第60話
「運べ運べ!もたもたするな!」
「このデカブツ邪魔だよ。どかせ」
「おい、さっさと行けよ!後ろ詰まってんぞ」
飛び交う怒号。耳障りな喧騒に包まれたそこは、鉱山の入り口に面した広場。
大勢の黒服が忙しなく行き交うその広場の中央には獣人たちの死体が山のように積み上げられ、その死体の山を囲むようにして、三体もの歪な化け物がぼうっと佇んでいる。
「(……何事だよ、こりゃあ)」
四本もの腕を持つ、岩のようにごつごつとした筋骨隆々の大男。三つの首を持つ巨大な犬。竜のそれと似た翼に蛇の尻尾を持つ鳥の化け物。どいつもこいつもツギハギだらけの、醜悪な化け物たち。俺が追いかけてきた蜘蛛足の化け物も、雑踏を跨いでそのうちの一体となった。
「おーい!こっちも手伝ってくれよお」
「これどこに置けば良いんだ」
言葉を投げ交わしながら、家屋の残骸から武具や瓦礫を運び出す黒服たち。使い物にならない瓦礫はそこらに投げ捨て、価値のありそうなものだけを上段に運んでいるようだ。
どうやら、下段も上段も完全に制圧されてしまっている。
積み上げられている死体の山を見る限り、ク族の男たちはほぼ全滅と見ていいだろう。しかし女性や子供たちの死体は見えない。ク族の男たちが、その身を呈して女子供を逃がしたのかもしれない。男手の多くが病に倒れ、戦える頭数もそう多くは無かっただろうに。彼らの覚悟を思うと、胸に熱いものがこみ上げる。
モニカや、ベルさんは無事に逃げ延びているだろうか。彼女らの家はここからそう遠くはないが、これだけ大勢の黒服が行き交う中をくぐり抜けるのは困難である。今は、様子を伺うのが精一杯だ。
「(それにしても)」
全く、ひどいことをする。ただでさえ、彼らは病の件で弱り果てていたというのに。ろくに戦う力も残っていないような獣人たちを相手に、あんな化け物を何体も連れてくるなど。あんまりだ。奴らには、心というものがないのか。
「……」
滅ぼさねばなるまい。奴らは、あらゆる種族の敵対者だ。
奴らのしていることは、命に対する冒涜。創造主たる神々に唾を吐くに等しい行為である。到底、許されることではない。
「(……だが)」
神々は、眷属同士のいざこざに手を下すことはない。
生きるために資源を奪い、必要とあらば罪なき命をも踏み潰す。それは人間に限らず、多くの種族が選んだ生き方でもある。奴らのそれは到底褒められたやり方ではないが、それでも奴らは、一線を超えては居ない。
ゆえに、神々は奴らを裁けない。奴らを率いる頭は、その手腕も含めて相当な切れ者であろう。
「(奴らを滅ぼすのは、神々じゃない…………俺だ)」
飛び交う声を背に、拳を握りしめる。
神々と違って、俺たちは感情のままに力を振るうことが出来る。気に入らないものを拒絶し、憎らしい相手をぶん殴ることが出来る。なにせ俺は、魔王である。暴力と混沌を司る邪神の子だ。気に入らないからという理由で、ブチのめすことが許されているのだ。
理屈も何も必要ない。奴らのやり方は、気に入らん。握りしめた拳がみしりと音を立てた。
「(とはいえ)」
この大人数を前に飛び込んでいくわけにはいかない。今の俺は半ば不死身の肉体ではあるが、数は力だ。この人数では、流石に多勢に無勢というものである。あんなやり方をするような連中が、律儀に一人づつ掛かってくるとは思えない。ここで飛び出していくのは愚策である。
ここは一度下がろう。このまま眺めていても、有益な情報は得られ無さそうだ。ひとまず、エリザベスたちと合流して――――
「――――そこまでだァッ!悪党共ォォおおおおッッ!!!」
空気を揺るがすほどの大声。響き渡る轟音と共に、吹き飛ぶ瓦礫。
「ぐわぁっ」
巻き込まれた黒服が地面を跳ねて転がり、その場の空気が張り詰める。
ぐるりと振り返る四体の化け物と、無数の黒服たちが一斉に睨みつけるその視線の先には、分厚い毛皮と古布の防寒具に身を包んだ一人の少年。その身の丈を有に超える氷の塊をぐおんと振り回し、白い息を吐き散らすその顔を見た俺は、はっとする。
「(あの顔……どこかで)」
確かに、見覚えがある。あの顔。あの声。覚えている。あれは、確か……。
「なんだ、お前は」
「今、何をしやがった?」
ク族のものであろう武器を手に、ぞろぞろと少年に歩み寄る黒服たち。少年は深くため息を付いてその氷塊を振り被り、大きく振り回してそれを放った。
「!」
黒服たちの頭上を過ぎ去る、氷塊。ヒトが持ち上げるにはあまりに大きなそれは凄まじい勢いで虚空を貫き、四本腕の巨人に命中する。鈍い轟音と共に氷塊は砕け散って広場に降り注ぎ、岩肌の巨人はよろりと後退って仰向けに倒れ込む。ズンと音を立てて地面が揺れた。
「な――」
一瞬の静寂。絶句した黒服たちは、やがて一斉に悲鳴を上げる。
「う、うわあぁぁぁっ!?」
「な、なんだお前!何なんだ、お前!」
「貴様!何者だ!?」
少年はその拳を握り、振りかぶって地面を殴りつける。文字通り地を揺るがす轟音と共にめくれ上がった岩と土くれが、辺りを取り囲む黒服たちを押しのけた。
「…………この里のお兄さんたちは、僕に優しくしてくれた。遭難して、飛び込んだ洞窟の中で死にかけてた僕を助けてくれた。よそ者の僕に、暖かい服とお肉を分けてくれたんだ。ようやく、ようやく僕の守りたいものを、見つけたのに…………!」
言葉を絞り出した少年は近くに居た黒服の胸ぐらを掴み上げ、瓦礫に叩き付ける。黒服たちが後ずさった。
「……僕が何者かって?ああ、教えてやるよ」
踏み出された一歩に、地面がひび割れる。
「――――僕は、『勇者』アレクサンダー。お前たちの敵さ」




