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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第三章 魔王と死神の丘
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第32話



「……」


 深い、深い溜め息。二人のものとは根本から違う、荒々しく暴力的な魔力。

 その背から伸びる立派な翼が力強く羽ばたいて砂埃を吹き飛ばし、地につくほど長く艶やかなその髪がさらりと揺らぐ。大きく立派な翼に、黒く美しい髪。その合間に覗く、真紅の瞳。どこか見覚えのあるその面影、その姿に、俺は息を吐く。


「……母上」


 思わず零れ出たその言葉に、彼女は静かに俺を見る。



――――邪神ディアボロス。



 暴力と混沌を司る魔神にして、偉大なる我らが母。平穏と静寂を嫌い、混乱と喧騒を好む暴力の化身。我がままに破壊を振りまき、ありとあらゆる全てを踏み潰す。我ら魔族の生みの親。そのため息に、小さな神々が震え上がる。


「……ディアボロス……どうして、なんで、ここに」


「……」


 母上は舌打ちを吐き捨て、踏み砕いた瓦礫の上から力強く一歩を踏み出す。その爪先から黒い泥が溢れて渦巻き、柔らかな布団の海を、毛布に混ざり込むいくつもの骨を、まとめて飲み込んでゆく。小さな神々が悲鳴を上げた。


「や、やだ!こないで!入ってこないでよぉ」


「どうして、邪魔ばっかり……!」


「うるさい」


 瓦礫の欠片を蹴飛ばし、黒く渦巻く泥の海を勢い良く踏みしめたその足元から、何本もの黒い針が音もなく突き出す。そのうちの数本が俺を抱きしめる彼女――ララ神の胸を刺し貫き、咄嗟に口を閉じた巨大なドクロの顎に突き刺さる。ララ神の嗚咽が俺の意識を掠めた。


「……やだぁ……やめてよ……」


 刺し貫かれたララ神の姿が霧散し、無傷のララ神が布団の海に降り立つ。すぐさま俺に駆け寄ろうとしたその足元に黒い針が突き出し、悲鳴と共に怯んだその小さな体がしなやかな脚に蹴飛ばされる。


「あ、ぅ……う、うぅぅ」


 布団の海に跳ねて転がり、蹲るララ神。母上は振り下ろされる骨の腕を安々と打ち砕いて飛び立ち、低く弧を描いてその無防備な背中を踏みつける。ララ神の体が再び霧散した。


「う、うぅ。うわぁぁぁあああんっ!」


 ララ神はよろめきながらも布団に降り立ち、泣きながら母上に背を向けて駆け出す。歪んで渦巻く壁に大きな扉が生まれ、ララ神を迎え入れて消える。部屋を埋め尽くす布団の海は骨の山と黒い泥の沼に変わった。


「……」


 交わる視線。母上は呆然と座り込む俺の頭をぽんと撫でて俺の横に立ち、羽を広げる。俺は声を上げることも出来ず、その美しい横顔をぼうっと見つめてしまう。まただ。あの時と同じ。俺はまた、この人に守られる。

 

「どうして、邪魔するの」


 ぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめ、母上を睨む小さな死神。母上は深くため息を付き、その美しい髪をさらりと翻す。


「……理由なんか、いらない」


 一歩。母上は黒いドレスの尾を引いて拳を振り被る。巨大なドクロが再びその口を閉じ、迫りくる殺意から死神を守らんとするも、その顎に拳が突き刺さる。堅牢な骨の城に亀裂が入り、ひび割れ、やがて硬く閉ざされたその口がこじ開けられた。


「いいから、出てこいよ」


「ひっ」


 こじ開けられた口の中。震えてぬいぐるみを抱きしめるその手が、掴まれる。その小さな体で抵抗など出来るはずもなく、小さな死神は虚空に放り出された。


「ぁ、う」


 渦巻く黒い泥に叩きつけられ、蹲るヘル神。核を失った巨大なドクロは青白い炎に包まれて消え、母上はヘル神の胸ぐらを掴み上げる。その腕に抱かれたぬいぐるみが黒い泥に落ちた。


「……っ」


「死神は死ぬのか?」


 ぎりりと、その細い首が締め上げられる。理屈も道理もない、ただ純粋な暴力に、小さな死神は涙をにじませる。声にならない嗚咽と微かな吐息が溢れ、その首がねじ切られようとしたその時。ふと、部屋の扉が開かれた。



「そこまでしろとは言うておらぬぞ。ディアボロスよ」


 その声に、振り返る。

 そこに立っていたのは、大きく立派な獣の頭骨を被った男。白い紋様を描いた黒い肌に巨大な毛皮と金の装飾品を身に纏うその姿には、どこか見覚えがある。男はその手に携えた漆黒の槍を杖代わりに一歩を踏み出し、その骨兜に金色の瞳を光らせた。


「離してやれい。全く、引きずり出すだけで良いと言ったろうが。この暴れん坊めが」


「邪魔するな。バラフム。今いいところなんだ」


 バラフムと呼ばれたその男はため息を付き、漆黒の槍で床を付く。母上の足元に魔法陣が浮かんだかと思うと、その両手に手枷が嵌められる。同時に黒い泥に尻餅をついたヘル神の足元にも魔法陣が浮かび上がり、闇から形作られた漆黒の棺がその体を飲み込んだ。


「……おい。聞こえなかったのか?殺すぞ」


「こっちの台詞じゃ。手枷だけじゃ足りぬか?」


 睨み合う二人。しかしその睨み合いにそれ以上の火がつくことはなく、両者はため息を付いて互いに顔を逸らす。バラフム神がちらりと俺を一瞥した。


「なんじゃ。ヌシ、この部屋の中で意識を留めておったのか。大したもんじゃのう」


「……」


 その言葉の意味を半分も理解できぬまま、俺はただ息を吐く。バラフム神がわははと笑って母上の背を叩いた。


「ほれディアボロスよ。ヌシの仕事は終わりじゃ。さっさと帰れい」


「……ふん」


 母上は最後に俺を一瞥し、ふいと顔を逸らして闇に消える。そうして静まり返った部屋の中には、床を埋め尽くす骨と、意識を失ったままの者たち。そしてバラフム神と、物言わぬ棺だけが残された。



「さて、ワシもさっさと仕事を終わらせるとするかの」


 バラフム神はそう呟き、黒い槍を棺に突き立てた。

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