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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第五章 魔王と猫の国 前編
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第54話




「そう。死んだの」


 

 ただ、一言。少女はぽつりと、そう言った。

 ガーランドの胸に抱かれた俺の頭を、仲間の遺品を目の当たりにしても眉一つ動かさず、その表情を歪めることもなく、ただつまらなそうにため息を付いて。その手のひらに輝く吐息を泳がせる。やがて、透き通る青色の瞳がじろりと俺を睨みつけた。


「で?」


 何もかもを突き放すような、冷たい声。凍りつくその瞳に、ガーランドが呆れたように声を上げた。


「で?って……アンタねえ!」


「……なに?」


「何じゃないわよ!……エリザベス。アンタの、たった一人の家族でしょうが!」


 俺の頭をその胸に硬く抱きしめ、絞り出すように言葉を紡ぐガーランド。しかしエリザベスと呼ばれた彼女はまるで心動かされる様子もなく、その長く美しい髪をさらりと翻す。ぴんと尖った耳が顔を出した。


「はあ。くだらない…………家族だとか、友達だとか、関係ないでしょう。そんなもの。弱い者が死に、強い者だけが生き残る……それが私たちの運命。魔王の宿命なのよ」


 その言葉に、はっとする。

 魔王だと?ということは、魔族なのか?いや、しかしあの耳は……。


「兄さんは弱かった。ただ、それだけのこと。そうでしょう?ガーランド」


「……だからって、そんな言い方」


「それとも、何?みっともなく泣けばいいの?泣きじゃくって涙を流せば、お兄様は喜んでくれるっていうの?悲しんでいる暇があるなら、もっと他にやるべきことがあるんじゃないかしら」


 落ち着いていて冷ややかでありながら、辺りを斬りつけるような鋭い声。俺は声を上げることも出来ず、ただ視線を泳がせるしか無い。やがてガーランドは肩を落とし、俺の頭を小さなテーブルに置いた。


「……そうね。アンタの言う通りよ。それじゃあアタシは、見回りにでも行ってくるワ」


「……」


「ちゃんと戸締まりはしておきなさいよ?アンタ最近、結界もろくに張り直してないでしょ。いい?ちゃんと張り直しておいてよネ」


 そう言い残してガーランドは踵を返し、玉座の間を後にする。俺の頭を、テーブルに置いたまま。そうして俺は、耐え難い静寂に取り残された。



「……」


 まずい。これはまずいぞ。あの野郎、どうして俺を置いていくんだ。どうせなら連れて行ってくれよ。男の胸に抱かれる趣味はないが、ここに置き去りにされるよりはずっとマシだ。よりにもよってこの雰囲気の中で、あの子と二人きりで過ごせというのか。勘弁してくれ。どうしろというんだ。しんと静まり返る玉座の間で、俺は視線を左右に揺り動かす。


 先程から何やら全身を撫で回されているようなこそばゆさを感じるが、今はそれどころじゃない。胸が苦しい。腹が痛くなってきた。多分気の所為だが、それはそれとして。


「!」


 コツ、コツと、階段を踏む音。はっとして目を向けると、白い手袋に包まれた小さな手が俺をそっと抱き上げた。


「……おにぃ、さま……」


 今にも消え入るような声。慎ましやかでありながらも柔らかなその胸に、俺は顔を埋められてしまう。その肌の温もりは伝わってこずとも、溢れんばかりの感情が流れ込んでくる。張り裂けそうな胸の痛みと、渦巻くように膨れ上がる悲しみ。そして何よりも大きな、寂しさ。


「っ…………ぅ……」


 俺を抱きしめるその腕に、力がこもる。声を殺して涙を堪える少女、エリザベスの胸に身を委ね、俺はただ口を閉ざす。やがて、玉座の間の扉が再び開かれた。



「ムテコチ!ムテコチ!」


「ム~テコチ!」


 わっと溢れ出す、たくさんの声。玉座の間に入ってきたのは、俺の鎧のパーツをそれぞれ抱えた小人たち。先程から感じていた、あの全身を撫でられるような感覚は奴らの仕業か。どうやら、全部掘り出してきてくれたようだ。


 しかしほっと安堵の息を零す間もなく、エリザベスは俺の頭を小人たちに向かってぽいと放り投げる。


「……っ」


 床に顔を打ち付ける衝撃。何度も引っくり返る床と天井。痛みはないが、目が回る。やがて、小人たちが俺の顔をひょこひょこと覗き込んだ。


「はあ……ムテコチ、カチキリ……ケムチト。カウトカコ。イ、ツ」


「ヲキチ!」


「ヲキチ!」


 エリザベスが玉座の隣を指差し、彼らの言語で何か指示らしき言葉を紡ぐと、小人たちは返事らしき言葉を返して俺の頭を抱き上げる。同時に俺の腕や足、体も引っ張られて動かされたかと思うと、バラバラだった全身の感覚が元通りに、つまりはバラバラになる前の状態へと戻ってゆく。


「(組み立てて、いるのか?俺を……いや、この鎧を?)」


 そのまま大人しくじっと身を委ねていると、俺の体はあっという間に人型の形を取り戻していき、気がつけば、あとは寝そべる姿勢で並べられた体に兜を乗せるばかり。そうして抱き上げられた俺の頭が、その首に繋げられようとした、そのとき。


「ンギャッ」


 吐き出すような悲鳴と共に、床を跳ねて転がる小人。俺を囲んでいた小人たちとエリザベスの視線が、入口の方へと向けられる。同じほうへ目を向けた俺は、ぎょっとして息を飲んだ。



 そこに居たのは、どこかヒトと似た、しかしヒトではない何か。


 漆黒の毛に覆われた獣の脚と、指のそれぞれにナイフのような爪を揃えた両腕。悪魔のそれと似た片翼と、竜のそれと似た片翼。まばらな鱗に覆われたその胸には大きな傷がヒクつき、どろどろと血を流している。ひと目見ただけでもチグハグな、少年とも少女とも言えぬツギハギだらけの怪物が、大きく裂けた口を歪めた。



「会いたかったよお。エリザベス」

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