厨二っぽい魔王様の優雅な一日
◇
濃い緑色の針葉樹の森の中。紫のいかにも禍々しい霧の中。漆黒の城が朝日に浮かび上がっていた。その最上階に近い一室。
年の頃は十三、四。艶のある黒い髪。瞳は閉じられているが、燭台の火にまつ毛が頬に濃い影を落としている。――右目は眼帯に覆われているが、実は右は紅、左は琥珀の妖目なのである!
スッと通った鼻梁の、人形のような少年が上質な黒い寝間着に包まれ、豪奢なキングサイズの黒いベッドに横たわっている。
ちなみにこのベッド、天然鬼虎樫と緋紅吸血蛾の繭からつくった絹をふんだんに使い、最高の職人が数十年かけて作り上げた超・超・超・高級品である。人間の冒険者ランクで言えばSクラス(SSS~Gまでランクがあることを考慮してほしい)。木材や糸に関していえばトップクラスなのだ!
とんとん、と軽快なノックの音。
「失礼いたします」
すたすたと慣れた様子で入ってきたのは、青い髪の青年だ。少しもよれていない燕尾服を着ている。
「陛下。陛下ー、朝ですよー。起きろー」
「あと五年……」
青年はやはり流れるように溜息をついて、見事な烏色の刺繍の入った闇色のカーテン(要するに真っ黒)をこれまたよどみなく開けた。
ジャッ
「うっ、忌々しき朝日め……陽光が我を蝕む……」
少年は苦し気に目を覚ました。
「そうですねー」
別に先の少年の台詞は嘘ではない。
少年は屍竜だ。字から察することができると思うが、光に弱い。
「天空より遣わされし光は、大いなる楔となりて我を苛むのじゃ……。その憎きを遮り、我を永久の眠りに誘え」
意訳「辛い。カーテン閉めて。もっかい寝る。つかいきたくない」
対する青髪の青年――もう従者その1でいいや――は取りつく島もない。
「いやです。さっさと朝食とって仕事してください」
従者その1の目には、「お前はもう、死んでいる」という言葉が如実に書かれていた。こんな茶番の最中も、少年のHPはじりじりと削れていく。
「仕方ない、起きるとするか……くあ」
ごろごろとベッドを転がり、日の当たらない場所に避難する。何ということでしょう、みるみるHPが回復していくではありませんか!
◇
ながーい黒斑大理石のテーブルの上に新鮮な品が饗される。
「本日のメインは稲妻蛇でございます」
稲妻蛇(またはケツァルコアトル)
美味しさ ★★★★
危険度 ★★★★
淡白な味わいの肉が特徴。茹でて割き、濃いがほのかに酸味のあるさっぱりとしたソースを掛けて味わうべし。蒸しても美味。
羽毛のある少々珍しいドラゴン。その羽毛を使った布団は王侯貴族もなかなか使えない。
水辺に生息し、雷系統の魔法や吐息を使うので要注意だゾ☆
――A・コッター著『美食家のためのモンスター図鑑』より
「ふむ、ピリピリするな」
そりゃあ新鮮だもの、ぴちぴちぴりぴりすると思うよ?
「養殖か?」
「よくお分かりで。今朝料理人が捕獲したそうです」
少年は不死族の一種なので、料理は食べない。生きてないと精気が吸えないからである。よって少年付きの料理人の主な調理は生け捕りだ。そして食後、料理(?)は冬の洗濯女中の手のようにカッサカサになるのだ。
料理人が涙を呑んでいることを、少年は知らない……。
◇
「本日の予定ですが。午前中は以前から陛下が希望していたラドン養殖場の視察、昼食は人狼公と摂っていただき、夕方には聖王国の勇者が到着する予定ですね。晩餐の後は残った書類を決裁していただきたく」
「多くないか?我が朽ちた肉体には過ぎたる責務よ」
別に少年の台詞は嘘ではな(ry
が、少年はその整いすぎた顔を僅かに歪めていた。
「陛下は疲れ知らずの不死族。趣味の時間は取ってあるでしょう」
髪だけでなく血も青い従者その1(正直こいつ以外の従者でないから、その1はもういらないかな……)は冷たく切り捨てた。
「否!否!否!断じて否!命失せし我らにとって、眠るというのは当然の義務であり摂理なのだっ!」
「そんなことを言うのは陛下だけですよ。しかも陛下の本体、ずっと寝ているじゃねーですか」
「我が肉体は黄泉に旅立たず、永遠なる氷の檻に封印されているのじゃ。断じて寝ていない」
別に少年の台詞は嘘では(ry
腐りゆく自身の体に目も当てられず、氷魔法と時魔法を駆使し体の時間を止めているのだ。
しかしそれでは遊べない!と、自分のひき肉一部を切り取り、加熱して冷ました玉葱、卵、パン粉、少々の香辛料と混ぜて捏ねて焼き、魂を移したのが現在の少年である。
……つまり少年は一種の人造人間ならぬ竜造人形なのだ!!
