それはある意味幸せな
ふっ、と感覚が戻るように目を開いた。部屋の中は暗く様子がわからない。
なにこれ、暗すぎるんだけど。
茫洋とした意識に浸っていると、目が慣れてきたのか少しづつ周りが輪郭を取り戻す。たしか、二次会が終わってタクシーで家に帰った。その後は……。
ズキリと痛む頭を抱え込む。あ〜、飲み過ぎだわこれ。
こめかみを押さえた手で揉みほぐすと、痛みが少し和らいだ……気になっただけだ。しこたま痛い。
あぁ〜う〜と唸るも緩和されるはずはなく、頭痛薬を求めて立ち上がってギシリと固まった。
「つか、暗すぎるっての。わたしの部屋ってこんなに暗かったけ? それとも停電かな」
ぼんやりとした影のみの世界で身動きするのは怖すぎる、そんな不自然な闇の中、ジトリとかいた汗を手の甲でぬぐい、明かりを求めおぼつかない足でそろそろと動きだす。
「どこだよスイッチ、あーあそこでやめときゃ良かった。あったまいてー」
もちろん答える声がないのは知っている、一人暮らしとは独り言を量産するなと自嘲して壁に手をついた。
あれ、なんで壁が木。壁がフローリング?
いやいやいや。おかしいだろ。フローリングは床だけだし。重力おかしい……おかしいのはあたしの頭だ。飲み過ぎだ。あちこち手で探っても荒い木の感触が指を擦るだけだ。
「なんで木? 木だよね? ここどこ? え? なに???」
ざわり背すじが総毛立つ。
おかしいおかしいおかしい。ここはあたしの家で、部屋で何もおかしくないはずだ。じゃ、なんで壁紙貼ってないの? なんで電気のスイッチないの?
――なんで、こんなに暗いんだろう?
せわしなく見渡してもほぼ分からない。ブルブル震える手で壁をさすって移動する。
あるはずだ、スイッチがどこかに有るはずだ。おかしいだろ、スイッチのない家なんてない。たぶん友達の家に転がり込んでるんだ。きっと、なおの家にお邪魔してるんだ。なんだ、悪いことしたな。今度奢ってやらないと。なおんち壁木材だっけ? とりあえずここから出ようとパニクりながらも横移動を続ける。
「あった!!」
平らだった壁に引っかかりがある、スイッチじゃないけどドアの枠だ。今時珍しい引き戸らしいけど、そんなことどうでもいい。とにかくここから出られるんだ。
指をすべらせ僅かな出っ張りに爪を立て思いっきりあけた。
「……なんで、なんで開かないのよ……。おかしいだろ!! 開けてよ……あけよ!!!!」
扉は開かない。
何かがつかえているように、僅かに傾くだけでガタガタ音が鳴る。
どんなに力を込めても腹立つほどに開きやしない。
「くっそ、何だこれ。なんだこれ!! なんなの、馬鹿なの、死ぬの!?」
しばらく脳筋よろしく扉をがたがたさせてみるも、びくともしない。
そのうち頭がぱっかーんとなりそうなぐらいな痛みになりはじめ、さすがにエマージェンシーを感じてしまい壁を背にして座り込んだ。
「酒抜けてないんだよ、頭痛いんだよ!! あぁーもういいもういい知らん寝る。寝てやる!!」
どうしようもない状況に逆ギレするしかない。もう、これは寝るしかないだろう。
「おやすみなさい!!」
明日はどうにか、なんとかなりますように。
おはようございます爽やかじゃない目覚めです。
なんとかならんかった。
ほんと切れそう。
なんなの、一晩寝て頭痛は治まったけど、状況は変わらない。
固い床に寝たせいで身体が痛い。軋む背中を伸ばしてとりあえず目をこらす。
あぁ、はい。変わらない暗さですね。
あんなに飲んで頭痛があった割には、目覚めは悪くないなぁ。身体的には悪くなく、状況は最悪だ。ただし昨夜よりはましな思考回路だから、とにもかくにもできることをしよう。
どうやらここは友達の家ではなく、もちろん私の家でもない。木壁に耳をつけても音はしなくて、人の気配もない。周囲は暗く闇に慣れた目に見えるのは輪郭のみで、寝る前とほぼ変わらない、朝かも夜かも分からない。極端に光の入らない構造の家なのか、もしくはソレを目的に作られた地下なのか…。
「監禁か……。うわぁ、何それどこのどなた様に恨まれてんのよ」
いやな想像しか頭に浮かばないんだけど。心当たりはない現状に頭を抱えるしかないわぁ。
そういえば、私を閉じ込めたやつ? なんかしなかっただろうなぁ。
周りの状況ばかりに気がいって、自分自身のことは放置気味で少し愕然としてみる。アホだ、私……。まずはそこだろ!! そこ乙女?的に要確認だろ。いやいや待てよ、昨夜は酔ってるわ暗いわだから私悪くない。うん、悪くない。それにどこも痛くないし、あらぬところも変な感じしないし。うん、よっし。とりあえず確認してみよう。
