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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第四章 魔王と雪原
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第48話



「さ、どうぞどうぞ。狭いところだけどね」


「どうも」


 促されるまま切り株の椅子に腰掛け、背負った剣を机に立てかける。


 ちらりと周りを一瞥してみれば、見るからに質素な家である。家具らしい家具はほとんど置かれておらず、壁や床に装飾品の類もない。あるのは机と椅子、重ねた数枚の服と、毛皮を重ねた寝床が二つ。調理場と思わしき場所には、いくらかの干し肉が吊るされている。ベルさんはそのうちの一束を手にとって机に置いた。


「今は、これくらいしか出せるものがないねえ。こんなもので良ければ、食べていっておくれ。パンのひとつでもあれば良かったんだけど」


「ありがとうございます。では、ひとつ」


 俺は干し肉の一欠片を受け取ってちぎり、兜の中に押し込んで咀嚼する素振りを見せる。雪と氷に閉ざされたこの地において、干し肉は貴重な食材であろう。見たところ、客に食事を振る舞えるほどの余裕はなさそうだが、それでもこの人は俺にそれを振る舞ってくれた。せめてものお礼にと、貴重な肉を分け与えてくれたのだ。


 受け取るのは少しばかり心苦しいが、その厚意は受け取っておく。


 これで、また一つの恩が生まれた。俺は、受けた恩は必ず返すと決めている。この人のために、獣人たちのために、俺はこの力を振るわねばならない。


「ほら、モニカもお食べ。お腹空いたろう」


「ふぁい……んぐ……」


 噛みごたえ抜群であろうそれに噛み付いてちぎり取る様は、見ていて微笑ましいものがある。今の俺にそれを味わうことは出来ないが、これはありがたく頂いておこう。首周りの隙間にでも挟んでおくか。


「……鎧は、脱がないのかい?」


 その一言に、ぎくりとしてしまう。


「っと、失礼。実は、夫婦となる相手と家族以外には肌を見せてはいけないという掟がありましてね。どうか、お目溢し願いたい」


「あぁ、そういうことなら仕方ないね。山を超えたずうっと向こうにあるっていう、砂原に住む部族だろう?そういう掟は、聞いたことがあるよ。こんなところまでよく来たね。随分な長旅じゃないか。嫁でも探しに来たのかい?」


「えぇ、まあ。そんなところです」


「この里に用があるっていうのは、お嫁さん探しのことだったんですか~?」


「あ、あぁ……そう、なんだ。結構な美人が居ると聞いて、な」


「あはは!この里には毛深い犬しか居ないよ。この子の母親は、綺麗な顔の美人さんだったけどサ。ちょいと来るのが遅かったね。とっくに里を出て行っちまったよ」


「そう、なんですか」


 ちらりと、モニカを一瞥する。干し肉を頬張る柔和な表情が、一瞬だけ寂しそうに曇った。


「……モニカ。奥の部屋を少し片付けてきておくれ」


「んぐ。はぁ~い……」


 モニカは返事と共に干し肉を飲み込み、俺に向かってぺこりと一礼したかと思うとそのまま奥の部屋へと消える。俺は兜を掻いた。


「あの子の母親は、どこからか流れてきた人間の娘でね。里に居たギ族の男がどこからか拾ってきて、随分と惚れ込んじまってサ。そんであの子を産んで……そうさね、ちょうど、この里に妙な病が流行り始めた頃かね。助けを呼んでくると言って里を出たきり、もうずっと帰ってきてないんだよ」


「……その、病というのは」


「あぁ。もう大分前になるが、里の裏手の鉱山で働く里の男たちが次々に倒れちまってね」


 そう言って、ベルさんはため息をつく。


「ひどい咳が止まらなくて、見る見る痩せちまって、もう何人死んじまったか分からないよ。うちの里には、病に詳しいやつも殆ど居なくてね。今まで病が流行ったことなんて無かったから、薬も無いんだ。そりゃもう、ひどい有り様よ。原因もよくわからないまま、今も里の奥で何人も苦しんでるよ」


「それは、それは……」


「他の里から人を呼ぼうにも……ほら、少し前、南のほうで大きな騒ぎがあったろ?それで向こうの方に住んでたゴロンたちがこっちの方に流れてきちまってサ。里の周りをうろついてるんだ」


 そう言われて、はっとする。


「もう何度も里の若い連中が他の里に行こうとしたけど、誰も帰ってきやしない。帰ってくるのは、途中ではぐれて引き返してくるモニカだけサ。あの子は里の中でも荷運びが得意なんだけど、送り出すたびに帰ってこないんじゃないかと気が気じゃなくてね」


「……」


「里の連中も身動きが取れなくなっちまってね。まだ動ける男たちは集会場に集まって、どうするべきかと毎日怒鳴り合ってるんだ。大勢で助けを呼びに行くべきだの、これ以上の犠牲は出せないだの、ってね。年寄りや女子供は家に籠もって、備蓄を分け合ってどうにか食いつないでるよ。里のことを決めるのは、若くて強い男どもの仕事なもんで、あたしたちは口を出すことも出来なくてね」


「そう、ですか……」


 さて、どうしたものかと顎を擦る。

 薬もない。原因も分からない。助けを呼ぼうにも、身動きが取れないと来た。里の雰囲気が悪くなるのも頷ける。ものの見事に八方塞がりだ。参ったな。これはまずいぞ。これといって解決策が思い浮かばない。俺が腕を組むと、ベルさんはそのふっくらとした指を絡めた。


「……旅人さんに話すようなことじゃ、なかったね。忘れておくれ」


「いえ。眼の前で困っている人々を放っておくわけにはいきません。お手伝いさせてください」


「そ、それはありがたいけど……一体どうしようっていうんだい?なにかアテでもあるのかい?」


「そういうわけではありませんが……腕っぷしには自信があります。雪には不慣れではありますが、獣程度なら退けてみせましょう」


 俺が拳を握りしめると、ベルさんはその小さな眼をぱちくりと瞬かせた。



「俺が、助けを呼んできます」

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