尾張名古屋学校にて……
本日ギリギリwでの2つ目の投稿?になりますw
後書きに武器の説明有りです。
天文11年【1542年】4月某日
━━━━平手政秀 齢49 尾張国 名古屋 名古屋学校━━━━
~ある教室での授業~
「この様にして美濃斎藤家の道三殿を通し、土岐家に働きかけて貰い、表立って木曽三川の治水が出来るようになり、灌漑整備が進み米や小麦等の生産量が飛躍的に上がったのです。」
「この働きかけにより、斎藤家の美濃内での支持率は上がっているみたいです。できる限り穏便に『国盗り』が進めば、織田家としても良い結果になるのですがね。」
~隣の教室では~
「薬草園の方でも、様々な組み合わせによる新たな生薬も生まれ、織田領内だけでなく近隣の目端の利く商人達の手により、織田領産の生薬で病による死亡者も減ってきているとの事です。京の典薬衆も協力してくれて居るので、畿内からも病死者は減っているそうだ。それでも退治できん病巣があるのは悔しいことだ。」
「京の公家達からは、『京の近隣にも薬草園を……』と話が来ているらしいですが、あそこは織田家領では無いので当分先の話になるでしょう。」
~別の教室では~
政秀が、信長を含めた年近い武家等の上位成績者達に現在の軍備状態の授業をしていた。
「軍備の方では、かなりの金子を使うことになってしまったが、明より取り寄せることの出来た仏郎機炮の飛距離をいかに伸ばせるかの実験を行い、その際に砲身内に螺旋を刻み入れる事で、飛距離が向上したと言う報告も上がっておる。さらに後部に射角軸なる物を付けた事で、さらに飛距離を伸ばせるに至ったと言う、報告も最近上がっている。一定の成果と検証が終われば量産化もされるだろう。」
「問題としては、『母砲』と『子砲』の噛み合わせに、硝石等の火薬の材料が……」
と答えた所で、けたたましい音と共に唐突に、
天の声《system message system message》
子供達の授業している時に頭の中で鳴りだした。
思わず体をビクりとさせてしまい
「爺!何事じゃ!?」と、信長様が言うので、
左手を立て、手の平を見せ「待て」の仕草を出し、
右手の人差し指を立て、口に近づけ「静かに」の仕草を咄嗟にだが行った。
天の声《system message》
《転生者の魂魄を三つ確認致しました。
甲斐国に一つ、土佐国に一つ、安芸国に一つ確認致しました。》
《甲斐国■■■■ 土佐国■■■■■■ 安芸国■■■と、なります。》
それを聞いた時、思わず「儂以外にも居たのか」と言う驚きと、「他にも転生仲間が居てくれたのか」と言う安堵が重なった表情をし、東と西に顔を数度向けるのであった。
天の声《system message》
《開放条件:該当する転生者の国に入国すれば、姓名欄が開示されます。》
《system message は以上です。》
と、唐突に《system message》は終わった。
「これは、西へ東へと忙しくなりそうじゃな……」
と、おもわず小声で呟くのだった。
「爺、大丈夫か?何か合ったのか?」と聞いてくる信長様。
「大丈夫じゃ吉様。またしばらく出かけねばならない要件が出来たみたいでしてな。東に一つ、西に二つと言った所ですかな。」
と、怪訝そうに見る信長様が……
「爺はわしの傅役なのにいつも出かけてばかりじゃな……」
「儂の居ない間は好き勝手して暴れ回れますが……?」
「ふん、その分後が大変なことになりそうじゃから止めじゃ!それよりも爺!以前、見せてくれた『地球儀』なる物が欲しい!それで大人しくしていようぞw」
まさか、『地球儀』だけで大人しくなるとは思えんが……釘は挿しておくか。
「幾つか造った『地球儀』の中には『京への献上品』も有るので、物はこちらで選びますぞ?」
「チッ……『螺鈿細工の地球儀』はさすがに無理か。」
「ん?それなら信秀様の所にもあるぞ?後、儂の部屋の物は勝手に持ち出したらいかんぞ。五体満足で居たいならな」
と、その場にいる者達に不用意に入らないように脅しを掛けておいたし、まずは秋頃に向けて準備しんといかんな。
北条と武田……武田への進物は多めに用意しとかないとな。土地柄もあるし……
~~ちなみにこの学校では?~~
【学校在籍中に戦に出陣している場合、公休扱いになっています】
【ただし、成績日数の関係で補講はあります。】
【うん、下手すりゃ留ね……ゲフンゲフン】
ちょっとした説明でもw
━━北条家への手土産目録━━
〇命酒 樽にて五樽
白米俵 一俵30kg計算で三百俵
京反物 十反
じろ飴 小壺五個【一個に付き約1kg】
武田家への約半分ぐらいの予定です。
【石火矢 室町後期~江戸(日本) 1573~1868
長さ190cm~250cm(砲身) 重さ300~400kg
石火矢は南蛮渡来の大砲のことで、
「武用弁略」では仏郎機や発郎機とも呼ばれている。
室町時代末期に登場し、その殆どは青銅製である。
弾丸を発射する方式は「先込め式」と「子砲と呼ばれる小型の砲身に火薬と砲弾を詰めて、
母砲に詰めて発射する」方法がある。【別途:仏郎機炮を参照】
だいたい約一貫目の火薬を用いる物が多く、天正年間【1573~1591】に
豊後(現大分県)の大友宗麟が買い入れて『国崩し』と呼んで戦場で用いた。
しかし火薬の消費量に比べ殺傷力が低い事から、野戦よりも攻城戦に用意られるようになり、
『信長記』や『伊達日記』『箕輪軍記』などに散見することができる。】
【仏郎機炮【フーランチーパオ】 明(中国) 1368~1644
長さ90cm~200cm(砲身) 重さ100~300kg
仏郎機炮もしくは仏郎機とも呼ばれるこの炮は
明代に西欧から輸入された大砲。
仏郎機とは『フランク』のことで、当時のヨーロッパ人のアジア世界の総称であり、
彼らの砲であることから、仏郎機炮と呼ばれた。
その特長としては、『母砲』と『子砲』に分かれていて子砲に火薬と弾丸を詰め、それを装填することで射撃を絶え間なく行うという物。
欠点としては母砲と子砲の口径が一致しないと火薬の燃焼ガスが漏れて
威力が損なうという点、また、その逆の場合…、母砲自身を損傷してしまう事になり
合わないと発射時に外れて暴発すること。
しかしながら非常に優れた命中精度が高いもので照門と照準を有している。】
【カルバリン ヨーロッパ 15~17世紀
長さ120cm~300cm(砲身) 重さ1000~3000kg
カルバリンは15世紀から17世紀に使用された大砲。
カルバリンとはラテン語で『蛇』を意味する言葉であり、
それは当時の大砲としては口径が小さく細長い砲身に付けられた相性とも言える。
砲身は砲架の上に備え付けられていて、安定した弾道を得ることができ、
また、砲架には車輪が取り付けられており容易に運搬できる。
さらに射撃位置に備え付けてからでも方針の角度を変えて射程を変えることが出来るようになっている。
砲身のサイズによって、『グレート・カルバリン』や『バスタード・カルバリン』、
『デミ・カルバリン』があり、いずれにしてもその構造は変わらない。