「痛みはなーし。服は……あれ? なんか変じゃない? 服らしき物着てないんだけど」
目視で確認できないけど、さすがに触れば。いや、その前に感触でわかるだろ。
確か、飲み会での服装はありきたりなパンツスーツで、上着は暑いから脱いでたはず。腕を辿っても布の感触はない。でも、なんだろう。とってもビラビラしたものが腕についてる……。
「ま、まぁいいや。誰かに悪戯で罰ゲーム的なあれであれだろ。うん、よっし……」
結論、全裸でございました。
それにね、なんかおかしいんだよ。全裸だけど全裸じゃない。夢だけど夢じゃなかった的な? おかいしおかしいおかしい。まてまてまて、冷静に冷静にビークール。ワタシレイセイアルヨ。
「鏡が見たい! 今切実に鏡が見たい!! てか出たいよもう暗闇飽きたよ、いい加減発狂するわ」
なんだよ、この全身のビラビラ!! 頭もビラビラしてるし、足もビラビラだよ!!!もうどこもかしこもビラビラだよ。ビラビラのゲシュタルト崩壊起こすわ。あぁ〜まじ鏡プリーズ。
ビラビラに敗北した私は、床や扉に拳を叩きつける。
のしかかるような闇が感覚を麻痺させる。情緒不安定でとにかく大きな声でも出してないとおかしくなりそうだ。異様なぐらいに心音が響いて、ねっとりとした汗が額に滲んくる。
「あーあーあー。なんなのなんなのなんなの。誰よ誰よだれなのよ!! 出てこいや。もう、このビラビラも何の罰ゲームだよ、もうむしり取ってやる!!!」
むずむずする全身の嫌悪感に、腕のビラビラを毟り取ろうと掴んだ瞬間、そっと手を包まれた。
「ぎゃぁ!!!!!」
なに! だれ!! やだやだやだ怖いこわいこわいこわい――。
「だいじょうぶ、落ち着いて」
柔らかい音が降ってくる。むちゃくちゃ振り回す腕を掴み、そっと身体を抱きしめられた。それでも怖くて、泣き叫びながら全身で暴れてしまう。
どれぐらいの時間がたったのかわからない。
涙も声も枯れ、獣のような荒い息だけが口から漏れる。
むちゃくちゃ暴れたのに、強くて柔い包容が私をいさめ、じょじょに冷静さを取り戻してくれた。
――ナニコレ。むちゃくちゃ恥ずかしんだけど。
現金なもので、冷静を取り戻した後の気まずさったらない。一ミリたりとも動けやしないって。
さっきの声男の人だよね? もうどうしたら良いの!? 年齢イコール彼氏いない歴の私つらい……。
そんな葛藤を感じ取ったのか、しゃくりあげる息がおさまると、そっと腕が緩んだ。
「もうだいじょうぶ?」
なんか、その優しさがつらいです。
てか、あなたどこから出てきたの!? 私さんざん騒いでたよね。同じ部屋に気配なんか感じなかったんだけど……。そう考えると怖い。急に恐怖が戻ってくる。
止まらない震えに、優しく背中を擦ってくれるけど、それすら恐怖を煽る。
聞かないと、とにかく聞かないと。震える口を無理やりこじ開けた。
「あ、あなた……だ、れなんですか」
ふっと、笑う気配がした。
「ちょっと、まってね。今明かりつけるから」
抱えた私の身体をそっと座らせて、気配が離れていく。
あ……。
ちょっと待って私、今なんで引き留めようとした。こんな状況に私を置いたやつかもしれないのに。騒いでた私を放置してニヤニヤしてたかもしれないのに。なんで、心細くなっちゃってんの。
頭を抱えて悶えていると、部屋の隅でぼんやり明かりが灯った。
柔らかい光に、ひどく泣きたくなってしまう。
見入ってた私の視界に、彼はすっと入ってきた。
「おちついた?」
――青い。
青い? 青いよね。
どう見ても青いキノコだよね、あれ?
キノコって喋ったっけ?
青いぶなしめじ?
あれれ? 菌類って喋れてたっけ?
あれはどう見ても青いぶなしめじです。スーパーで一房98円で売ってるぶなしめじが、きれいな青に染まって頭に生えてます。髪の毛? 顔の部分は目に染みる白さで末端は青い、指にもぶなしめじ。全裸ですよねわかります。
――って。
「えええええええええええええええええ!! キノコ? キノコが喋ったぁぁぁ!?」
目をこする、ぎゅっとつぶってもう一度開ける。
でもキノコだ。
まごうことなき青きぶなしめじだ。
あ、あ、あ、と口をハクハクサせて声が出ない。
信じられない。夢だ、これは夢なんだ。
突きつけた指を見て、キノコは微笑んだ。
めたくそイケメンな光を放つ笑顔だ。
そこで気づいた。こんな綺麗で格好いい顔はじめてお目にかかった。芸能人にもここまでのイケメンいない。モデルだっていなんじゃないか? なんだこのイケメン。爆発しろイケメン。
でも、二足歩行の青いぶなしめじなんだぜ?
