。窓口の猫はそのふんわりとした丸い顔に笑顔を浮かべ、その手をごしごしと拭いてから三枚の紙をすいと差し出す。
練り込まれた金色がきらりと光るそれには見たこともない術式の文字と肉球の判が押され、それぞれに名前を書く欄がある。それを受け取ると、次いで羽ペンが差し出された。
「では、こちらにお名前をお願い致します」
「あぁ」
促されるままに名前を書き込むと、術式の文字がぼんやりと光って別の形へと変わった。
「はい。ありがとうございます。そちらは『上客猫札』。この国にとって大切にゃお客様である証拠とにゃります。お名前を書いた御本人の手にある時のみ、そうして光り輝く仕組みににゃっております。それを店先で出して頂ければ、おみやげにゃんかは格安で。お食事とご宿泊はタダでご利用頂けますにゃ。つねに見える所に付けておいてくださいませ」
「た、タダ!?すごいじゃない、これ」
「それはありがたい。制限はないのか?」
「特にはございません。が、我が国にはこの立地ゆえか観光客というものは滅多に来ませぬ。お客様への応対について不慣れなところもあるかとは思いますが、その辺りはどうかご勘弁を。では、どうぞごゆっくり」
深々と一礼する窓口の猫。俺たちはそれに礼を返してそれぞれ札を胸元に括り付け、大通りをゆく。
白いブロックで形作られた街中には、もこもことした服に身を包んだ猫たち。ちらちらとこちらを見るそれは、あの時のものとは少し違う好奇の目。道を往く猫の衛兵も、金の札を見るや否や立ち止まって一礼する。なるほど、これはいい気分だ。
「ね、ねえ、ギルバート!これからどうするの?どこに行くの?」
「せっかくですし、観光していきましょう。ギルバートさま」
「あぁ、そうだな……」
見慣れない景色。楽園とすら称される猫の国を見渡してはしゃぐ二人に両脇を挟まれ、俺はため息をつく。
「(……どうするかな)」
このまま二人とのんびり街を見て回るのも良いが、あいつらのことも気がかりだ。エリザベスや、ガーランド、アレクサンダーはどこにいるだろう。それに、まだあの二人とも……。
「……ぁ」
ふと、すれ違ったその姿に、目が止まる。思わず振り返る。
もふりとした髪に、大きな角。雑踏の中に揺れる大きな背負い鞄。ふんわりと、ふっくらとした赤毛の髪と尻尾。怪我一つなく、串焼きの肉を頬張るその二人は、まさしくモニカとベルさんであった。
「きっとまたどこかで会えるさ。ほら、お食べよ」
「ふぁい……」
その声に、遠ざかるその背に、思わず笑みが溢れる。しかし今の俺は、鎧を着ていない。咄嗟に声をかけようとした俺の喉が、詰まる。家族となるもの以外には、肌を見せてはいけないのだと、そういえばそんな嘘を付いていたっけ。
「ちょっと、どうしたのよう」
「ギルバートさま?」
「…………いや、何でもない。行こうか」
俺は肩をすくめ、踵を返した。




