天竜川の戦い
「伊賀・長島の章」の最後になります。
注:時系列的には、
player1の早見様の「出陣」、
player2霧島様の「転生」と「提案」の間、
player4のソルト様の「一度はやりたい八八艦隊」のちょい前辺り?、
その前後って所になりますかねぇ~
戦闘シーン?戦場面? なんですかな?それは・・・w
天文16年(1547年) 4月某日
━━━━平手政秀 齢54【見目年齢55】 山城国 四条大宮屋敷━━━━
ペニシリンの事を調べ、補足も調べていく内に見目年齢が年相応になってしまっていた。
世界初の抗生物質なのは知っておるが、青カビから生成されておったとはなぁ……、問題はどこまでの量を一度に生成できるのか、それと精製用の場所も確保せんと行かんが、こういう時医学の知識が無いのが悔やまれるのぉ~。
あったとしても果たして、そこまでうまく作れるかという問題もある。
精製法や効能等は書にしてまとめた、試行錯誤やっていくしかないか。
まあ、最終的には人体実験状態になるであろうが、古血【鼻欠けとも】を患った者や夜鷹などには「治るかもしれんぞ」とか、「症状が改善するかもしれん」と持ちかけてしていくしかないの。
被検者集めもせんといかんか。
梅雨の時期に差し掛かった頃、毛利の御嬢には手紙を出すことにした。
えぇ~っと、内容は……
「水軍強化はよろしいのですが、勢いに乗って朝鮮とか責めないようにね?だってあそこは歴史的にも旨味の無い場所ですから。『鶏肋』ですので、攻めるとしても『釜山』辺りで止めておいた方が良いと思いますよ。『鶏肋』の意味がわからなかったら、お父さん達やお婿さんに聞きなさいね。」
と、このような文面の物を送ることにした。
追記文として、「うちの殿【信秀の事】にはまだ秘密な計画なのだが……あ、謀叛ではないぞ!向こうの世界【転生前の世界】で言うところの大和級の船を造ろうと考えておるのじゃが、一口計画に乗らぬか?」とも書いておいた。
ローズマリー等のドライハーブも添え、その効能も記しアンチエイジングにどうぞと書いておいた。まだ儂の薬草園ぐらいでしか現状手に入らぬ事もなw
7月に入り寺領持ちの僧達から、
「何故、寺領持ちの我らが社共の下されなければならないのか!」
と、連名の書状が届いた。【下京側に寺町を造った事、特に比叡山延暦寺の僧共から】
返答として、京の四辻角全てに、
「寺領持ちの僧兵共は政に口を出し、公家達の荘園を横領し、今日の社寺から莫大な上納金を得て、禁制の魚・肉・酒を食らい、女子を抱く。さらに武力にて騒乱を巻き起こし、特に叡山は驕奢淫逸に耽っている御仏の住んでいる所であろう。まだその方ら僧と違い、社衆達は己が社にて粛々と、日ノ本の平穏無事を祈っているだけマシというもの。差が付くのは当然のことである」
と、書いた立て札を立てさせていった。
実際は社衆たちも武装はしておったが、寺領連中よりかは未だマシじゃわい。
あ、室町幕府の『花の御所』と呼ばれる『室町第』は、儂ら転生者がこの地に生まれたせいか、未だに一部がボロボロの状態であった。
本来は今出川を挟み相国寺の西側に再建されるはずで有ったのだが、今世では相国寺の南東側、今出川と賀茂川に東西を囲まれた場所に再建する旨となった。
まあ、攻め入ろうとするなら東西は川が堀と為っているので、北側と南側から攻め入る事になる。
まあ、西側には内裏があるので最悪、其方側に逃げれば命ぐらいは助かるだろうが……
もしかしたら御居処堀の外になるかもだろうが、まあ……何とかなるじゃろう。
7月も終わりに近づいた頃、三好家の爆弾男こと、松永弾正久秀殿から「薬草を売ってはくれないか」と、文が届いた。
内容を見ていると、どうも毛利の御嬢に贈った乾燥薬草の効能をどういう伝手か知ったらしく、此方に文を送ってきたようだ。
あの爆弾男、若返って頑張りたいのか?アレもそれなりの歳に入るだろうしそういう事だよな・・・?
売るとしても、ローズマリー以外の物になるじゃろうな。
あ、そうじゃw煎茶に紅茶等も教えて、其の分野の一任者に仕立てるのも良いなw
8月も終わりに近づいた頃、遠江の屋敷の守役をさせている、楷巧より書状がきた。
「来年辺りに今川家が戦準備が整いそうです。」だと……
あれ?たしか佑に葵、子を見せに里帰りしてなかったか?儂も急ぎ馬を走らせて戦準備を整えるか。
名目?妻達と子達を守るためじゃ!信秀様にも文句は言わせんぞ!!
