第43話
ハッとして、目を覚ます。
兜越しの視界に広がる青空と、しっかりとした全身の重み。すぐさま跳ね起きて覗き込んだ両手には、黄金の紋様が刻まれた漆黒の手甲。全身を包み込む鎧の感触。確かな手応えのある拳を握って胸を叩けば、鈍い音がよく響く。俺は膝に手をついて俯き、ふつふつと湧き出す力に笑みを零した。
「く、くく」
入った。入れたぞ。成功だ。上手くいくかどうかはある種の賭けであったが、やはりヴィヴィアンから聞いた話は事実であった。
――――彷徨える鎧、デュラハン。
それは、死してなお戦いを求める騎士の魂が再び戦場に舞い戻った姿。夜な夜な戦場の跡地に目覚め、飽くなき欲望のままにその剣を振り上げる亡霊騎士。つまりは、死霊が戦場に朽ちた鎧を我が身として立ち上がった不死者の亜種だ。
俺は決して晴れぬ無念を抱いているわけでも、終わらぬ戦を求めているわけでもないが、それでも死霊のたぐいであることに変わりはない。
であれば、あとは地に果てた鎧さえあれば、材料は揃う。条件は全て揃う。デュラハンとして立ち上がることが出来るのではないかと。咄嗟にそう思いついた俺は、雪の中に眠っていた名も知らぬ彼の鎧を、その意思を借りることにしたのだ。
そうして色々試してみた結果、無事にこの鎧を我が身として立ち上がることが出来た。幸いにもこの鎧は元の俺の体格とほぼ変わらない。これなら、いつもどおりの感覚で動くことが出来るだろう。俺は昂ぶる気持ちを抑え、雪の中に横たえた騎士に振り返る。
「……掘り起こしてすまなかった。せめて、安らかに」
胸に手を当てて一礼。掘り返した雪を被せて石を積み、名も知らぬ騎士たちの墓標とする。
「……さて」
俺は突き立てた漆黒の剣を翻して一振り、二振り。その具合に、思わず頬が緩む。やはり良い剣だ。程々に重く、かつ振り回しやすい長さ、それでいて握り心地は抜群。その振り心地たるや、まるで俺の四肢の一部であるかのようにすら思える。
恐らくは、彼と苦楽を共にした名のある剣であろう。この剣と鎧は、いくつもの修羅場を超えてきたのだろうな。そう思うと、益々心が昂ぶってくる。俺は手にしたそれを大きく振りかざした。
「――ッ!」
一閃。振り抜いた刃は雪の壁を二つに割り、その向こうにぽつんと佇んでいた木が雪原に沈む。翻してもう一閃。轟音と共に放たれた斬撃は硬く凍りついた地面を抉り、深い傷跡が生まれる。
「……」
やはりか。この剣、図り知れぬ力を秘めている。
今の二撃、俺はほとんど力を込めずに剣を振った。にも関わらず、放たれた斬撃は木を裂き、地に傷を残すほどの威力。こいつはひょっとしたら、当たり。魔剣の類かもしれない。あまり無闇に振り回すような真似はしないほうが良さそうだ。
俺は鎧の背に括られていた鞘に刃を収め、踵を帰す。
「(ひとまず、器は手に入ったが……)」
さてどうしたものか。多少の身軽さと引き換えに鎧の体を手に入れたはいいが、根本的な問題は何一つ解決していない。結局獣人たちを襲った怪物の正体は分からずじまいで、ヴァレム神の依頼を解決する方法も未だ思いついていない。あまりモタモタしていると、本当にいつまでも帰れないぞ。
しかしながら、目を逸らしてはいけない謎もいくつかある。
まず、あの雪原の下で眠っていた者たち――この鎧の持ち主も、獣人ではなかった。耳の長い人間、というと森の民エルフであろう。
同じ森の民である植物族や妖精族、獣族や、獣人族とも共生関係にあり、それぞれ友好的な関係を結んでいた種族の一つであったはず。狩猟と貞潔を司る魔神、女神アーシェラの血を引く狩猟民族だ。それがどうして重厚な鎧を身に纏い、こんな雪国で息絶えていたのか。考えれば考えるほど、奇妙である。
だが、今の俺にその答えを出すすべはない。答えを出すには、何もかもが足りていない。
「(まずは、獣人の集落に行ってみようか)」
獣人の集落、アクィラ神が示した目的地。亡霊騎士が訪ねていっても怖がらせてしまうだけかもしれないが、幸いにもこの鎧は全身を覆う甲冑だ。肌の露出は無く、しっかりと兜を被っていればデュラハンであるとは気づかれまい。
そう、今の俺は勝手も分からぬ迷い人。道を見失った不幸な旅人。敵意がないことを示せば、迎え入れてくれるやもしれん。
もちろん追い返される可能性がないわけではないが、その時はその時だ。また別の方法を考えるか、あるいは何かに困っているならその解決法を探すのも良い。どうとでもなる。
「……」
いや、病に苦しんでいるということは分かっている。必要なのは薬であろう。
ヴァレム神は「私の力ではどうしようもない」と言っていた。あの御方は富と名誉を司る魔神。つまるところ、金で解決出来る問題ではないということ。
金で解決できないのであれば、必要なのは恐らく力。ヴァレム神の口ぶりからして、俺ならそれを解決することが出来るはず。追い返されたとしても、諦めて引き下がる訳にはいかない。他種族の守護神といえど、神の期待を裏切るわけにはいかない。何より、俺は諦めるという行為そのものが嫌いだ。引き受けた仕事は、しっかりと終わらせねばならない。
…………のだが。
「…………」
ふと、足を止める。
右を見れば、一面の銀世界。
左を見ても、一面の銀世界。
今来た道を振り返っても、やはり一面の銀世界。
その景色に、見覚えはない。見知った道など、あるはずもない。
「……ここ、どこだ…………?」
そこは、しんと静まり返った銀世界。俺はただ、立ち尽くした。