「なんでぶなしめじ!? 青いぶなしめじ??? イケメン爆発しろ!!」
キョトンとした顔可愛い! いやいやまてまておかしいおかしいよ。
そこでまた、くすっと笑うな。
「ありがとう? 君も綺麗な白い舞茸だね」
はい?
「ぱーどぅん?」
私の耳がおかしくなったのか? いま白い舞茸って、君も綺麗って? はい?
「な、何言ってるの。言っちゃってるの? だれが舞茸だって?」
「ん? 舞茸じゃなかったの? ハナビラタケだった?」
噛み合わない、絶望的に噛み合わないよ……。ハナビラタケなんて知らんがな。
あ! あれか? 身体中の張り付いたビラビラ見て勘違いしてるんだ。なーんだ。
「こ、これは張りついてるだけだから! 私キノコじゃないからね!?」
同類にされたくなくて、弁解しながら腕のビラビラを一枚剥いだ――って。
「あ、だめだよ!」
「いっ、だぁぁぁぁい!!」
なんぞこれ、痛い痛いいたーい!!!!
膿んで包帯に張り付いた皮膚を毟り取ったような激痛が私を襲う。
「ゔーゔー!! なんで痛いの……」
「なんでこんなこと……」
泣きそうな顔をして、青いぶなしめじ(イケメン)がそっと布を巻いてくれた。
優しく覆われて少しづつ痛みが引いていく。
「な、んで……。なんで痛いの?」
「なんでって、君の身体じゃないか。そんなことしたら痛いの当たり前だろ?」
「だって、これは罰ゲームで、私キノコじゃないもん。舞茸じゃないもん」
「う〜ん困ったなぁ」
痛みと混乱でグズグズの私に困り果てている青いぶなしめじ。なんて絵面だ……。
しばらく、考えていたと思ったらひらめいたような顔で私の手を引っ張った。
いやいやしてるのに、少し強引に布がかけられた家具の前に連れて行かれる。
「これなら顔が見えるでしょ」
見たくない、いやだ。嫌な予感しかしないじゃないか!! やめて、見せないで!!
そんな願いすら、スルリと取られた鏡の前では無力だった。
「きのこ」
「うん、すごく綺麗な白だね」
「わたし、きのこになってる……」
呆然とする白い舞茸の横で、青いイケメンぶなしめじが嬉しそうに笑っている。
すごくお似合いで滑稽で不気味でしっくり来る二人だった。
「すごく綺麗だ、だからね……」
茫然自失の私を、青いイケメンぶなしめじががそっと布団に横たえる。
そして、私は――。
「何だここ? なんでダンジョンに古民家があるんだよ」
薄暗いダンジョンを進むと、ポカリと大きな空洞に行き当たった。
不思議なことに、茅葺屋根の古い民家が不自然に建っている。荒れ果てた様子はなく、定期的に手が入れてあることが余計に不気味にうつる。
「なぁ、ここ変じゃない?」
「どう見てもおかしいだろ、世捨て人でもいるのか」
仲間がいぶかしみながらもいつものように軽口を叩いている。そうでもしないとその不気味さに飲まれてしまいそうになるからだろう。さて、どうすべきか……。
結局、好奇心に勝てるはずもなく足を踏み入れてしまった。
ギシギシとなる床に神経をすり減らしながら、なるべくそっと廊下を進む。
恐る恐る覗き込む部屋は呆れるほど普通で、地下だからかだいぶジメッとしていた。特に変わったものもなく罠らしい罠もない。ほんと、普通の古民家だ。なんなんだよここは。
「ちょっと待って? ここ扉になってる」
シーフのライゾウが隠し部屋を見つけたようだ。ここまで収穫なしなんだからと、勇んで扉を開けた先には目を疑う光景が広がっていた。
ジメッとした部屋は薄暗く、部屋の隅の行燈がわずかな光源だ。ところどころ腐ったような床は独特の異臭を放っている。
部屋中に蔓延る、キノコ、きのこ、茸。
ビラビラした白いきのこ、目が覚める青いきのこ。
あ、あれだ。白いのは舞茸? 青いのはぶなしめじに似てる。その逆の色合いをしていたりと、天井、壁、床に至る全方向に繁殖しまくる部屋だった。
そして、布団には人型の青いぶなしめじ(イケメン)と白い舞茸が愛を交わしていた。
「「なんじゃこれ!!」」
冒険者と私の声が重なって目が覚めた、暑いあつい夏の日の朝。
声を揃えていってください、せーの「夢オチかよ!!」
あなたが正しいです、作者の頭はおかしいです。リアルでみた夢を80%使用しております。ただ、楽しく書きました。最後まで閲覧ありがとうございました。
モデルは『マタンゴ』が近いイメージです。