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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第四章 魔王と雪原
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第45話



「ハァー……ハァー……」


「……」


 じりじりと、張り詰める空気。

 俺は構えた剣の切っ先で軽く牽制しつつ、様子を伺う。


「……」


 近づけば、切り裂くぞと。この刃は、お前を傷つけるぞと。ちらちらと切っ先を揺らしながら睨みつけることで、相手を威嚇する。そうすることでこいつは、俺のことを危険なものであると認識する。言葉の通じない獣には、こうするのが一番だ。


 なにせ、手に入れたばかりの新しい体だ。出来ることなら、傷つけたくはない。


「ア"ア"ァオォ」


 毛玉はその巨大な両腕でしっかりと雪原を掴み、ずんぐりとしたその体を強張らせる。

 丸みを帯びた体に、身の丈ほどの長く強靭な腕。雪と同じ色をした長い毛に隠れた短い足。こちらを威嚇する凶悪な顔には血に濡れた牙が覗き、雪原に食い込むその爪は鋭く大きい。やはり、見たこともない獣だ。その大きさは、俺が手を伸ばしてもその顔に届かないくらいか。


「……?」


 まじまじとその姿を見つめていると、その毛玉はふかふかとしたその腹に傷を負っていることに気がついた。


「(傷……?)」


 真横に引き裂いたような、横一文字の大きな傷だ。その口から溢れる血のせいで分かりにくいが、かなり深い傷である。出血の様子からして、まだ新しい。だが、あれは俺が与えた傷ではない。となると、こいつは――



「(……何かと、戦っていたのか……?それとも、逃げてきた……?)」


 

 どちらにせよ、こいつは気が立っているようだ。

 傷の痛みと出血で多少なりとも動きは鈍っているだろうが、それでもかなり機敏であった。手負いの獣の底力は侮れない。油断して掛かれば、すぐさま踏み潰される。ここは慎重に――


「!」


 踏み出した足が、雪に隠れた大地の裂け目に引っかかる。思わず膝をついた瞬間、俺と毛玉の間に張り詰めていた空気が破裂した。


「しまっ――――」


「ア"ア"アァァァオ"ッ!!」


 咆哮。跳躍する毛玉。咄嗟に身構える暇もなく、振り下ろされる巨大な拳が俺を叩き潰す。何度も、何度も。ただ、がむしゃらに振り下ろされるその拳に雪原がひび割れ、凹み、全てがめくれ上がる。やがて、その中央に沈む俺の体が鋭い爪に挟まれ、空高く掲げられた。


「ア"ア"ア"ァアアアアアァッッ!!」

 

 俺の体を握りしめ、まるで自らの力を誇示するかのように吼える毛玉。響き渡るその声は、勝鬨といったところか。全く、気が早い。だが、これでひとつはっきりとしたことがある。


「いきがるなよ。(けだもの)が」


 握りしめた剣を翻し、その手のひらに突き刺す。真っ赤な血が噴水のように吹き出した。


「ギャッ!?ア"ァア"」


「っ」


 ぐいんと視界がひっくり返り、俺の体は赤い汚れが飛び散る雪原に勢いよく叩きつけられる。柔らかな白い絨毯に何度か跳ね、俺を受け止めた氷の塊を蹴り砕いて立ち上がる。こびり付いた返り血ごと雪を払って再び剣を構えると、毛玉は自らの手のひらを舐めながら俺を睨みつけた。


「ウ"ゥ"……」


 白い息を吐き散らし、その顔をしかめる毛玉。しかしその表情には、先程までは見られなかった怯えの色が伺える。俺が剣を一振りして一歩を踏み出すと、毛玉は強く吼えて後ずさった。


 怯えているな。俺を恐れている。


「……」


 どうやら、力関係というものを理解したようだな。

 毛玉の一撃は、この鎧を砕くほどではない。それどころか、あれだけ叩かれても傷一つ無い。ただの鎧では無いだろうと思ってはいたが、想像よりずっと頑丈な鎧であるらしい。


 そしてこの剣は、毛玉を傷つけることが出来る。その毛皮を裂き、その肉を切り裂くことが出来る。こいつは、それを理解した。俺と戦っても勝ち目はないということを、本能的に察したのだろう。


「……とっとと失せろ。(けだもの)。逃げるなら、追いはしない」


 剣を構えて振りかざし、今にも斬りかかる素振りを見せる。言葉が通じているとは思えないが、行動で示せば意思は通じる。これも、ある種の威嚇。毛玉はその巨体をびくつかせ、すごすごと後ずさってゆく。


「ア"ア"ァオォ……あー、あおお……ん」


 戦意喪失。効果はてきめん。毛玉はその声をどこか弱々しく震わせ、やがて俺に背を向けて走り出す。



「……」


 逃げたか。賢明な判断だ。俺はため息を付いて剣を鞘に納め、踵を返す。やれやれ、獣と遊んでいる暇などないというのに。それよりあの足跡はどこだ。あの獣がドタバタしたせいで、辺りはめちゃくちゃになっている。これは、振り出しに戻ってしまったかなと、俺が肩を落としたその時。俺は視界の端に何かを捉えた。



「…………?」


 覗き込んだそれは、丸々と膨れた背負い鞄。雪に半分ほど埋もれたそれを掴んで引っ張り上げてみると、もこもことした巻き毛に大きな角を持つ少女が雪の中から顔を出した。



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