第68話
「っ」
放り出されたその場所は、黄金に輝く宝物庫。
見るからに屈強な、歴戦と思わしき獣人の兵士がずらりと並んで姿勢を正すその場所には、数えきれないほどの金細工と宝石の装飾品を詰め込んだ宝箱と共に、天井近くにまで積み上げられた金貨の山が山脈のごとく連なっている。目に焼き付くような眩い輝きに溢れたその場所に、俺の体が散らばった。
「姫、おいで。いいものを持ってきたよ」
金貨の山に腰掛け、クロマが俺の頭を拾い上げる。すると、金色の山脈の中から黒い猫が出てきて「んみゃあ」と声を上げた。
二足で歩く獣人ではなく、四肢で歩く獣としての猫。瞳と同じ金の首輪を身につけた、可愛らしい猫である。しなやかな体をぐぐっと伸ばして大きなあくびをこぼし、金貨の山を崩して降りてくるその漆黒の毛並みは美しく、部屋を埋め尽くす黄金の輝きに負けず劣らず見事な色艶を放っている。その姿は、神々の庭園で見たヴァレム神の姿とよく似ている。
やがてその猫は、俺をじっと見つめながらもとてとてとクロマに駆け寄っていく。
「んみゃあ、おー」
「ほら、おいでおいで。ん~、よしよしよし。いい子にしてたかにゃあ?姫?ん~?」
「にゃあん」
駆け寄ってきた黒猫を片手で抱き上げて頬を擦り、甘い声を上げるクロマ。その足元で、白猫の従者が尻尾を揺らした。
「鎧ですか。またケッタイなものを……」
「いいだろう、これ。珍しい鋼を使っているんだよ」
どこか得意げに俺の頭を傾けて笑うクロマの数歩後ろで、侍女服に身を包んだ白猫の獣人がため息をついてヒゲを撫でる。あれは、入り口の辺りで話していた無機質な女だろうか。やはり表情の読めない、どこか冷たい目をした獣人だ。
「少しニオイますが。まさか、難民が着ていたものでは」
「あぁ、そうだろうね。持ち主は今、ロジャーが探してくれているはずさ」
「そんなものを姫様に触れさせるおつもりですか」
「……シャーリィ。お前、最近見回りしてないだろう。兵長のお前が姫の部屋に入り浸っているせいで、トラたちが好き勝手なことをし始めているぞ。難民たちの世話もロジャーに任せきりになってて、手が足りてないんだ。いつまでもこんなところでサボってないで、いい加減に仕事をしたらどうだ?ん?」
クロマの太い尻尾が、シャーリィの頭をぺふぺふと叩く。シャーリィはふいと顔を逸らした。
「……私の仕事は、姫をお守りすることですので」
「それだけじゃあないだろう。部下のしつけもお前の仕事だ。尻尾に火が付いてからじゃ遅いんだぞ」
「……」
「お前たちもだ。こんなところで何をしてる。そんな険しい顔して並んでちゃあ、姫も遊ぶに遊べないだろう。部屋の中より、外を警戒しろ。外を。どうせお前たちは姫の遊び相手にもならないんだから、下の後輩たちに喝でも入れてこい。本当ならお前たちが率先して難民たちの相手をしないといけないんだぞ。上等兵としての自覚が足りてないんじゃないか?」
俺はクロマの指先に転がされ、ぐるぐると回る視界に吐き気を噛み殺す。
「……何故私たちが、難民の相手など」
「何か言ったか?」
「いえ、何も。行きますよお前たち」
やがてシャーリィが踵を返し、壁際にずらりと並んでいた屈強な兵士たちもそれに続いて部屋を後にする。その背を見送ってふふんと得意げに鼻を鳴らすクロマの足元に目を向けると、可愛らしい黒髪の少女がじっと俺の顔を見上げていることに気がついた。
「……」
輝く黄金の中でもなお光を放つ艷やかな美しい黒髪。
細やかな金の刺繍が施された漆黒のドレスに、金の首輪。ぴくりと動く三角の耳に、長くしなやかな尻尾。部屋に溢れるそれと似た黄金の瞳をきらきらと輝かせ、俺を見上げるその表情はまさしく、憧れの存在を目の前にした無垢な子供のそれ。
「……!」
可愛らしい黒髪の少女、姫の姿に一瞬リリアの姿が重なり、胸に何かがぐさりと突き刺さる。空っぽの胸のうちに、心臓がどきりと跳ねた。気がした。
「だれ……?」
小さな口から溢れた、一言。
その言葉の意味を理解すると同時に、ぎょっとする。
「(誰、だと……?)」
貴方は誰かと、そう尋ねたのか。空っぽの鎧である、この俺に対して。貴様は何者かと。そう尋ねたというのか。だとすれば、この子、まさか。気づいているのか。少し首を傾げて俺を見上げるその様に、クロマは笑って指先でその頭を撫でた。
「姫。これが顔に見えるのかい?これはね、鎧っていうんだよ」
「よろい、さん……?」
「にゃはは。そうだね。ヨロイさんだね。外の世界のニンゲンは、こういう鋼の服を着て身を護るんだ。これは頭に被るやつだ。外の世界には雪が降らないから、こんな重い服を着ていても平気なんだよ。そういえば、色がお揃いだね。ほら、触ってごらん」
ため息と共に目を輝かせる姫。その小さな手に、俺の頭がそっと手渡される。可愛らしい顔が俺を覗き込むと同時に嫌な予感が脳裏をよぎる。
「あたま?」
「そうだよ。それは頭を守るためのものなんだ。被ってごらん」
待て。まさかと止める間もなく、俺の頭と姫の頭が重なり合う。同時に、頭の中に俺のものではない何かの記憶が流れ込んで渦を巻く。見飽きた金色の部屋。退屈。退屈。退屈。ただただ過ぎ去ってゆく、つまらない毎日。ざあと音を立てて流れる記憶と感情の渦が、俺の脳裏を埋め尽くす。
「……っ」
やがて、俺の意識は途切れた。