秋の終わり頃、遠江に着いたのだが……、嫁二人に特殊技能の事が、ばれてしまい見た目の年齢が30代になるまで弄らされまくった。
これ周りに説明する時が大変なことになるぞ……嫁二人は満足げに、すっきりした顔しておるけど。
とりあえず、遠京から井伊谷の実家の方に避難させるとして、主戦場が天竜川流域全体と考えておかんと、厳しいことになりそうな予感があった。
そこに上野の国から一人の使者が来たことは、秘事としておこう。
天文17年(1548年) 4月某日
━━━━平手政秀 齢56【見目年齢35】 遠江国 天竜川━━━━
佑と葵に知られたせいで、しばらく面当てと頬当ての両方をつける生活が始まってしまった。
そりゃ~急に若くなった姿を周りに晒すと、妖の類か等と思われてしまうわけで、儂がそのように行動した事もあり、二人もようやく自分のしでかしたことに気がついたようだ。
この数日間、儂は周りに見た目が若返っている事がバレると不味いので、面当てや頬当てを付けて顔を出来るだけ露出しないようにしたからじゃろう。
流石に二人も「やっちまった!」とばかりに後日謝っては来たが……
しかも佑なんぞ戦線でなるであろう天竜川に着いてこようとして、井伊谷に留めるのに時間を食ってしまった。
6月現在、我ら織田軍は天竜川の西1kmに本陣を置き、天竜川西岸に兵を配し今川軍との戦に備えたところであった。
一応、川底なども水量が少ない時期に岩を掠い若干深めになっては居る、堤もその時の岩などで作ったのじゃが、それでも不安は拭えぬ事に代わりは無かった。
そうした中、睨み合いが続いたとある日に西より、ある知らせが舞い込んできた。
「緊急!緊急にございます!」
そう言葉を言いながら、使い番が走ってきた。
「如何致した?」
「松平三河守広忠様、御謀叛!!父である、清康様を三河岡崎城にて殺害し、その後岡崎にでは無く、吉田城に籠城致しました!」
「そ、それは真のことか!何故、この様な時に!!」
と、ふと対岸に陣を引いている今川軍の大将・太原雪斎の顔が脳裏に浮かび対岸を睨んだ。
「くっ!己、雪斎!!吉様に……三郎様【信長の事】に伝えよ。吉田城の松平三河守広忠殿、御謀叛!申し訳御座いませぬが三郎様の初陣は、三河吉田城の攻城攻めに為ります。そう伝えよ!!」
「承りました!」
こうして、後の世で語られる『天竜川の戦い』の初戦が開始されたのであった。
【戦場場面は割愛させて下さい。そういう書き方があってもいいじゃないw】
結果としては、双方かなりの痛手を受けたと言うこと。
吉田城に籠城した松平広忠殿は籠城戦の末、三郎様に討たれ討ち死に……
吉良三河守護義尭様とその一族も吉田城内で討たれたそうだ。
保険として五郎左と権六を傍に付けておいて良かったわい。
今川軍の大将であった太原雪斎の最後は、儂と一騎打ちをする形になり、何合か打ち合った末、辛くも其の首を取るに至ったが、儂の方も左足の膝から下を獲られる形になってしまった。
兵も1~2年は出兵出来ないほどの痛手を喰らうことになった。
暫くは国力の回復に努力しなければ行けなくなるぐらいには……
義足……作ってみるか。
おぉ~、忘れておった。
信秀様の御正室『土田御前』様が、女子をお産みになられた。
時代年数から考えるに、『戦国一の薄幸女子』『お市の方』様が御生まれになったのであろうな。
お土産に京の反物や櫛など持って行くか。
史実では、浅井家に嫁いだけど、今世ではどうなることやら……?
あれ?確か前田利家の正室『松の方』や秀吉の正室『寧々』も同じ頃ぐらいに産まれたのでは無かったか?
調べた上で、一緒に育てさせるか。
」
これにて「伊賀・長島の章」は終了という形です。
一応次の章としては、「美濃・近江の章」と考えております。
出だしの話としては少し時間が戻ります。
時間を少し遡り・・・
天文12年(1543年) 10月某日~天文13年(1544年) 3月某日 のどこかw
って出だしですw
だって千代女さん出さんと、繋がりがおかしな事になるし、
早見様の所での、
『美濃東部は織田家が抑えているから大丈夫だぞ。平手民部大輔政秀』
伏線回収の意味合いもありますので、東美濃がどんな状態なのか書いておかないとね……ね!
ただし政秀さん【作者である私w】、実はちょっとしたポカをする形になります。
それはまあ、お話が出来たらという事でw




