第66話
「おい、俺をどこに連れて行くつもりだ」
「にゃあ。罪人の行くべきところに決まってるだろ。静かにしていろ」
ガタゴトと揺れる箱の中。
ひとすじの光すら差し込まない密閉された暗闇の中で、俺は苛立ちを噛み締めながらあぐらをかく。子供に怪我をさせたよそ者として、罪人の汚名を着せられた俺は両手を鎧ごと拘束され、巨大な木箱の中へと詰め込まれた。そうして今は、どこかへと運ばれている最中のようだ。
「(参ったな)」
箱の外側には何やら奇妙な札が貼られ、小さな文字がびっしりと書かれていた。
あれは恐らく、中に罪人が入っていることを示すものであり、同時に魔力の類を封じる簡易的な封印の術式とみて間違い無さそうだ。
力が失われていることが、自分でも分かる。
内側からこれを壊して脱出するというのは、不可能であろう。
「(……くそ)」
どうして俺が、こんな目に。
俺は元々、獣人たちを救うためにこの地へやってきたのだぞ。それなのに救うべき獣人は救えず、正体も分からぬ怪物にただ翻弄され、ようやく救いの道筋を見つけたかと思えば時既に遅く、ついには謂れのない罪を着せられ、罪人として身柄を拘束された。
やることなすこと、上手くいかない。空回りしてばかりだ。
「(どうして、こうも上手くいかないんだ)」
もやもやと、胸のうちに嫌な気持ちが渦を巻いて膨らむ。やはり俺は無力だ。多くの人々を救うような真似なんて、出来ないのだろうか。神の期待に答えねばと、少し気負いすぎていたのかもしれない。俺はため息を付き、箱の中で身を横たえる。
「……」
さて、どうするかな。
モニカやベルさんはひとまず無事に、この街に来ていることは分かった。この街の衛兵どもがあの様子では安全とも言い難いかもしれないが、少なくとも、命を落としてはいないだろう。無事であるなら、一度顔を合わせておきたかったが、それも難しそうだ。
エリザベスや、ガーランド、アレクサンダーも、面倒なやつに絡まれて無ければ良いのだが。今の俺には、どうすることも出来ない。
それより、今は他人の心配をしている場合じゃない。このままでは本当に罪人として囚われることになってしまう。確かに罪を認めはしたが、この理不尽を認めてはいない。納得など出来るものか。とりあえず、あの小娘の顔は覚えておこう。
しかしどうしたものか。今の俺に何が出来る。
両手は拘束され、周囲の様子も分からず、箱には妙な術が掛けられていて自力では出られそうにない。この程度の拘束なら簡単に外せるだろうが、外してどうなる。何が出来るというのだ。となるとやはり、大人しくしているしかないのだろうか。
やはり、今の俺に出来ることなんて、何も…………。
「(……いや)」
待てよ。ある。あるじゃないか。思いついたぞ。この状況を打破するための秘策。今、この状況で、俺にしか出来ないこと。
「(今の俺は、デュラハンだ)」
そう、俺はデュラハン。彷徨える鎧。肉体なき亡霊騎士である。それをすっかり忘れていた。俺は両手の拘束をねじって引きちぎり、自らの足をもぎ取る。足そのものが体から離れる奇妙な感覚を覚えるが、痛みはない。そして、胴体を離れた足にも、しっかりと感覚はある。意識を集中させれば、体から離れた足を曲げることも出来る。
「……」
やはりか。今の俺の体には、痛覚も何もない。
雪原に投げ出され、バラバラになったときも、全身の感覚はしっかりと残っていた。そしてエリザベスとガーランドに正体を打ち明ける時も、俺は自らの体を自らの意思で取り外すことが出来たじゃないか。
俺はもぎとった足をパーツごとに分けて適当に転がし、もう片方の足、腰回りと順にバラバラにしていき、そして自らの頭たる兜も取り外して足元に置き、あとは感覚を頼りに自らの肩と、片腕をもぎ取って転がす。
どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだ。
今の俺には、肉体なんてものはない。
中身のない、ただの鎧なのだから、そのようにしていればよかったのだ。
「…………」
と、そうこうしているうちに、箱の揺れが止まる。かと思えば猫の鳴き声と共に箱が持ち上げられ、どすんと音を立ててまた大きく揺れる。どうやら、目的地に付いたようだ。
「クロマさま。罪人を捕らえました」
「起きてください。クロマさま」
俺を捕らえた猫たちが声を上げる。すると、大きなあくび混じりの吐息と共に箱が持ち上げられ、ぐるりとひっくり返される。俺の体がバラバラと氷の床に散らばった。
「…………」
転がる俺の頭。ごろりと回る視界に、衛兵たちの何倍も大きな、四肢の先端が白い黒猫の獣人の姿と、ぎょっとして目を見開いたまま凍りつく衛兵たちの顔。眠たげにその目を細める巨大な黒猫が俺の頭をそっと掴み上げ、先端が白い二股の尻尾を大きく揺らした。
「…………なんだ?これは」
ため息混じりの、落ち着いた声。猫の衛兵たちは見るからに狼狽えて互いに顔を見合わせ、しばらく言葉を探したすえに、やがておずおずと巨大な黒猫、クロマを見上げる。
「ざ、ざ……罪人、ですにゃ」
「これがか?」
「こ、子供に怪我を負わせたのです」
「……これが、か?」
じろりと、衛兵たちを睨む金色の眼。衛兵たちは震え上がって縮こまり、やがてその口を閉ざす。クロマが大きなあくびと共にその太い尻尾を払うと、衛兵たちが悲鳴と共に宙を舞う。
「もうよい。下がれ。今日の配給は抜きだ」
「にゃあ~……」
無様にも床を転げ、そのまますごすごと部屋を後にする衛兵たち。クロマはため息をつき、俺の頭を指先で捏ねた。
「…………いい鎧だ。姫にくれてやるとしよう」




