第63話
「おい、本当にこっちで合ってるのか」
「合ってるはずよー!」
白い風が吹き荒れる中。背後で声を張り上げるガーランドの言葉を信じ、俺は轟々と唸りを上げる吹雪に歯向かう。俺を拒絶するかのように吹き付けるそれを全身で受け止めながら、なおも雪を踏みしめる。どっさりと降り積もったそれが踏み出す一歩に伸し掛かり、押し寄せる風が俺の体を押し返す。視界はとうに、白く塗り潰されていた。
「ま、前が……見えねえ……」
兜越しに見える景色は、ただ一面の純白。吹き荒れる白。白。白。
舞い踊る雪が視界を遮り、重なり合って俺の目を塞ぐ。払っても、払っても、次から次へと。上も下も左右もなく、ただただ真っ白な世界がどこまでも広がっているようにすら思える。そんな中、俺はもはや足の感覚だけを頼りに雪を踏む。
「う、ぐ……おぉ、お…………」
前が見えない。何も分からない。足が重い。少しでも気を抜けば、すぐにでも吹き飛ばされてしまいそうだ。しかし、下がることは出来ない。倒れることは許されない。
「頑張ってギルバート!この吹雪さえ抜ければ、楽園はすぐそこよ!」
俺の背を押して支えるガーランドが声を張り上げる。
先頭で風よけを担う俺の背をガーランドが支え、ガーランドの背にはアレクサンダーが、そしてアレクサンダーの背にはエリザベスが連なってその背を押すことで一列を成し、俺たち四人は少しづつではあるが確かに吹雪の中を進んでいた。
「ガーランド、お前、魔導士なんだろ。どうにか出来ないのかよ」
「出来るならとっくにやってるわよ!この吹雪は、アタシなんかがどうにかできるレベルの魔法じゃないのよ。ほら頑張って!もうすぐ抜けられるはずだから」
「本当なんだろうな……」
一歩、一歩。ズブズブと俺の足を飲み込む雪を蹴ってかき分け、吹き付ける吹雪を押しのけて進む。しかしながら、吹雪が弱まる気配もなければ目的地らしきものが見えてくる気配もない。もうそれなりの距離を歩いたはずなのに、視界に映る景色はただどこまでも続く純白のまま。終わりが見えない。本当にこのまま進んで良いものかと思いながらも、新たな一歩を踏み出す。その瞬間、足の裏に硬いものを踏んだ。
「!」
踏みしめたそれは柔らかな雪ではなく、しっかりとした氷の地面。
俺は力強く踏み出したその勢いのまま足を滑らせ、無様にも倒れ込んでしまう。すると俺の背を押していたガーランドもまた倒れ、その背を押していたアレクサンダーも倒れる。エリザベスが俺の背と頭を踏んで前に出た。
「……お、おぉ」
気がつけばそこは、透き通る氷に覆われた巨大な洞窟の中。
あれほど激しく吹いていた吹雪は嘘のように消え失せ、きらきらと輝く光の粒が降り注ぐその場所には、固めた雪と思わしき純白のブロックを積み上げた家が連なり、氷の柱が立ち並んでいる。地形をうまく利用した、美しい街だ。
身を起こして辺りを見渡すと、もこもことした服に身を包んだ猫の獣人たちがあちこちから俺たちを覗き込んでいた。
「見ろ、また変にゃのが来た」
「あんにゃのが、よくここまで来れたにゃあ……」
「臭う。臭うぞ……ニンゲンの臭いだ」
家の屋根や柱の上から俺たちを見下ろし、ひそひそと言葉を連ねる猫たち。やはりというべきか、歓迎してくれる様子はない。しかしこちらに攻撃してくる気配もなく、猫たちは遠巻きに俺たちを眺めるばかり。エリザベスがじろりと猫たちを見上げると、数名の猫は威嚇の声を上げる。歓迎されないであろうことは分かっていたが、問答無用で追い返されないのは運が良かった。
なにせ、地理的にはこちらが圧倒的に不利。アレクサンダーや、ガーランド、エリザベスと一緒とはいえ、地理的不利をひっくり返すのは難しい。もし襲いかかってくるようならば、すぐさま引き返す予定であった。
「(さて)」
何はともあれ、話をしないことには始まらない。ここは友好的に――――
「――――黒が三人。白が一人か」
ぼそりと呟かれたその言葉に、俺たち四人は一斉に振り返る。俺たちの背後、洞窟の外に広がる広大な銀世界を背に佇んでいたそれは、全身を布で覆った大男。見るからに強靭な肉体に布を巻いて肌を隠し、その顔には巨大な瞳を描いた仮面。使い古した弓や斧、槍や剣、いくつもの短剣、ざっと見ただけでも多くの武器を携えたそいつは、その仮面の下から白い煙のような息を吹いた。
「獣人ではなさそうだが……まあ、いいだろう。こっちだ。ついてきな」
仮面の大男はその顎を掻いて首を傾げ、やがてのそりと俺たちの脇を通り抜ける。
「ま、待ってくれ。あんたは」
「俺はただの雇われだ。詳しい話は猫どもから聞いてくれ。お前らも、難民なんだろう?ここのところ、お前らみたいに外から来るやつが多くてな…………ほら、そこだ」
多くの言葉を交わす暇もなく、すぐに男は家々の合間を指し示す。そこは、立ち並ぶ家々の中に設けられた広々とした広場。数え切れぬほどの簡易的な寝床が並び、大勢の獣人たちが身を寄せ合うようにして座り込んでいる。頭に大きな角を持つ獣人たちと、その他に犬の獣人、ク族の女性の姿もある。両手に食事を抱えた少女が俺達の前を横切った。
「お前らはこの広場で大人しくしていてくれ。寝床は空いているところを好きに使え。メシは順番に運ばれてくるから、適当に座って待ってろ。喧嘩はするな」
仮面の大男は覚え書きを読むようにそう告げると、気怠げに踵を返して入口の方へと戻ってゆく。そうして広場に残された俺たちは、それぞれ辺りを見渡した。
「怪我してるひとが、いっぱい……」
「あちこちの里からあいつらに襲われたヒトたちが集まってきてるみたいネ。あの里の人たちも居るわ」
ひとまず追い返されなかったことに安堵の息を吐き、俺は肩をすくめる。やるべきこと、集めるべき情報はいくつもあるが、出来ることからやっていくとしよう。まずはモニカとベルさんの安否を確かめておきたい。
「……とりあえず、俺は知り合いを探すとしよう。お前たちは、どうする?」
「私は、怪我人の手当を手伝うわ」
「ぼ、僕も、何かお手伝い出来ることがないか、探してみます」
「アタシは適当にぶらついてみようかしら。一回ヴァレムシアに来てみたかったのよ」
「それじゃあ、また後で。この広場の中央で待ち合わせとしよう」
俺たちは互いに顔を見合わせ、それぞれ踵を返した。