「骸骨兵なんて昼夜問わず警備、机仕事に勤しんでますよ。もっと自分の眷属を見倣え」
「フッ、下々の者がどうなろうと、我は痛くも痒くもないわ!」
「どうしましょう、実は炎術に長けた魔導師殿が地下牢を見学していらっしゃるのですよねえ。彼の人は可燃物が大好きですから……」
「我が悪かった!」
いきなり高速で動き始めた羽ペンに、従者はニッコリと慈愛に満ち満ちた笑みを浮かべた。
余談だが、少年直々に掛けた魔法は誰も解けない。
◇
遠くに城が見える、隣の人狼公が治める領地の村。赤髪の侍女が恭しく差した瀟洒な日傘の陰に、この朴訥な村に不似合いな少年がいた。視察なう☆
「……えー、ラドンの養殖は順調に進んでおりまして、諸島連盟への輸出の目玉にできると思われまさあ、へえ」
「真か。うむ。血の涙を呑んで我が骨身を削り、補助金を組んだ甲斐があると言うものだ」
別に少年の台詞は嘘で(ry
竜は高く売れる。少年は腐っても竜である。腐っても竜。大事だから二度言った。
もうお分かりかな?少年は足りない予算分を、自分の体(の一部)を人間に売り金を作ったのだ。人身売買上等(泣)なのである!
「おいたわしや……よよよ」
余談だが、少年の人身売買を積極的に勧めたのはこの泣き真似をしている従者である。
「んでぇ、こいつが今日食べごろでさあ」
「うむ、活きが良いな!」
少年はびちびちと必死の抵抗をみせるラドンを、一思いに平らげた。そしてカッサカサに……。
良い肥料になるであろう。
◇
「人狼公、久しいな」
「あ、陛下。ちーっす」
銀の毛並みがふつくしい……な軽い狼が、国内でも有数の実力者である。
「陛下、随分見ない間にちっさくなったっすねー。鱗も角もないっす。しかも前の人型より大分若くないっすか?」
「我は一度死して、不死者として改めて時を刻んでいるのでな……。悠久の彼方で皆が待っておるに。はあ……」
別に少年の台詞は嘘(ry
魔族は普通人型をとる場合、肉体年齢に合った姿になる。
少年の実年齢はもう三千年をいくつも過ぎているが、現在の地位に就いたのは数百年前、老衰で屍竜として新たな生(?)を受けたのが数十年前。長生きな魔族の中ではひよっこなのである。
「まあ、元気出せって。そういや跳鹿仕留めたんだけど、食う?」
「命無きものに興味などない」
少年の食事はいつだって活け造り(?)だ。
軽い公だが、なかなかどうして脳筋だ。彼の側近とサクサク話し合いをまとめて業務達成☆
「なあなあ、陛下。城、赤かったっけ?」
「何を言っている?我が城は常に気高き漆黒のおぉぉぉぉ!?」
城が、燃えていた。
そこそこ離れた土地から、見える範囲が。
魔導師殿が可燃物に我慢できなくなったっぽいね。
◇
少年――お気づきの方もいるかもしれないが、恐れ多くも魔王陛下である(遅えよ)。
つまり少年には勇者と対決、というお仕事もあるわけで。
「覚悟、魔王!」
「そなた、勇者か……。我が右の魔眼が古の怨嗟に疼きよる。そなたもまた我が瞳の糧になるがよい」
別に魔王少年の台詞は(ry
彼の右目は代々魔王が継承してきた魔眼である。代々の魔王と倒された勇者の魂がぎゅうぎゅうに詰まった(一応、魔法と歴史の知識も詰まっている)お宝なのだ。勇者見ると反応しちゃう高性能な一品なのだ。
「よくも、よくも僕の村をオオォォォ!」
ぷちっ
「おお、死んでしまうとは情けない……」
別に魔王少年の台詞(ry
本当にそう思っているだけである。
「最近勇者多いですねえ。まあ、不法入国、殺生、殺傷、器物損壊その他もろもろで有罪なんですけど。治外法権認めていませんしねえ」
ほのぼのとコメントする侍女。城勤めの魔女でもある。不死族ではないが、彼女もれっきとした魔王少年の眷属である。
「聖王国、政情不安らしいですよ。適当に魔族のせいにして国民の怒りの矛先逸らしているんです。この前の勇者の時も、その前の勇者の時もそうでしたねえ」
従者もサラリと流していた。
「哀れな人間どもよ。我の真の姿を見ることもなく逝ってしまうのだからな」
別に魔王少年の台(ry
本当に本体の方はヤヴァイのである。
「では晩餐の支度を始めさせますねえ。ところで今夜はお二人で就寝したりは……」
にこやかに問う侍女。彼女もきちんと腐っているのだ。
「さて、晩餐を済ませたら黄泉の深淵に沈むとしよう」
別に魔王少年の(ry
魂は夜毎にいったん本体に戻るのだ。そうしないと本体が死んでしまうから。(もう死んでるけど)
「陛下?明日までに決済してほしい書類が、まだあるのですよ」
「あの時、紅蓮の炎に包まれ、灰になった」
「ご安心を。虚無の国より喚びましたので。さあ!」
従者は死霊術師であった。
「嫌じゃ」
こうして魔王少年の一日は幕を閉じるのである。