第57話
「それじゃあ、アンタは」
「あぁ。そうだ。俺は、ヴァレム神から直接依頼を受けてきたんだ。この地で病に苦しむ獣人たちを救ってやってほしい、とな」
用意された円卓に肘を付き、指を絡める。エリザベスとガーランドが顔を見合わせた。
俺は、包み隠さずに全てを話した。
ララ神によって肉体から切り離され、神々の箱庭を経由してこの地に降り立ったこと。霊魂としてこの地を彷徨った末に、この鎧とその持ち主の死体を見つけたこと。この鎧を器としてデュラハンとなった俺が、獣人の里で聞いた話。そこで見た物。俺を襲った、あの銀色の化け物のこと。俺の知る限りの全てを静聴したエリザベスは、やがてため息をつく。
「にわかには信じがたい話ね」
ぽつりとそう言って、美しい髪に指を絡めるエリザベス。ガーランドもどこか驚いたような表情のまま、その眼をぱちくりと瞬かせている。
「そう、ねえ。本当だとしたら、すごい話よ。神サマのお茶会に連れて行かれて?そこで獣人の神サマに気に入られて?水の神サマと一緒にここに来たっていうの?アンタ、一体どれだけの神サマと関わりを持ってるのよ」
「昔から、面倒事の絶えない生活でな。信じられないというのも分かるが……」
「神サマの名前を出しておいて、「作り話だった」は通らないワ。もしアンタがそんな命知らずだとしたら、今頃この城には稲妻が降ってきてるでしょ。ね、エリー?」
「……ふん」
エリザベスはふいと顔を背け、頬杖を付く。ガーランドは爽やかな笑みを浮かべてその手を合わせた。
「それじゃあ、改めて自己紹介しましょっか。アタシはガーランド・マグウェリン。ここからずうっと西の魔導国家ベスティエラ出身の魔導士よん。ほら、エリーも」
「…………エリザベス」
エリザベスはそっぽを向いたまま、ため息混じりに名を名乗る。何やらつんけんとしていて、仲良くはなれなさそうな雰囲気をこれでもかと醸し出している。
「んもう、エリーったら」
「……なに?」
頬を膨らませるガーランドと、嫌気を含んだため息を零すエリザベス。そんな二人の様子を眺めつつ、俺は肩をすくめる。まあ、無理もない。冷たく突き放したくなる気持ちは分かる。今の俺は、彼女にとっては「兄の鎧を勝手に身につけた見ず知らずの男」である。嫌悪感を剥き出しにされたとて、文句は言えない。甘んじて受け入れよう。
「ごめんなさいね、ギルバート。エリーってば、ちょっと恥ずかしがり屋なのよ」
「あ、あぁ。そうなのか……」
じろりと睨まれる。愛想笑いを返すと、エリザベスは再びぷいと顔をそむけてしまう。やれやれ、こいつは手強そうだ。
「(さて)」
どうするか。どうしたものかな。
色々と聞きたいこと、言うべきことはあるが。そうだな。まずはひとつずつ、この場で解消できる疑問を潰していくとしよう。
「……ところで。さっきの、あの化け物は一体なんだ?」
俺がそう尋ねると、エリザベスはぴくりと肩を震わせる。ガーランドは目を伏せてその長い指を絡める。ちらりと床へ向けられたその視線を追うと、小人たちが懸命に床を掃除しているのが見えた。
「……エドね。ええ、知ってるワ」
「知り合い、なのか?」
ガーランドはその眼を細め、虚空を眺める。
「この城はね、どこにも行き場のない『はぐれ』同士で集まって、皆で協力しあって作ったお城なの。混血の雑種とか、半端なワルとか、群れを見失った子供とか、ネ。それなりに賑やかだったの。エドは、そんなアタシたちの仲間のうちの一人。内気で気弱だったけど、とっても優しい男の子だったワ。エリーのことが大好きだったのよ。ねえ、エリー?」
「…………」
「それがどうして、あんな……」
「アタシたちも、詳しいことは分からないワ。でも心当たりはあるの」
「心当たり?何かあったのか?」
ガーランドはこくりと頷き、エリザベスに目配せをする。エリザベスがその指をテーブルに滑らせたかと思うと、小さな氷像が二人、テーブルの上に立ち上がった。
それは、ローブを着込んだ男と、給仕服らしき服を着た侍女と思わしき少女。男の方はこれといって外見的な特徴は見受けられないが、少女の方はその背に骨だけの翼を広げている。エリザベスは頬杖をついてため息を付いた。
「しばらく前、知らない二人組が訪ねてきたの。力を貸して欲しいってネ」
「……力を?」
「ええ、そうよ。アタシはちょうど留守だったんだけど、研究のために皆の血を調べさせて欲しいって言ってたらしいわ。ここじゃ出来ないから、一緒に来てくれってね。協力してくれるなら、お礼に望みのものをくれるってんで、皆ついて行っちゃったらしいのよ。留守番のために残ったエリーとガストールと、その場に居なかった数人以外、全員ね」
「……」
「それからしばらくして、誰も帰ってこなくて皆で心配してたところに、化け物になったエドが帰ってきたワ。色んな生き物をごちゃまぜにしたような、化け物よ。叫びながら、エリーに襲いかかってきたの。あの男が、きっと何かしたのよ。まだ帰ってこない他の皆も、きっと……」
「……そうか」
「ちょうどその場に居なかった子たちとガストールは、連れて行かれた皆を探しに行くって、城を出ていったわ。きっと皆、すぐに連れ帰ってくるからって。自信満々に言ってたくせに……もう、バカなんだから」
ガーランドは目元に浮かんだ涙を指先で拭い、その指を絡める。
「すまない。悪いことを、聞いたな」
「いいのよ。事実だもの。アンタも色々と話してくれたし、情報交換しなくっちゃ」
「……そうか。ありがとう」
ふと、エリザベスが指を鳴らす。テーブルの上の氷像が砕けて消えた。
「……ガーランド。あなた、南のほうにも知り合いが居たでしょ。何か、やるべきことがあるんじゃないかしら」
「え?あぁ、そう、そうねえ。ギルバート、アンタどの辺りから来たの?南の方というと、紫の沼?霧の谷?双子山の方?それとも、ひょっとして大平原の辺りだったりする?」
「あ、あぁ。大平原の辺りだ。その辺りに、魔王の知り合いがいるのか?」
「いるわよ!南と言ったら、有名なのが何人もいるじゃない。沼のハスター、双子山のフローレンス姉妹、そして大平原のヴィヴィアン!皆アタシの友達よ」
「……ヴィヴィアンを知ってるのか」
「ええもちろん。ベスティエラに居た頃、随分とお世話になったのよ。ちょっと待ってて、すぐ連絡を取ってみるわ。エリー、アタシの水晶どこに置いたかしら」
「……地下室の奥にあったはずよ」
「ありがとぉん。取ってくるわ」
ばたばたと、慌ただしく駆けてゆくガーランド。その背を見つめ、俺は口を緩めた。




