京の都にて・・・
あ、殿上等はしておりません。
妖か・・・お偉いさん方の小言聞きたくないの一心で清水寺ですw
幕府の代わりに京の采配をとっているといった感じになります。
資金があるって良い事ですよね~
天文12年(1543年) 10月某日
━━━━平手政秀 齢51 山城国 京の都 清水寺━━━━
それにしても、とんでもない雨風が吹いておったの~?野分【台風】でも来とったのか?
そして来たくなかった京の都……だがそれでもやるしかないんだよな~、大殿からの指示だもの!!
いやぁ~、清水寺から見える範囲でも相当荒廃しているのが分かるな。
まずは焼け落ちてる建物等を全部更地にして、新しい建物を建てていくという形になるな。
内裏や大内裏周りをまずは重点的に再建築するとして、北は一条大路から南は二条大路、東は鴨川から西は堀川までと区分して……そこの再建築が終わったら、二条大路から九条大路まで再建築だな。
寺社連中も此れを期に「わたくし共の寺社もお願いします!」とか行ってきそうだが、そんなものは後回しだ!
「寺社の再建して欲しけりゃ、溜め込んでる金銭出しやがれ!」としか言えんな。
あぁ~……、内裏の北側に御所も建築しておかないとな……皇位継承や大嘗祭とかも資金出して……って、そういったのは内裏周りがほぼ完全再建できてからの方が良さそうだな。
もしもの為に、御所の横に薬草園を併設するか?東側に建てて、水は鴨川から引くのが良いかもな。
山科の地に、緊急避難所?を用意するのも良いかもしれん。
大規模な工事を行うとして、夫役の回数を分けて5年計画ぐらいで進めていくか。日当に三食もあった方が・・・いや二食でも構わんか。
山科から南近江の大津に抜ける形で水路を作る。
その水路の出入り口を淡海と山科川に繋げば近江国内の洪水も減るし、織田家が近江を勝ち取った際、統治しやすくなるからなw
一応、後奈良天皇にそれらの許可貰えるよう、義父上に頼んでおくか。
よし残りは、公家衆の連中に此れ【論語の一節】を文として送っておくか。
『子曰く、故きを温ねて新しきを知らば、以って師為るべし。』
【 訳:過去の事を考え究め、それを取捨し、選択した物を元にして、現在及び未来を考える、そうした考え方をする人は他の模範となり得る人である。】
【伝統ばかりにこだわりすぎると頑固に過ぎる。過去を否定し、新しいことばかりにこだわると、時流に流される。】
訳文も添えておいたから十分伝わるじゃろう~。
後もう一文加えるか……『古きを守り、古きを捨て、新しきを作る』っと。
【古き伝統を守り、古き凝り固まった考えを捨て、新しき文化創造を作る。】
でなければ、外敵【南蛮諸国】に侵略され敗れますよ……っと。
「楷巧、玉蘭、鬼灯、この書いた文章を文と立札にして、若手衆の村井貞勝と明智十兵衛にも手伝ってもらえ。あぁ~一応でいいんじゃが、小煩い幕府にも同じ文を投げ込んでおいてくれ。何かと献金の無心をしてくるんでな。」
滅びかけの幕府に、金子を使うぐらいなら京の復興に使ったほうがマシじゃわい。
幕府内の権力争いなんぞ『黒光りした〇』ですら食わんわい!
ただ、今は早く帰りたい……、二人が佑と葵が心配で早く帰りたい……。
何故、儂は京の都にいるんじゃ~!?【だから、信秀様からの命令だからですw】
何って、国元から連絡があったのだ……、ファーストアタックでクリティカルヒット!?
儂の現在の二人の室である井伊佑【直虎】と山科葵との初夜で……まさかの必中するとは思わんじゃろい!?まあ、その後も何度かはしておるが、時期を考えると……な…… (*ノωノ)ポッ
誰ぞ!誰ぞある!馬じゃ、馬を引けい!尾張に尾張に行かなくてはならんのじゃ~!!
何故止める!?仕事が終わってない?我慢してくれ?嫌じゃぁ~!!二人に会いに行くんじゃァ~!!
何?二人から文を預かっている?それをはよ言わんか~w
えぇっと葵からは、意訳すると「政務、お疲れ様です。お腹の子は無事すくすくと成長しております。京での政務を終わらせたら5人でゆっくり過ごしましょうね。」
うんうん、ゆっくり過ごそうなぁ~。
次は佑からのじゃな、何々「京でのお勤めご苦労様。早く終わらせて私達の処に早く帰ってきてくれよ。追記、あと2~3人は子が欲しいから、頑張ろうね。」
儂……身体持つのか?
二人が待っておる!なんとしても終わらせねば!!
そうじゃ、京土産は何がいいじゃろうの~w
葵には『反物』と『簪』でも買っていくとして、佑には何がいいじゃろう?未だに弓や太刀の鍛錬しておるぐらいじゃからな。
太刀なら『長谷部国重』や、『粟田口国綱』……いや、『備前包平』も捨てがたいな。
それらが無理なら『備前光忠』ぐらいは手に入れんとな。
そして、京での政務が終了し尾張に戻れた際、二人に京土産を渡してしばらく……、
「ま、待て!?薙刀振り回すのはアカン!お腹の子に触るぞ!?」
「言いたい言葉はそれだけ?私への京土産が薙刀ってどういう事よ!」
京土産の『粟田口吉光』の薙刀を持って、政秀を追い掛け回す佑の姿が見られたそうだ。
「私だって、御洒落ぐらいはしたいわよ・・・」と、小さな声でボヤくのであった。
当時の淡海【琵琶湖】は、よく洪水起こしていたらしいので、
その逃げ道を別に作ることで被害を軽減しようと言う考えです。
まあ、宇治をちょっと過ぎたあたりで合流するんですけどねw
「権力争いなんぞ『黒光りした〇』ですら食わん・・・」はそのままの意味ですw
京土産の所に書かれた物の振りはこうなります。
『長谷部国重』→『圧切り長谷部』
『粟田口国綱』→『鬼丸国綱』
『備前包平』→『大包平』
『備前光忠』→『燭台切光忠』
『粟田口吉光』の薙刀→『鯰尾藤四郎』となります。
佑さんも、女子らしい部分もあるということですw




