第2話:動き、発す。
「もう時は、完内なのね…」
そう呟くのは、中学生くらいだろうか。
セーラー服を着た、小柄な少女。透き通る様な緑色の目は、どこか遠くを見つめている。
「母さま、今も貴女は、黄泉の国より私を見守っていてくれているのでしょうか?」
その少女の母親は、きっともう他界しているのだろう。
若くして母親を亡くす。何とも残酷な話だ。
「父さまも、おばあさまも…みんな、みんな…」
少女は涙を流さない。
この都会、人混みの中で涙を流すことなど許されない。
そう思っているようにも見えた。プライドが傷つく、とでも思っているのだろうか。
『君、大丈夫?』
1人の少年が、声をかけた。
「顔色悪いよ?病院に行った方が…「私の肌が白いのは元々だ。」
少年の心配をよそに、少女は話し出す。
「あれからもう、幾千の時が経っただろうか。
心も身体も白くくぐもり、年もとらぬまま、私は何処へ歩を進めれば良いのだろうか。」
「君、何を言って…?」
少年が問いかける。
「お前、何か困っていることはないか?」
「…は?」
「例えば、そう…愛しい人が、何年も前から帰って来ない、とか。」
確かに、恋とは違うかも知れないが、僕には昔から仲の良い『久瀬ユウキ』という少女が居た。
しかし、僕に一言残したまま、どこかへ姿を消してしまったのだ。
彼女が言っているのは、その事なのだろうか。
もしそうだとしたら、何故その事を知っているのだろうか。一体、この子は…?
「私の名はナナミサチ。」
聞いてもいないうちに、彼女は自分の名を名乗りはじめた。
「お前の名は?」
「織田、瑞樹だけど…」
何故か反射的に、まだ名前しか知らない少女に、名を名乗ってしまった。
「ミズキ、お前は今、私と同じような状況にある。」
「…?」
「お前ももう、気づいているのだろう?
数年前かた、自分の成長が逆再生されはじめているのを。
私もそれと同じようなものだ。数千年前、境安時代より、成長が止まってしまっている。
つまり、『不老不死』ということだな。」
その通りだった。
僕が26歳の時からずっと、僕の成長は逆再生され続けている。
今はもう、過去1番嫌な時を過ごした、17歳という年齢になってしまっていた。
「お前は、この現象が起こっている理由を知っているか?」
「いや、知らないけど…何となく、思っていることなら。」
「何だ?」
「うーん…でも、本当に何となくだから…」
「いいから言え!」
彼女の…サチに表情の変化が訪れるのを、僕ははじめて目にした。
「あ、うん。分かったよ。
僕には、幼なじみがいたんだ。それもさっき君に質問された「何年も前から帰ってこない」女の子。
ユウキとは、小さい頃からずっと一緒にいて、すごく仲が良かったんだ。
だけど、僕は明るくて人気者のユウキとは違って、地味で弱気な、いじめられやすい性格だったんだ。まぁそれは、今でも変わっていないんだけどね、ははっ。」
僕が話しながら苦笑しようと、サチの表情は一切変わらず、ただ僕の話を真剣に聞いていた。
それに応えようと、僕も真剣に話をはじめる。
「そのこともあって、僕は小学校高学年にあがった頃から、ずっといじめられていた。それは中学校、高校も一緒で、ユウキはそれでもいつも僕と一緒にいてくれた。
だけど、責任を感じたのか知らないけれど、17歳の時、ユウキは突然僕の前から姿を消してしまったんだ。
『瑞樹、ごめんね…瑞樹ッ』
僕の胸に飛び込んできて、そう行ったかと思うと、ユウキは走ってどこかに行ってしまったんだ。
それから、もう僕の前にユウキの姿が現れることは、2度となくなった。
ユウキが居なくなってからも、僕のいじめは続いた。
今度は本当に友達がいなくなって、僕はいつも1人だった。大学に進学してもいじめは続いて…そこでも僕は、耐え続けた。
耐えたというよりも、慣れた、というのが正しいかな?
もう僕にとって、『いじめ』は生活の1部のようなものになっていたしね。
そうやって大学も無事に卒業して、普通の会社に就職したんだけど、そこでもいじめは続いた。
社会人になってまでもこんなことをする人がいるのかと、僕はすごくガッカリしたよ。
だけどそんな事を思ったって、いじめが止まるわけでもなかったから、僕は仕事をこなしつつ、いじめも受け続けた。
そして就職してから2年後、26歳の時。
成長が逆再生する現象が起こりはじめたんだ。
成長が逆再生するのは不定期で、いつの間にか身長が縮んでいたり、顔が幼くなっていたり…。
それで、今に至る、というわけなんだ。」
こんなに長く喋ったのは、久しぶりだった。
ユウキがいなくなってから、僕には家族以外、話す相手もいなかったから。
「…なるほど。大体のことは分かった。」
「それで、僕が言いたいのは「『ユウキ』という女と、今お前に起こっている『成長逆再生』の現象、その2つに繋がりがあるかもしれない、ということだろう?」
「う、うん…」
「そのユウキという女に、兄弟はいたか?」
「いや、多分居なかったと思うけど…」
「それは、本当か?」
「う、うん、多分。」
サチはしばらく考えてから、こう言った。
「ミズキ、私について来い。」
「は?」
「ユウキという女を、捜しにいく。」
「さ、探しにいくって言ったって…一体どうするつもり?」
「それは、分からない」
「じゃあどうやって!」
「ただ、あちらの方向にいるということだけは、分かる。」
そう言ってサチは、北の方向を指差した。
サチは、何も言わずに歩きだす。
それにつられるようにして、僕も歩き出す。
ユウキは見つかるのだろうか。
そして僕の成長逆再生は止まるのだろうか。
そして、ナナミサチは、一体どのような少女なのだろうか。
動き、発す。