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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第五章 魔王と猫の国 前編
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第67話




 床に散らばった俺の体は再び箱の中へと放り込まれ、改めて持ち上げられる。

 ひとまずはこれで、罪人として罰せられることはないはず。上手く切り抜けられたとは思うが、一難去ってまた一難。どうやら今度はそれなりの地位を持つ人物の手に渡ってしまったようだ。


「んん。まったく……トラたちめ。ここのところ悪知恵ばかり働かせやがって……よそ者に入れ知恵でもされたかな」


 あくび混じりにぼやきながら、俺を詰めた箱を運ぶ巨大な猫の獣人。


 あの衛兵たちと比べても随分な巨体であったし、それなりの地位に付いているであろう様子から考えるに、こいつがこの国を治めているという『黒猫』か。いや、聞き間違いで無ければ姫と呼ばれる獣人がいるらしい。恐らくは、そっち(・・・)だ。


「(……さて、さて)」


 どうしたものか。この銀世界へ来てからというもの、壁にぶち当たってばかりだ。


 自らをバラバラにすることでただの鎧に成りすます作戦は上手くいったわけだが、ここからどうするかは全く考えていない。そこまで考える余裕はなかった。だが今はある。これからのことはこれから考えれば良いのだ。


 とは言っても、こうして再び箱の中へと詰め込まれ、何処かへと運ばれているこの状況。実際のところ、どうしようもないというのが現実である。


 まず、スキを見て脱出を図る。これは論外だ。

 ヒトの手によって運ばれているのだから、こっそり抜け出すなんてことは出来ない。この鎧は、金属製の全身鎧。何かにぶつかれば、当然音がよく響く。スキを見て箱から脱出することが出来たとしても、音を立てずに立ち去るのは不可能であろう。


 今の俺は、ただの鎧だと思われているのだ。それが突然動き出したとなれば、騒ぎは免れない。再び何者かの手によってこの箱から出されるまでは、大人しくしているべきだろう。


「おや、クロマ先生。お散歩ですか?」


「やあロジャー。ちょうどよかった。またトラたちが難民の荷物に手を出したようでね。ちょっと見てやってくれないか」


「はあ」


 どすんと箱が地面に置かれて蓋が開かれ、先程会った仮面の大男がぬっと中を覗き込んでくる。ロジャーと呼ばれた大男は小さく唸るような声を漏らしながら頭を掻き、大きく辺りを見渡した。


「あー……この鎧、見覚えがありますぜ。確か、ついさっき、四人だか五人だかで結界を抜けてきたよそ者の鎧ですな。ク族でもギ族でもない、よく分からん連中だったはずですが」


「よく分からない連中を街に入れたのか。キミは」


「邪気は無かったもんで。悪しきものではないと思いますがね」


「まあ良い。キミのヒトを見る目は確かだ。キミが悪しきものじゃないというなら、きっとそうなんだろうね。それはそうとして、こいつの持ち主の顔は覚えているか?」


 ロジャーは再び箱の中を覗き込み、その仮面の下から白い息を零す。



「…………いえ。顔は(・・)見えませんでした(・・・・・・・・)ね」



 どこか含みのある声。仮面に描かれた大きな瞳が、じっと俺を見据えているような錯覚に陥る。こいつ、まさか。いや、そんなはずがない。錯覚であると分かっていても、思わずどきりとしてしまう。そんな俺とロジャーの視線を遮るようにして、箱の蓋が閉じられた。


「そうか。分かった。じゃあこいつは私が預かっておくから、もし持ち主が見つかったら連絡しておくれ」


「はあ……」


「こっちの仕事は任せきりになるが、まあ、適当に上手いことやっておいてくれ。それじゃあな。期待しているぞ。魔眼王バロールの息子よ」


 魔族なら誰もが知っているその名が俺の意識を貫くと同時に、俺の全身がぐんと下に引っ張られる。かと思えば箱の中で全身がふわりと浮き上がり、また下に引っ張られる。激しい上下の揺れに意識が揺さぶられ、四肢の感覚がめちゃくちゃに混ざり合う。


「っ」


 この感じ。まさか、跳んでいるのか。

 あの巨体で、まさか家から家へと飛び移っているのか。全身がバラバラになっているだけでも曖昧だというのに、こうも掻き混ぜられてはもはや自らの手足が何処にあるのかすら分からない。目が回る。気分が悪くなりそうだ。


「よっと」


 やがて溢れたその声と同時に、箱の揺れは収まる。箱の中で何度も跳ね回り、転げ回って自らの四肢とぶつかりあった俺の頭は箱の底面でその動きを止めた。


「おかえりなさいませ。クロマ様」


「あぁ、ただいま」


 無機質な女の声。感情の色がまるで聞き取れない、ただの言葉の羅列。その声色に、俺はどこか言葉にし難い不気味さを覚える。


「姫は起きているか?」


「はい。今しがた、お目覚めになられたところでございます。……そちらは?」


「おみやげだ。ちょっと珍しい装備品が手に入ったものでね。姫に見せてやろうと思って」


「なりません。クロマ様。姫様のお部屋に外界の品を持ち込むのはご遠慮くださいと、あれほど言ったはずですが」


「いいじゃないか。硬いこと言うなよ。姫は外の世界に興味津々なお年頃だ。色んなものを見せてあげなきゃ」


「なりません。外界の者が使用する装備など、一体何が付着しているかわかったものではありません。危険です。不潔です。(わたくし)は断固反対致します。もし万が一にでも姫の身に何かあれば、どう責任を取るおつもりですか」

 

「あぁ、もう、うるさいなあ。心配しなくても大丈夫さ。ほら、どいたどいた。おーい姫ー!おみやげを持ってきたぞ」


「クロマ様」



 言い争う声。状況もよく分からぬまま、俺の体は暗闇から解き放たれた。


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