第76話
時折休憩を挟みつつ、どれほどの距離を歩いただろうか。
先程の鳥の他にはこれと行って騒動もなく、リリアやエミリー、子猫たちと他愛もないことを話しながら歩いているうちに、ソラール神の光はより一層遠ざかってしまった。気がつけば辺りはすっかり薄暗く、踏みしめた山道も雪化粧を整えつつある。のだが、足を踏み外す心配はなさそうだ。
「明かりがあるだけで、随分と歩きやすくなるな」
「……あたしは松明じゃないんだけど。ま、まあいいわ。あたしの魔法にはこういう使いみちもあるってワケね!」
「あぁ。助かるよ」
薄暗闇において、めらめらと燃えるエミリーの髪は松明のそれと似た働きをし、よく目立つ上に暖かい。そしてどうやら感情に呼応するらしいその髪は、まるで張り切っているかのように火花を散らして眩い灯りを振りまいてくれている。その炎の輝きたるや、直視すると眩しいくらいだ。
「……その髪。寝る時はどうしているんだ?眩しくないか?」
「まぁ、うん……自分でもちょっと眩しいケド、もう慣れたわ」
そういうものなのだろうか。
それにしてもやはり、ただの松明と違って持ち運ぶ必要がないというのは便利だ。こうして連れ歩けば、焚き火を立てる必要もあるまい。やはり連れてきて正解であった。が、リリアはどこか不満げである。
「ギルバートさま!灯りなんか、なくたって。私、私がいれば……!」
「リリア。もちろんお前も頼りにしてるとも。この暗闇のずっと向こうまで見通せるのはお前だけだ。こうして安心して山道を歩けるのも、お前が暗闇の向こうを見張ってくれているからなんだぞ。お前が居なけりゃ、ソラール神がお見えになるまで足止めを食らっていたさ」
「ギルバートさま……」
身を寄せてくるリリアの肩を抱き、くっと笑う。ひょこひょこと軽やかに岩を飛び越える子猫たちが笑った。
「羽のお姉ちゃんとでっかい兄ちゃん、またスリスリしてるにゃあ」
「仲良しにゃあ」
「はは。まあな」
リリアを抱き上げてその頬を撫でてやると、エミリーは甘い虫を噛んだような表情を浮かべて俺を一瞥する。俺がその視線に気づいて目を向けると、エミリーはさっと目を逸らして煙を吹いた。
「どうした?」
「な、なんでもないわよ!それより、あれ」
エミリーが指差すほうに目を向けると、そこには雪の降り積もる岸壁にぽっかりと口を開けた小さな洞窟と、その入口に寝そべる猫の獣人。風に揺れる松明の灯りに照らされた故郷の気配に、子猫たちが駆けてゆく。
「にゃあ~」
「にゃあ~」
「んが、にゃんだあ?お、おお?お前たち、無事だったのか。よく帰ってきたにゃあ」
「帰ってきちゃったにゃあ」
「ただいまにゃあ」
子猫たちの気配に、跳ね起きて顔を撫でる猫の獣人。しばらく前に旅立ったであろう子供たちと、故郷にてその帰りを待つ大人。久方ぶりの再会に喜んで抱き合う猫たちに少し遅れて追いつくと、門番の猫兵士がはっとして顔を上げた。
「にゃあ、貴方たちがこいつらを送ってきてくれたのですかにゃ。どうもお世話ににゃりましたにゃあ。ありがとうございますですにゃ」
「いや、いいさ。本当なら、自力で帰ってこないといけないんだろう?」
「確かに昔はそう言われてたけど、そんにゃ古いしきたりはどうでもいいですにゃ。帰ってくることが大事にゃんです。実は、外の世界に旅立っていった子供たちは半分以上帰って来にゃい。それが一度に三人も。めでたいにゃあ。これでこいつらは、大人の仲間いりですにゃ」
「にゃあ~ん」
「おとにゃ~」
にゃあにゃあと声を上げる猫たちを横目に安堵の吐息を零しつつ、エミリーが腰に手を当てる。
「ってことは、この洞窟の先がヴァレムシアってワケ?楽園っていうからには、もっと豪勢な入り口を想像してたわ。もっとこう、大きな門とか」
「にゃあ。ここはいくつかある裏門の一つにゃんです。もっと大きくて広くて豪華な入口にゃら、この山の反対側ですにゃ。今は、クロマさまが吹雪の結界を張っててまず見えにゃいでしょうけどにゃあ……」
「ふ、吹雪の結界……」
「貴方たち、向こうから来にゃくてよかったにゃあ。きっとその燃える髪の毛ごと凍ってたにゃ」
あぁ、あれか。俺はその吹雪を知っている。確かに、鎧の身でなければきっと耐えられなかっただろう。となると、俺があの時通った入国ルートは反対側か。道理で、景色に見覚えがないわけだ。
この国の衛兵にはいい思い出がないのだが、この男はあいつらほど性根が腐っている気配はない。単に子供絡みの恩人を相手にしているからかもしれないが、そもそも国の中と外の警備は別のグループか。となると、ひょっとしたら国の中が平和すぎて衛兵としての仕事がないのかもしれない。だからって無実の罪を着せて仕事を作ろうとは、やはり腐っている。思い出したらまた腹が立ってきた。
が、こいつは関係ない。同郷だから、同族だからという理由は、怒りの理由にはならない。八つ当たりは愚か者のすることである。
「……ともかく、貴方たちは子供たちを助けてくれた恩人ですにゃ。ほんのちょっと前にお越しににゃられた『救世主さま』共々、我らネ族は国をあげて歓迎致しますにゃあ」
そんな大層なことをした覚えはないが、まあ、もてなしてくれるというならありがたく雰囲気に身を委ねるとしよう。
「ささ、お入りくださいにゃ。足元、滑りやすくにゃっております。お気をつけて」
「あぁ、ありがとう」
救世主というのは、恐らく彼女のことであろう。俺は導かれるまま、洞窟に足を踏み入れた。




