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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第四章 魔王と雪原
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第41話




「ちっ」


 悲鳴を聞いて、放っておけるわけがないだろう。

 俺はすぐさま身を翻し、青い空に大きく弧を描いて急降下。白く分厚い外套に身を包んだ木々をくぐり抜け、ひときわ大きく立派なその幹の陰にさっと飛び込んで身を隠す。すり抜けてしまわぬように意識を集中し、そっと声の聞こえた方を覗き込むと同時に、俺は顔をしかめた。



「(……遅かったか)」



 踏み荒らされた白銀の絨毯に咲き誇る紅花。しんと静まり返ったその場所に溢れかえる死屍累々。ざっと数えただけでも二十を越えるほどの獣人たちがそこで力尽き、物言わぬ死体となって転がっている。ひどい有様だ。



「……」


 惨状に足を踏み入れ、既に息絶えたそれに歩み寄る。


 鼻先がすんと伸びた精悍な顔つきに、尖った耳。ふわりとした大きな尻尾に、屈強な四肢。犬の獣人だ。恐らく、いや、まず間違いない。あの集落の住民である。


 武器や松明を手にした者はもちろん、薪の束を背負った者、巻いた布の塊を背負った者もいる。これは、野営の準備か。そっちの数人は、干した肉や小魚を括った紐を手にしている。こっちは食料。この荷物の様子から見るに、数日かけて何処かへ向かおうとしていたのだろう。


「……」


 そっと覗き込んでみると、胸に深い刺し傷。そして喉を一裂き。それ以外に目立った傷はない。的確に、かつ迅速に、命を刈り取る鮮やかな手つきだ。幾度となく場数を踏んだ、知性ある狩人によるものだろう。俺は恐る恐る顔を上げ、周囲を見渡す。こいつも。そいつも。皆同じ場所に傷を負って息絶えている。まさか、と、息を吐く。



「(……この人数を、一度にか……?)」


 ちらりと見ただけでも分かる。これは、戦った跡ではない。見るからに、蹂躙された跡である。自慢の脚を以て散開する暇もなく、その強靭な四肢と顎で抵抗する余裕もなく、ただ一息に蹴散らされたのだと。俺はすぐに理解することが出来た。


 空の上からちらりと見えた影。あれの仕業と見て間違いないだろう。


 恐らくは奇襲。これだけの数の獣人を一瞬で殺し、そしてその時の悲鳴を聞きつけた俺が降りてくるその一瞬の間に忽然と姿を消した何者かが、まだ近くにいる。その事実が、俺の霊魂にぞわりと響く。


「……」


 ただ呆然と、立ち尽くす。俺に何をしろと。どうしろというのだ。勝手も分からぬ銀世界にただひとり、鍛えた自慢の肉体すら手放して、得体の知れない何かの力を目の当たりにした。軽く絶望すら覚える。何が出来る?俺に、何が出来る?俺は一体、何をすればいい。俺は、俺は。



「…………リリア」


 思わず、その名を呼ぶ。返事はない。いつも寄り添ってくれていた相棒は、いない。そう思うと途端に胸がざわつく。俺はぼやけた右手をぐっと握りしめ、顔を上げる。


 考えろ。今の俺に、出来ること。俺にしか出来ないことが、きっとあるはず。


「!」


 ハッとする。そうだ。死霊だ。


 今しがた力尽きたのであれば、こいつらの魂はまだここに居るはず。

 まだ肉体を手放していない魂とも、会話が出来るかもしれない。普段なら魔力の濃い場所でしか死霊の姿は見えず、その声も聞こえない。ましてや魂そのものと会話をすることなど不可能である。だが今は違う。


 今の俺は霊魂、もとい死霊そのもの。死霊同士であれば、どこででもお互いの姿が見える。いつでも会話が出来る。死んでしまったこいつらとも、意思疎通が出来るはずなのだ。



「くそ、どこだ?どこにいる?誰か、返事をしてくれ!」


 声を上げながら、血の海を彷徨う。しかし森はしんと静まり返ったまま。血の海をぐるりと一周しても、周囲の木々や岩陰を覗いても、死霊仲間の気配はない。彷徨える魂は何処にも居ない。声も聞こえない。俺は血の海の真ん中で肩を落とした。


 やはりダメか。意思疎通が出来れば、色々と話が出来ると思ったのだがな。そう上手くはいかないらしい。


「(……いや、待て)」


 それなら、こいつらの魂はどこへ行った?

 

 霊魂というものは、死と同時に肉体を捨て去る者ばかりではない。

 執着の深い者は自らの死体を中々手放さず、朽ち果てて骨となるまでその肉体に留まっている者も多い。肉体を手放して死霊になったとしても、やはりしばらくは自らの肉体が気になってしまうもの。いつまでもその周りを、ウロウロとしてしまうはず。


 それがこれだけの人数。それも死んで間もない連中の霊魂が誰一人としてこの場に残っていないなんて、そんなことがありえるのか。


 皆一斉に飛び立ってしまったのか?それならば、上空から飛び込んできた俺はその光景を見ることが出来たはず。だがそれらしきものは見えなかった。そもそも獣人は死霊にならないのか?いや、そんなことはないだろう。こいつらだって、魂を持つ立派な生物のはずだ。

 

 と、いうことは、だ。嫌な予感が脳裏をよぎる。



「(持って行かれた(・・・・・・・)、か……喰われた(・・・・)、か……?)」

 


 その二択。どちらにせよ、こいつらを襲った何者かの足取りは掴んでおかないとまずい。何か手がかりはないか?何でも良い。何か――――



「ぁ」


 っと、思わず声が漏れる。血の染みを抱えた純白の絨毯の中にきらりと光るもの。目を凝らしてみると、どうやらそれは光を反射してぬらぬらと艶めく銀色の雫。よく見れば点々と落ちているそれを視線で追っていくと、小さな足跡が白い森の奥へと続いている。



「…………」


 辿るべきか、否か。そんな迷いを振り切るように、俺は一歩を踏み出した。

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