第33話
「そぉら、よっと」
バラフム神の手によって虚空に円を描き、勢い良く突き立てられる漆黒の槍。かっと弾ける閃光と共に幾重にも魔法陣が重なり合い、槍はその全てを貫いて深々と突き刺さる。
『――――――ッ!!』
思わず耳を塞ぐほどの絶叫。棺の隙間から瘴気が吹き出し、棺が激しく揺れ動くも、バラフム神は動じない。肩をすくめてため息を付き、槍をさらに押し込むと、棺はやがて静かになる。小さな死神の胸、あるいは腹を貫いたであろうその刃がぎらりと光り、吹き出す瘴気を吸い上げた。
「よぉ~し、いい子じゃ。そのままじっとしとれよ」
バラフム神は両手を合わせていくつもの魔法陣を生み、部屋の中心へと動かされた棺を囲むようにして柱と柵を作り出す。そうして最後に指を鳴らすと、ずらりと並べられた燭台に火が灯される。気がつけば、立派な祭壇が出来上がっていた。
青白い炎ではなく、真っ赤に燃える熱い炎。
どこかひやりとしていた部屋は途端に暖かくなった。
「まあ、こんなモンじゃろ。ほれ、立てるか?」
にいっと笑って膝を折り、俺と目線を合わせてくれるバラフム神。差し伸べられたその手を取ると、細身なその腕からは想像もできぬほど強い力でぐいっと体が引かれた。
「っ」
「ヌシ、随分と頑丈じゃの」
バラフム神は俺の肩を叩いてわははと笑い、眠りについた棺を撫でる。ちらりと一瞥したその視線の先には、床を埋め尽くすほどの骨の山。数え切れぬほどの、人間や獣の骨。バラフム神は首を掻いた。
「のう。ヘルよ。久々ではしゃぐ気持ちは分かるがな、こりゃあちっと食い過ぎじゃ。ルナールの闇に身を隠したとて、こんだけ食いやあ居場所も筒抜けよ。まだまだじゃの。そこでしばらくじっとしとれい」
『……』
棺は静かなまま。だが、溢れ出す感情が伝わってくる。寂しさや、悲しさ。耐え難い空腹。そして怒り。いくつかの感情が波のように押し寄せ、俺の脳裏に見知らぬ情景が浮かぶ。
そこは、朽ち果てた廃墟。
俺が今見ているそれと同じ祭壇と、槍が刺さった棺。燭台の火は消え、棺や祭壇には埃が積り、硬く閉ざされた扉は決して開かない。どこまでも暗く、静かなその場所に、微かにすすり泣く声だけが聞こえてくる。はっと我に返ると、バラフム神が笑った。
「そう言うな。ここでなら、ヌシも寂しくはあるまい。話し相手にも困らんじゃろうて。どうやらここには、ヌシの敬虔な信者もおるようじゃしな。心配せずとも、ヌシを置いてここを去ったりはせん。……そうじゃろう?ヌシら」
そう言ってバラフム神は振り返り、部屋の入り口のほうを見やる。俺もそれに続いて同じ方に目を向けると、崩れた壁の残骸から給仕服を着込んだ双子がひょこひょこと顔を出し、身を寄せ合う。
「ピエールさま~。バレてます~」
「ピエールさまー。バレてますー」
その声に呼ばれるようにして、ひび割れたかぼちゃが部屋の中に転がってくる。やがてそれは俺とバラフム神の前で止まり、かぼちゃ頭の紳士へとその姿を変える。ピエールはかぼちゃ頭にその目を光らせ、服の乱れを整えて静かに跪いた。
バラフム神はその頭にぽんと手を載せ、深く息を吐く。
「あの槍を抜いたのはヌシだな?」
「……はい。どのような罰でも、何なりと」
ピエールがそういうと、駆け寄ってきた双子もその両脇に跪く。
「私たちも沢山お手伝いしました~」
「ヘル様をここにお連れしましたー」
「いいえ。全ては私の指示でございます」
「ピエールさま~」
「ピエールさまー」
やがてバラフム神はため息をついた。
「……あー、そうじゃな。ワシらがもう少し動くのが遅ければ、取り返しのつかないことになっていたやもしれぬ。いくら緩んでいたとは言え、神の封印を解くなど。到底許されることではない。ヌシらには罰を与えねばならぬ。覚悟は出来ておるのじゃろうな」
ゆらりと揺らめいて息を吐く、秩序と節制の魔神。バラフム神がその骨兜に目を光らせると、三人は息を呑んで目を伏せる。俺はただ、それを横から眺めていることしか出来ない。
「ヌシらは、死霊か。であれば、肉体が朽ち果てる心配はないな」
ごくりと、俺は唾を飲む。
「よし、決まりじゃ。ヌシらには、罰として永久の労働を命じよう。この地にルナールが訪れるたびにこの祭壇の砂を掃き、この棺と槍を磨けい。毎夜欠かさずこの燭台に赤い火を灯し、死神に祈りを捧げよ。その魂ある限り、この祭壇と共にあれ。良いな?」
「……は、はい!」
「うむ。良い返事じゃ。して、この地は墓地であろう?であれば、この地に運ばれた死体は贄として祭壇に捧げるがいい。此奴の腹も満たされよう」
そういってバラフム神はそれぞれの頭を撫でてやり、うむうむと満足げに笑う。
「今宵よりこの地は、死神ヘルを祀る地だ。不死者たちや、死神信者も山ほど集まってくるじゃろう。其奴らとも上手く協力して、立派な神殿を建ててやるがいい。この地の主にもそう伝えよ。ヘルは……此奴はまだ未熟ではあるが、死を司る神には違いない。丁重に扱うのだぞ」
双子はピエールを挟んで顔を見合わせ、頷きあう。そうこうしているうちに、周りで気を失っていた者たちも意識を取り戻し始める。リリアもまた、その目を擦って身を起こした。
「リリア!」
「ん、ぅ……ギルバート、さま……?」
ぼんやりと俺を見上げる相棒を抱きしめ、頬を寄せる。その温もりに、心の底から安堵の息が溢れる。バラフム神は笑いながら俺の背を叩いた。
「ギルバートといったな。ヌシに頼みたいことがある。聞いてくれるか?」




